北京・天津旅行レポの第六回。今回は、北京屈指の名所である頤和園・円明園をご紹介!
①頤和園
例によって乾隆帝によって作られた頤和園。アロー戦争で英仏軍によって破壊された後、光緒帝のもと再建されて今に至り、世界遺産に登録されています。
人気スポットということで入場者が非常に多いです。入口の所に「現在の入場者数」がカウントされているのですが、我々が午前に行った時には既に中に2万人が入っているという状態でした。
ただ、中がとにかく広いので、「混雑」という感じはそこまでありません。京都の10倍人が多いけれども、100倍広いので大丈夫、という印象でしょうか。
登れば登るほど、眺望が良くなってきます。とにかく広いので、今回回れたのはほんの一部分だけです。
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仏香閣。これも光緒の頃の再建です。
なお、中国の観光地では、「門票」(入場券)と、中にある施設への入場料が別料金になっていることがよくあります。我々は基本「門票」しか買わなかったので、こういったところの中には大体入れていません。
広大な池。右側、そしてその向こうにまだまだ池が広がっています。そちら側にも色々あるのですが、諦めました。
②円明園
アロー戦争で英仏軍によって破壊された後、逆に破壊されたまま残されているのが円明園です。頤和園と好対照で、近隣にありますから、一緒に行っていると良いのではないでしょうか。
正確に言えば、円明園は円明園、長春園、綺春園の三つの部分からなっておりまして、我々は円明園から長春園の方へと散歩しました。
上は「文源閣」の跡地。『四庫全書』の正本7つのうちの1つが保管されていた場所です。ちなみに、『四庫全書』の編纂された「文淵閣」は故宮の中にあります。
円明園は、破壊されたのち、再建されずに公園化されたという感じなので、基本的には上のような景色が延々と続きます。やはり柳の木が印象的。鳥も多く、都会の中のオアシスといった雰囲気。
円明園から東に進んでいくと、長春園に入ります。ここに、有名な西洋楼遺跡があります。
教科書でも馴染みのある景色ではないでしょうか。かつては、西洋風の美しい楼閣が存在していたわけです。
威容のある「完成形」の古跡を見ることが多い北京の中で、こういった場所は貴重で、深く印象に残りました。