達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

劉咸炘『中書』認経論

 劉咸炘『中書』の「認經論」のうち、中篇の「論教」を取り上げます。

 「認經論」は、劉咸炘が経書をどのようにとらえているか整理して述べる篇で、このうち中篇は、経書と教化・教育の関係を説明しています。孔子の教えはどのようなものだったか…というところから始まり、『中説』『朱子語類』『輶軒語』などを引きながら、「経書を学ぶにはまず『詩』と『礼』から初めよ」という内容に進んでいきます。 

 今回は、この「経書を学ぶにはまず『詩』と『礼』から初めよ」という話について、劉咸炘の説明を読んでみましょう。合わせて、過去書いた経書に関する本ブログの解説記事を紹介していきます。

 蓋《詩》、《禮》兩端,最切人事,義理較他經為顯,訓詁較他經為詳。且皆鄭君玄注。《毛傳》粹然為西漢遺文,更不易得,欲通古訓,尤在於茲。《詩》、《禮》兼明,他經方可著手。

 おそらく『詩』と『礼』の両端は、人事(人の行為、感情)に最も近いもので、義理は他の経書より明らかで、訓詁は他の経書より詳しく、しかもいずれも鄭玄の注がある。『毛伝』は純粋に前漢の遺文で、さらに得難いものであり、古い訓詁に通じたいなら、(それは)ここにある。『詩』と『礼』の両方を理解したら、他の経書に手を付けてよい。

 上の文章を理解するには、まず「経書とは何か」ということを知っていなければなりません。経書についての概説記事は何度か書いたことがありますので、そちらも合わせてご参照ください。

 さて、現在まで伝えられている『詩経』(経書の一つ、『詩』とも)は、前漢の毛氏が伝えた系統のもので(『毛詩』)、毛氏の注釈(「毛伝」)と、後漢の鄭玄の注釈(「鄭箋」)が附されています。

 このうち毛伝は、前漢の訓詁を伝えるもので、以前紹介した『訓詁学講義』でもその重要性が強調されています。鄭玄は特に「三礼注」で有名で、後世の経書研究の展開に多大な影響を与えました。以前、鄭玄研究を整理した記事を作ったことがあります→鄭玄研究のまとめ - 達而録

 経書で『礼』というと『礼記』『儀礼』『周礼』の総称ですが、ここでは具体的にどれかの文献を指すというより、広く礼に関する事柄を学べ、ということでしょうかね。礼記についても、概説記事を書いたことがあります→漢文を初めて学ぶ人に向けて:『礼記』について - 達而録

 《書》道政事,《春秋》道名分,典禮既行,然後政事名分可得而言也。《尚書》辭義既古,而漢代今古文兩家之經傳一時俱絕,故尤難通。《春秋》乃聖人治事大權,微文隱義,本非同家人言語。三傳並立,旨趣各異。學者於《春秋》,若謂事事能得聖心,談何容易。至於《周易》,統貫天人,成於四聖,理須後聖,方能洞曉。

 『尚書』は政事(政治に関すること)を言い、『春秋』は名分(地位と職分)を言う。典礼が行われた後に、政事・名分について発言することができる。《尚書》の言葉の意味は古くなっている上に、漢代の今文・古文の経伝が一時ともに絶えてしまったから、最も理解しがたいものである。『春秋』は聖人による統治や権威に関するもので、奥深い言葉に大義を隠しており、もともと日常で使われる言葉とは異なっている。『春秋』三伝が並立し、その趣旨はそれぞれ異なっている。学ぶ者が、『春秋』について、「あることについて聖人の心を体得した」などと言っても、口で言うほど容易ではない。『周易』に至っては、天と人とを貫き通し、四人の聖人をもって完成するのであって、その道理は後世の聖人を待ち、そしてはじめて明らかになる。

 ここは、「詩」と「礼」を最初に読むべきという話の続きで、では『尚書』や『春秋』はなぜ最初に読むべきではないのか、という点を説明しています。確かに、「詩」や「礼」に比べると、『尚書』は漢文が古くあまりに難解ですし、『春秋』は完結すぎて話の筋が追えません。

 「春秋三伝」のうち、「左氏伝」については、以前、まとめの記事を作りました→『左伝』の訳書と概説書の紹介 - 達而録

 總之,《詩》、《禮》可解,《尚書》之文、《春秋》之義不能盡解。《周易》則通儒畢生探索,終是解者少,而不解者多。故治經次第,自近及遠,出顯通微,如此為便,較有實獲。尹吉甫之詩曰:「古訓是式,威儀是力」。古訓,《詩》學也。威儀,禮學也。此古人為學之方也。

 まとめると、『詩』と『礼』は理解し得るが、『尚書』の文章と『春秋』の意味は全てを理解することはできない。『周易』は一流の儒者が一生をかけて探索しても、結局理解できるものは少なく、理解できないことの方が多い。よって経書を学ぶ順番は、近きから遠くに及び、明らかなものから隠されたものに及ぶ、このようにすれば、いくらか実際に得るものがあるだろう。尹吉甫の詩に「古訓は式、威儀は力」とある。「古訓」とは「詩」の学問で、「威儀」とは「礼」の学問だ。これは古人が学問の方法としたものである。

 以下、まだまだ続くのですが、省略します。なかなか含蓄のある言葉ですね。

 では実際、経書の「詩」や「礼」を学ぶとすれば、どんな本がいいのでしょうか。日本語で分かりやすく説明されているものとして、「詩」でおススメなのは以下の二冊です。

  

 「礼」の場合は難しいですが、いきなり経書の「礼」に関する解説を読むより、いっそ儒教または経書全般についての本を読む方が、「礼」に関するイメージは掴みやすいかもしれません。

  

(棋客)