達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

勝手気ままな訳書紹介―『荘子』

 ここ一年ほど、演習で『荘子』を読んでいる関係で、『荘子』の訳本を色々と見比べる機会が多くありました。もちろん、基本的には『荘子集釋』などから自分なりに訳を作っているのですが、どうにもしっくりこない場合、先人の意見を眺めてみるのも楽しいものです。『荘子』の訳本も 『論語』同様に非常に多く、到底網羅はできていないのですが、使ったものだけでもメモ代わりに一覧にしておこうかと思います。

 『荘子』の最も有力な注釈としては、西晋の郭象による注釈が挙げられることが多いですが、郭象注の解釈に沿って忠実に翻訳した訳本は見当たりません。非常に独特な解釈で魏晋思想史上に名を残す郭象注の全訳は、今まさに待望されているところでしょうか。*1

 さて、特定の注釈者に依拠した訳がないということで、基本的にはどの訳書も、『荘子』の原意に遡ろうとする方針のもと、訳されています。ただ、荘子の生きた時代についての研究は、近年の出土資料の出現によって大きく進んだところがあり、以下に紹介する本の解説ではやや古くなっている場合もあります。少し気をつけておいても良いかもしれません。
 いずれにせよ、『荘子』の翻訳は、その寓話性が想像力をかきたてるからか、『論語』にもまして各人の個性がはっきり出た訳になっているように思います。訳の読み比べが特に面白い本、と言えるかもしれません。

福永光司朝日新聞社『中国古典選』1956『新訂中国古典選』1966講談社2011
 版が数種類ありますが、私が持っているのは二つ目のもの。おなじみの吉川幸次郎監修『中国古典選』シリーズの一つです。同じシリーズですので当然かもしれませんが、島田虔次『大学・中庸』と似た雰囲気を感じる本。原文+訓読+解説。
 福永氏の研究について、日原利国氏は「荘子に傾斜するとか、体験的な実感をこめて語るといった程度でなく、荘子に入りこみ、荘周になりきっている。どれが荘子の思想で、どこまでが福永の意見なのか、区別のつかないところさえある。」と述べ、この本を「福永荘子」と呼んでいます。同時に、「精深であり、二十年来重宝している」と激賞します。*2
 実際、一段毎に、翻訳なのか解説なのかエッセイなのか曰く言い難い、熱っぽい文章が附されており、非常に「読ませる」訳本になっていると思います。細かい注釈が附してあるわけでもなく、逐一諸説を紹介するわけでもありませんが、難解な哲学的思索やちょっとした余談、ふわっと真髄を掴む言葉の数々が楽しく、読み物として通読できる面白い本です。
 ただ逆に言えば、訓読以外にきちんとした訳が付されていないので、少し分かりにくいところもあるかもしれません。その欠点を補ったのが興膳宏訳(ちくま学芸文庫、2013)で、福永氏の解釈に沿いながら、訳文を作り、解説は適宜注釈という形で入れ込んでいます。通読する分には福永本で構わないと思いますが、スタンダードな原文+訓読+訳文+注釈という形で読みたい方は、興膳本がお勧めです。(もちろん、興膳氏自身の中国文学的な視野からの研究や理解もときおり顔を見せていて、そこも面白いところになっています。)

②赤塚忠訳(集英社『全釈漢文大系』1974)
 続いて、宇野精一、平岡武夫監修の『全釈漢文大系』シリーズより。原文+訓読+翻訳+注釈+補説(+余説)という形式。
 形式を見れば分かる通り、最も分量が多く、懇切丁寧な本です。訓読と翻訳が示されたのち、十分な量の単語の注釈が附され、更に補説があり、その上でときおり余説をこれでもかという程に引いています。(その分、サイズの大きい本にも拘わらず、小さい文字で詰め込まれていますが。)
 『荘子』本文に疑問点がある場合、この本の注釈と補説を見れば、正しいかどうかはともかく、諸説の異同と一応の結論が用意されています。①とは逆で、通読には向かないかもしれませんが、調べ物にはなかなか便利という立ち位置でしょうか。先の日原氏の言では「赤塚忠の学識」と評される訳です。
 尚、冒頭の解題に、『荘子』の伝記、『荘子』の受容史、『荘子』のテキストの問題、更に、『荘子』を読む上で参考になる注釈書や研究書が簡潔に整理されており、有用です。もちろんどの本にも解題はありますが、この本が最も要領良いでしょうか。

③池田知久訳学習研究社『中国の古典』1983講談社2017
 私が見ているのは学研版です。学研『中国の古典』シリーズは、上段に書き下し・下段に翻訳文・末尾に詳細な注釈、という方式が初学者にも読みやすく、よく考えられた構成になっているだと思います(その代わり、原文が載っていないのですが→6/6訂正、学研シリーズには原文の小冊子がついています。通りすがりさんのコメント参照。)。講談社版は、文庫本ですが非常に分厚いことで有名。
 池田氏の日本語訳は独特ながらも流暢で、自由な解釈が闊達に展開されている印象を受けます。横文字や補いの言葉を多用するところも特徴的。しかし、末尾の注釈は打って変わって細かく厳密に、広く諸説を参照しながら調べられており、その対比が何とも興味深いところです。

金谷治(岩波書店1971)
 おなじみの岩波文庫金谷訳シリーズ。原文+訓読+最小限の注釈+翻訳で、非常にコンパクトです。このシリーズは翻訳だけで解説が少ない点が気になるかもしれませんが、その分翻訳の際に多めに言葉が補われており、読みにくい、言葉足らず、といったことはありません。
 他の金谷訳と同じく、穏当で中立的な訳で、訳者の「色」をあまり感じないという印象でしょうか。とにかく『荘子』の本文を読んで自分なりに想像力を広げてみたい、という方に向いているのかもしれません。(そのためには原文を読むのが最も良いのでしょうが。)

 最初に述べたように、ここで挙げきれなかったものもまだまだあります。特に、森三樹三郎訳(中公文庫1974)など書こうとして書けていないものは、また機を見て加筆しようと思います。

 

*1:郭象注については、ごく一部ですが水野厚志氏の訳注があります。また、郭象の思想について、オンラインで読める古典的な論文に、堀池信夫「「荘子」の思想と郭象の思想」があります。郭象の思想については面白い研究が色々とありますが、詳しくは別の機会に。

*2:『アジア歴史研究入門』同朋社1983、p.195~p.197