最近、中国古代の祭祀に用いられた酒やその容器について整理しています。今回は、中国古代研究者の必読論文の一つである林巳奈夫『漢代の飲食』(『東方学報』48、p.1-98、1975)ともとに、経書などに出てくる酒の種類をまとめてみます。
repository.kulib.kyoto-u.ac.jp
林論文は、上のリンクから無料でダウンロードできます。以下の内容は、この論文のp.71-77を整理したものです。
まず、漢代の酒には、大きく分けて二つの種類があります。
①醪(lao2, ロウ):一~三、四日で完成する。
②醳(yi4, エキ)酒:三、四カ月かけて醸造される。
醸造期間が長い酒と短い酒があるということです。ほか、よく経書に出てくる酒に「鬱鬯」という、香草を入れて醸造した酒がありますが、林氏はこの酒が実在したかどうかは分からないと述べています。
さて、『周禮』天官・酒正には以下のようにあります。
辨五齊之名,一曰泛齊,二曰醴齊,三曰盎齊,四曰緹齊,五曰沈齊。辨三酒之物,一曰事酒,二曰昔酒,三曰清酒。
このうち、①醪に分類されるのが「五齊」と呼ばれる五種の酒で、②醳酒に分類されるのが「三酒」と呼ばれる三種の酒です。
「五齊」それぞれの林氏の説明をまとめると、以下のようになります。
- 泛齊(汎齊):滓が浮いて泛々然(ぷかぷか浮かぶ様子)としている酒。
- 醴齊:一昼夜で完成し、酒の味は薄い。汁と粕とが半々で、べとべとしている。
- 盎齊:滃々然(水や雲が盛んに浮かぶさま)とし、青緑がかった白色の酒。清酒を混ぜてさらっとさせて飲む。
- 緹齊:赤色の酒。濾してある。
- 沈齊:滓は下に沈み、澄んだ汁が上にある酒。
泛齊・醴齊はどろどろした濾していない酒で、明酌(事酒の上澄み)と茅を用いて、澄ませてから飲んだようです(これを「縮酌」という)。泛齊が最も水分量が少なく、下にいくにつれて水分量が増えていきます。
次に、「三酒」についての林氏の説明をまとめましょう。
- 事酒:季節に関わらず、事があって作る酒。一か月ほどで造る。濁っていて、上澄みを「明酌」として用いる。
- 昔酒:冬に仕込み春に飲める酒。透明。
- 清酒:冬に仕込み初夏にできる酒。最も澄んだもの。
中国で伝統的に重視された経学・礼学と呼ばれる分野の学者は、儒教で重視される祭祀の意義や手順について研究を深めました。その議論の中では、どの種類の酒をいつ使うのか、といったことが細かく書かれています。当時の学者が抱いていたイメージがどういう酒だったのかはよく分かりませんが、経書やその注釈書を読む際には、こうした前提知識も知っておかなければならないでしょう。
(棋客)