達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

呉叡人『台湾、あるいは孤立無援の島の思想』(1)

 知人に紹介されて、呉叡人著(駒込武訳)『台湾、あるいは孤立無援の島の思想』(みすず書房、2021)を読んでいます。

 

 呉叡人は、台湾で多くの社会運動に携わりながら、台湾を中心とした政治史、民族史の研究をしている学者です。私はまだ本書を読了していませんが、その該博な知識と、本人の実践に裏付けられた鋭い言葉に圧倒されています。読み終わる前なので気が早いですが、少し内容を紹介しようと思います。

 呉叡人はベネディクト・アンダーソンの弟子で、『想像の共同体』の中国語版の翻訳者でもあります。彼は『想像の共同体』に大きく触発されながら、台湾政治史の分析を通して、師の批判・発展を試みる研究をされています。

 まず、台湾の植民地支配を図式的に整理している一段があるので、本書を読む前提として、その部分を整理して示しておきましょう(p.16-20)。

  • 台湾の植民地支配
    • 通時的次元における「連続的植民地化」の経験
      清帝国→日本→中華民国。冷戦によってアメリカの保護下で国民党が政権を握る。複数の帝国によって共通の辺境とされた結果、帝国の一部として吸収された。
    • 共時的な支配構造上の「重層的植民地化」の存在
      宗主国(外来政権)/漢族移民/原住民族」という構造からなり、多くのエスニック・グループをからなる移民社会的な性格を持つ。台湾は、宗主国が常に搾取と移民を同時に進行する対象とされてきた。

 こうした複雑な状況が背景にあるため、「台湾の脱植民地化」と一口に言っても、立場によって目指すものが変わってきます。

  • 原住民族
    • 「原住民族解放運動」の目標は、数百年来、異なる外来政権下に置かれて収奪された地位から脱し、「民族自決」を達成すること。そのためには政治・文化の両面で脱植民地化を進めなければならないが、文化における「中国中心主義」はいまだに優位を保っており、今なお進行中の課題と言える。
  • 本省人
     :1945年以前に台湾に移住した人。典型的な土着化移民で、植民者・被植民者の両方を体験し、台湾に定住する過程で台湾人アイデンティティ台湾ナショナリズムを発展させてきた。
    • 国民党という外来政権から脱し、「台湾は台湾人の台湾である」という民族解放の目標を達成すること。2000年の政権交代民進党政権が誕生し、完了したと言える。
  • 外省人・大陸人
    :1949年以後に台湾に移住した人で、祖国中国へのアイデンティティを持つ人が多い。
    • 国民党が日本から台湾を接収したことで、脱植民地化は完了したと言える。

 それぞれ、原住民族解放運動、台湾ナショナリズム、中国ナショナリズムという異なる「反植民地」的経験があり、歴史意識・過去・現代において異なる視野に立つわけです。

 では、台湾のポストコロニアル理論は何を目指すのか、というのが次の節です(p.21)。

 筆者は、台湾ポストコロニアル理論は、これらの相矛盾する歴史意識の「融合」を目指すものではなく、台湾を主体化するという前提は共有しながら、それぞれの歴史をめぐる「言説上の同盟」の可能性を探ることだと述べています。

 

 以下、まだ議論は続くのですが、前提の整理はできたことにして、次回、別の章を紹介することにします。

(棋客)