達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

学術箚記

洪誠『訓詁学講義』より(4)

今回も、洪誠(森賀一恵・橋本秀美訳)『訓詁学講義―中国古語の読み方 (中国古典文献学・基礎篇)』(アルヒーフ、2004)から、気になる条を取り上げていきます。今日は、第四章「注を読む」の「二、文字の読みかえと校正の方式」から、「段玉裁の想定した…

洪誠『訓詁学講義』より(2)

前回に引き続き、洪誠(森賀一恵・橋本秀美訳)『訓詁学講義―中国古語の読み方 (中国古典文献学・基礎篇)』(アルヒーフ、2004)から、気になる条を取り上げていきます。 今回は、第三章「閲読に必要とされる基本原則」第七節「構文規則」のうち、「五、古…

『礼記』楽記篇の句読

『礼記』楽記篇に、以下のような一節があります*1。 凡音者,生人心者也。情動於中,故形於聲,聲成文謂之音。是故治世之音,安以樂,其政和。亂世之音,怨以怒,其政乖。亡國之音,哀以思,其民困。聲音之道與政通矣。 福永光司『芸術論集』(吉川幸次郎・…

『孝經述義』廣至德章について(2)

前回の続きで、劉炫の『孝經述義』の廣至德章を見ていきます。経・伝は以下です。 教以孝、所以敬天下之爲人父者也。〔孔伝〕所謂「敬其父則子悦」也。以孝道敎、卽是敬天下之爲人父者也。 教以弟、所以敬天下之爲人兄者也。〔孔伝〕所謂「敬其兄則弟悦」也…

『孝經述義』廣至德章について(1)

『孝経』の様々な注釈を読み比べていると、色々と面白い発見があるものです。むろん、それはどんな経書であっても同じなのですが、『孝経』の場合は全体量が少ないですから、手軽に取り組めるという利点(?)があります。 今回は、劉炫の『孝經述義』の廣至…

『説文解字』一篇上・門部「閏」

『説文解字』一篇上・門部「閏」 閏,餘分之月,五歲再閏也①。告朔之禮,天子居宗廟,閏月居門中。从王在門中。《周禮》:閏月王居門中終月也②。 【校勘】 ・「五歲再閏也」,大徐本、小徐本無「也」字。 【訳】 「閏」とは、付け足される月のことで、五年の…

古代中国の天子の冕冠―『礼記』玉藻疏から(2)

前回の続きです。『礼記』玉藻の経注の冒頭を再度掲げておきます。 〔経文〕天子玉藻、十有二旒、前後邃延、龍卷以祭。 天子の玉藻は、十二の旒(垂れ紐)が、前後へと延(冕の上に被さっている板)から垂れ下がり、(服には)龍の模様が描かれていて、(こ…

古代中国の天子の冕冠―『礼記』玉藻疏から(1)

久々に、漢文を読んでいきましょう。今回は、『礼記』玉藻の疏を冒頭から読みます。 「玉藻」とは、古代中国の天子が着ける冕冠(かんむり)のことで、玉の飾りがついた五色の紐が、前後に十二本ずつ垂れ下がったものです。『礼記』の玉藻篇は、主にこの冠の…

鄭玄が注を書いた順序(3)

前回の続きです。藤堂明保「鄭玄研究」(蜂屋邦夫編『儀礼士昏疏』汲古書院、1986)から、鄭玄の著作の執筆順を考えていきましょう。 残された疑問は、『周礼』『儀礼』『礼記』の三礼注がどの順番で成立したのか、というものです。三礼注が党錮の禁に坐して…

鄭玄が注を書いた順序(2)

先週の続きです。 藤堂明保「鄭玄研究」(蜂屋邦夫編『儀礼士昏疏』汲古書院、1986)から、鄭玄の著作の執筆順を考えていきましょう。今回は、併せて池田秀三「鄭学における「毛詩箋」の意義」(渡邉義浩編『両漢における詩と三伝』汲古書院、二〇〇七)、間…

鄭玄が注を書いた順序(1)

藤堂明保「鄭玄研究」(蜂屋邦夫編『儀礼士昏疏』汲古書院、1986)は、鄭玄についての古典的な研究です。後篇第四章が闕文になっているのですが、それでも今なお鄭玄研究の第一に挙げられる基礎的な論文といえます。 この論文には、鄭玄の生涯、また社会的背…

李業興と朱异の論争

最近、『北史』を眺めています。一つ、印象に残っている話を紹介します。(『魏史』でもほとんど同じ内容が載せられています。) 『北史』儒林伝上に、李業興という人の伝記が載せられています。彼は北朝の儒者の徐遵明に学んだ人です。北朝の多くの儒者は徐…

『公羊傳疏』引『孝経疏』について(3)

前回の続きです。まず、ここまで考察したことを整理しつつ、新たに気が付いたことを加えてお示しします。 ①『公羊疏』に「『孝経疏』を参照せよ」という文言がある(三例)ことから、『公羊疏』の著者は『孝経』にも義疏を書いていたことが分かる。 ②内容を…

『公羊傳疏』引『孝経疏』について(2)

前回の続きです。『公羊傳疏』に『孝経疏』という言葉が引かれる例は、三ケ所あるようです。前回紹介したものも含めて、下に掲げておきます。 ・『公羊傳』襄公二十九年疏 云「孔子曰,三皇設言,民不違,五帝畫象,世順機,三王肉刑揆漸加,應世黠巧姦偽多…

『公羊傳疏』引『孝経疏』について(1)

何気なく『公羊傳疏』を読んでいたところ、不思議な記述に出くわしました。 『公羊傳』襄公二十九年 〔傳〕閽弒吳子餘祭。閽者何。門入也。刑人也①。刑人則曷為謂之閽。刑人,非其人也。君子不近刑人。近刑人,則輕死之道也。 〔注①〕以刑為閽。古者肉刑墨、…

「禘祫」の祭祀について(2)

今回は、前回に引き続いて、「禘」と「祫」がどのように区別されてきたのか、について整理します。前回同様、池田秀三「黄侃<禮學略説>詳注稿(一)」*1に依拠しています。 repository.kulib.kyoto-u.ac.jp 「禘」と「祫」が区別される場合、その相違点は、①…

「禘祫」の祭祀について(1)

最近、礼学上の大きな問題の一つである「禘祫」の祭祀について概要を整理する機会があったので、こちらに残しておきます。前回までは部屋の扉と窓とかいうかなり細かい話をしていましたが、「禘祫」は歴代の学者が必ず言及しているといってもよいぐらいに重…

『毛詩』小雅・斯干疏・翻案

伝統的な経学において、宮室の構造について議論される際、鄭玄の唱えた「宗廟及路寢制如明堂」(「宗廟」と「路寢」の建物の制度は「明堂」と似ている)という説との関わりが常に問題になってくるようです。今回は、この問題について議論した『毛詩』小雅・…

「戸」と「牖」:礼学の議論の一例

前回の続きです。 長々と記事を書いてきましたが、次の話題の前提となる部分だけを整理しておきます。 ・「路寝」の奥の部屋の構造について(鄭玄説) ○天子・諸侯の場合:「室」(中央の部屋)と「西房」と「東房」(西側、東側の部屋)の三部屋。 ○卿大夫…

東房・室・西房(2):礼学の議論の一例

前回の続きです。ここまでの説を整理すると以下です。 鄭玄説:卿大夫以下の場合、西室・東房の二部屋。 陳祥道説:卿大夫以下も、天子諸侯と同様に、西房・室・東房の三部屋。 この説の相違について質問した萬斯同に対する、黄宗羲の答えが以下。 ・黄宗羲…

東房・室・西房(1):礼学の議論の一例

最近、宮室の構造について色々調べる機会があったので、つらつらと書き連ねていきます。ここ数回の記事は「礼」をテーマとするものが多いですが、今回もその一環で、礼学の議論とは具体的にどのようなものなのか、その一端をご紹介します。 宮室の構造につい…

『説文解字』小徐本「祁寯藻本」について

本ブログでひそかに力を入れて調べていることの一つに、『説文解字』の版本に関する整理、またオンライン上での公開画像データの整理があります。 chutetsu.hateblo.jp chutetsu.hateblo.jp これらの記事のコメント欄で、鈴木俊哉先生より、関連するデジタル…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁、そして王念孫(5)

前回の続きです。 ここまで書いて少し先行研究を調べてみたところ、武秀成「段玉裁“二名不徧讳说”辨正」(『文献』2014年02期)に、他説も加えた上でかなり詳しく整理されていることに気が付きました。ぜひ、こちらもご参照ください。 段玉裁“二名不徧讳说”…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(4)

続きです。前回はこちら。 且千里又云「偏者、唐律謂之偏犯。『疏義』云、偏犯者、謂複名單犯、不坐。」 愚按、此「奏事犯諱」條、「二名偏犯不坐」、自是唐人語、用禮「不徧諱」之意、而非用禮之「偏諱」字。如千里説、「偏犯」卽禮之「偏諱」、然則經云「…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(3)

今回は、前回紹介した顧説に猛反対した段玉裁の説を整理しておきましょう。長いので、少しずつ切りながら見ていきます。 段玉裁『經韵樓集』巻十一・二名不徧諱説 曲禮曰「不諱嫌名、二名不徧諱。」各本徧作偏。今按、以徧爲是。注曰「嫌名謂音聲相近、若禹…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(2)

第1回はこちら 今回は、顧千里説を整理しておきましょう。 ざっと経緯を整理しておくと、『十三経注疏校勘記』の原稿の完成は嘉慶十一年、張敦仁が宋撫州本『礼記』を影印し顧千里によって『考異』が書かれたのも同年、段玉裁の反論が嘉慶十二年の書簡です。…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(1)

顧廣圻(字は千里、1766-1835)は、清朝考証学を代表する文献学者の一人です。段玉裁(1735-1815)に激賞され、『十三経注疏校勘記』の作成などに従事し、『説文解字注』の校勘者としても名前が見えています。 しかし、顧千里と段玉裁はいくつかの学説を巡っ…

「禜祭」について(4)

禜祭について、第四回です。第三回はこちら。 孫詒讓『周禮正義』黨正に引かれる金鶚の説は、もと金鶚『求古録禮説』卷六の「禜祭考」に載せられているものです。 これは、その名の通り「禜祭」の専論です。「最初にこれを読みなさい」と言われそうですが、…

「禜祭」について(3)

「禜祭」について、第三回です。前回はこちら。 まず、『周禮』鬯人から。鬯人は、祭祀の際に用いる酒やその酒器を掌る官です。前回同様、孫詒譲『周禮正義』を見ていきます。 『周禮』春官・鬯人 〔經〕鬯人掌共秬鬯而飾之。凡祭祀、社壝用大罍、禜門用瓢齎…

「禜祭」について(2)

「禜祭」について。前回の続きです。 段注の最後に「『周禮』注引・・・」とありました。ということは、『周禮』に関連する記載があるということです。実際、調べてみると、禜祭の記載は『周禮』の中に数ヶ所あります。 「経学とは礼学である」というのはよ…