以下の声明に署名しました。(誰でも、メールアドレスさえあれば署名できますので、ぜひお願いします。一分で終わります)
◆ 私たちの要求
SPRING制度における生活費支給からの「外国人排除」を撤回してください。
国籍(、在留資格)や出自にかかわらず、すべての博士課程学生に対して平等な支援を行ってください。
今こそ、誰もが安心して研究に取り組める持続可能な制度設計が必要です。幅広い有識者や当事者の声を聴いて制度を設計するよう求めます。
(上記サイトより引用、2025.7.1閲覧)
もともと、日本の大学に通う大学院生は支援が非常に少なく、修了までに多額の借金を背負うというケースが多いです。SPRING制度は、学振だけでは明らかに支援が不足していたところを、補いとして新しく作られた制度です。不十分ではありますが、少し門戸が広がったところは確かで、多くの学生の命綱になっています。
私自身、留学から帰ってきたタイミングがたまたまSPRING制度の初年度に重なり、一年以上この制度を利用させていただきました。この制度を使ったことのある、日本国籍の元博士課程学生として、この制度の改変に明確に反対します。
理由は上のサイトにも書かれていますが、少し自分の言葉にしておきます。
- 国籍によって支援する人を差別してはならないということ。
国籍によって制度上の扱いを変え、得られる支援に差をつけるのは、国籍差別に他なりません。非日本国籍の人も、日本列島で生活する人は日本政府に何かしらの形で税金を納めています。特権などあるはずもなく、むしろさまざまな面で既に差別されています*1。すでに抑圧を受けている非日本国籍者を、さらに追い詰めることになります。 - 留学生抜きには研究が続かない研究室が数多くあるということ
私の出身研究室もそうですが、留学生がいないと研究室の存続が怪しいところが山ほどあります。研究は一人でできるものではなく、最後に下支えしているのは院生であることが多いです。そもそも、国は大学に「国際化せよ」と言い続けてきたはずなのに、明らかに方針が矛盾しています。 - 排外主義の台頭に成功体験を与えるということ
最近、ただでさえ、排外主義を煽れば支持を得る世の中になってきました。生活保護も然りですが、予算規模としては大した額ではない、こうした一つ一つの制度が政争の道具にされ、排外主義を煽るための手段として用いられています。そうやってのし上がるための種にされて、陰では確実に困る人がいます。弱者を切り捨てる政策は、自分の身に降りかかってきますよ。
このブログでは、過去に以下の記事でも近年の大学政策の問題点を指摘してきました。それぞれ異なる問題ですが、「削れる」ところを削ることで、学問の自由を奪っていくという流れでは全て共通しています。
大学教育において「受益者負担」という方針が掲げられるようになって久しいです。これは、「受益者」は学ぶ人なのだから、国ではなく、学ぶ人自身が金銭的負担をするべき、という原則です。しかし、この枠組みで考えると、研究の進展によって利益を受けるのは国ですから、「受益者」は「学ぶ人」ではなく「国」にあり、まさしく国が負担するべきだ、と言えるはずです。「受益者負担」という考え方は、自己責任論をそれっぽく言い換えただけに過ぎません。
ただ、一言断っておくと、私は受益者負担の原則に反対することは当然ですが、かといって、「受益者は国である」というこのロジックにも乗りたくないです。私は国益のために研究しているわけではありませんし、この説明だと「じゃあ国が受益しない研究にはお金を出しません」という主張をされてしまい、結局あまり有効な反論になっていないからです。
「受益者は国」という主張は、不合理な主張に対する瞬発的なカウンターとしては、確かに有効で分かりやすいキャッチフレーズです。しかし、「そろそろ使うのをやめませんか」と言いたい気持ちもあります。
私としては、解放された社会の実現のためには、学問の自由が必要であり、巨大な権力機構はそれに向けて努力する義務がある、というそれだけのことだと言いたいです。
(棋客)