達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

日記(2025.7.21-2025.7.31)

2025.7.21

 出張で京都に来た。暑い。暑すぎる。そして人が多すぎる。観光客を増やしても、必ずしも地元で生活している人の所得が上がるわけではないし、その地域の税収増につながるわけでもない。もちろん、土地に外から人が来ること自体は色々な意味で重要だが、煽って大量の観光客を呼び込むのは、暮らしのためにはならない。

 そうした暮らしへの不満(もちろん不満とすべきことはそれだけではないが)が、排外主義へと流れていくのは悲しいことだ。京都は参政党のポスターが進出したのがかなり速かったと思う。京都では、安くて、美味しくて、個人経営で、無化調で……、つまり、資本主義の荒波を工夫と技術と親しみやすさで生き残ってきたような(つまりとても素晴らしい)お店に、参政党のポスターが貼ってあることが結構多い。

 現代社会にある格差や抑圧から生じる不満や、社会を変えたいという気持ちが、排外主義を動かす資源として使われ、より激しい搾取に向けて利用されていく。人と闘うというよりも、こういう「仕組み」と闘う、ということが大事なんだと思う。

 …とまあ、いま少し嫌なところを書いたけど、とはいえ、学生にとって住みやすい京都の雰囲気はやっぱり続いているし、手作り文化によるイベントや店舗の数々も、ぎりぎり健在だとも感じる。(私が左京区しか出入りしないので、左京区だけの話になるが。)

 前に北沢恒彦の話をブログの記事に書いたけど(北沢恒彦という人 - 達而録)、こういう京都の空気感も、偶然の産物ではなく、やっぱり闘ってきた人がいたから残っているものだと思う。それも、一つの団体や場所や党派によるものではなく、さまざまな場所で、複雑な闘いがあったからこそ、「変わりながら続いていく」ということが可能だったのだと思う。それを続けて、広げていきたい。

2025.7.22

 友達に高橋和巳を薦められて、京都に行く直前に新宿の紀伊国屋で探したけど見つからなかった(注文は可能だったが)。さすがに京都の古本屋ならあるだろうと思って行ってみると、入り口に入った瞬間、真ん前に『高橋和巳全集』があって思わず笑ってしまった。他にも高橋和巳の本がたくさん並んでいた。自分が書いたかった本は、売り物ではなく、蔵書だったらしいが、店主と喋っているうちに仲良くなり、その本も売ってくれた。ありがたい。というわけで今日から高橋和巳邪宗門』を読んでいく。

 夜、友達が「デス・ストランディング2」というゲームをやっているのを隣で見ていた。映画に入りこんでキャラクターを動かしているようなゲームだと思った。荒野を車で走っている途中、突然エモい音楽がかかって、本当に映画のワンシーンみたいになる。(別に何かイベントがあるではなく、ただ車で走っているだけなのだが、妙に哀愁を誘う。)

 自分は、高機能でハイスペックのゲームにはあまり触れてこなかった。せいぜいswitchのゼルダぐらい。あれでも複雑で面倒になることが多かった。多分、自分のゲーム脳的に、あれぐらいの複雑さのゲームが限界なんだと思う。それ以上のゲームは、友達がやっているのを解説してもらいながら眺めるぐらいがちょうどよく、だからこの夜はとても楽しい時間だった。

2025.7.23

 最近、ぼんやり自覚しているのだが、「新しいコンテンツを摂取する」ことへの意欲が、すごく下がってきたな、と思う。映画を野放図に見たりとか、論文や文庫本を読み漁ったりとか、そういうことを長らくしていない(『邪宗門』を読むのは、そういう意味ではかなり久々の新規コンテンツ摂取だ)。時間が無いわけではないのに、新しいものに触れるのではなく、昔好きだったものを見返すことが増えてきた。

 という話を泊めてくれた友達にしたら、色々な新規コンテンツをおすすめしてくれた。可能性ありそうなのは、ホラーや怖い話系。モキュメンタリー作品が特に気になった。

2025.7.24

 京都での出講、なんと学生が誰も来なかった…! 前回の授業でいい質問を貰っていたので、気合入れて準備していたのに、無念。(しかし自分もよくサボっていたので学生を責められない!なんてこった!)

 テスト期間に一コマだけ授業時間がはみ出しているので、嫌な予感してたんだよなあ……。

2025.7.25

 東京に戻ってきて、非常勤講師先の期末テスト(こっちはさすがにみんな来た)を終わらせて、点数入力も済ませて、一応前期の大学のお仕事は終了。後期、同じ大学で新規で三コマ担当することになった。とても嬉しいけど、全く教材準備ができていないので、夏休み中に準備しなければならない。

 そりゃ、教科書を一つ買わせて、順番に進めていくような授業をすれば、非常勤講師としては楽だ。ただ、その科目のことをほとんど何も知らない、場合によっては興味すらない、という学生相手にも通用するような本はなかなかない。そもそも、学生それぞれの経済状況が違う中で、できるだけ教科書を買わせたくない、とも考えている。

 となると、自分でプリントを作るしかないのだが、これはもう、めっちゃ大変だ。もちろん自分が過去に学んだことや、既存の教科書の記述を参考に作っていくわけだが、そんなすらすらとは作れるものではない。

 いや、題材がすで決まっていて、それについて調べて書くだけなら、まだ全然なんとかなる(それが得意だから研究しているわけだし)。一番難しく、時間がかかるのは、その一歩手前の「題材を探す」段階だ。研究者は基本「自分が興味のあること」をやってきたわけで、「人が(それも○○大学の今の学生という特定の集団が)興味を持ちそうなもの」を勉強してきたわけではない。そんななか、頭をひねって、少しは興味を持ってもらえそうな題材を探さなければならない。

 かといって、「自分が面白いとは思っていないもの」(または「面白さが分かっていないもの」)を授業したところで、興味を持ってもらうような授業には相当なりにくい。つまり、「自分も面白いと思えて、かつ学生に興味を持たれやすそうなもの」を考えないといけない。……これはかなり難しい。結局、自分の専門分野について、あまりに勉強不足だということに向き合わされることになる。

 大変ではあるが、基礎・応用がはっきりしていて、厳密に段階的に教えないといけない科目では、こうやって頭をひねることも難しいだろう。余白があって工夫ができる分、やりがいがある分野であるとは言える。ようは、その年のその大学の学生向けに、特注の教科書を作るような感覚だ。

 夜、同じ分野の先輩研究者と飲む機会があったので、こういう最近の悩みを相談した。色々なアイデアを出してもらえた上に、温かく励まされた。私もこうありたい……と思ったものの、そもそもこういう相談をされそうな後輩がいないということに気が付いて悲しくなった。今後できるのかな?

2025.7.29

 夏に入ってからずっと眠い。熱中症気味なのか何なのか。集中して作業に取り組むということが長らくできていない。近所の図書館が補修工事でずっと閉まっているのも厳しい。お気に入りのナイスな喫茶店がいくつかあり、そこで気分転換したいのだが、暑すぎて外に出られない。

 ひとまず夏にやらなきゃいけないのは、さっき言った後期の授業準備、三コマ分。当分それだけ頑張りたい……。

2025.7.30

 最近、すごく久々に将棋倶楽部24をやっている。R2000ギリギリまで下降した後、R2150ぐらいまで戻ってきた。この辺が今の実力っぽい。

 

 今日は久々にデモに行ってきた。SPRING制度という博士課程の学生を支援する制度に、国籍要件(「日本人」限定)をつけるというひどい改悪案に対する反対のデモだ。暑いので途中から行って一時間ぐらいスピーチを聞いていた。とてもいいスピーチばかりだった。

 ↓左の写真に写っているのが、私の書いたプラカード。リュックも私の。

 

 この問題については、以前ブログにも書いたことがある→SPRING制度の外国人排除に反対します - 達而録

 何度でも書くが、日本国籍の無い人は、すでにさまざまな形で差別されている。選挙権はなく、働き先が制限され、住居探しでも差別され、しかし税金は納めている。私の研究室は、専門柄、中国国籍の学生が多く、その苦労は身近で感じてきた。

 この件は、予算規模から言っても全く大した額ではないし(というか枠を変えるだけなので予算カットにもならない)、法律ではなく文科省の制度なので「お手軽」に改正できるし、完全に排外主義を煽る政治家の「成果」のネタにされたな、という感覚がある。「予算が~~」とか「方針が~~」とかいった言い訳(ウォッシング)すらなされず、差別的な政策が、堂々とそのまま剥き出しで進められるようになってきた。

 他のデモで出会った人と久々に再会できてうれしかった。こういう出会いが一番好きだ。

 

 ちなみに、ChatGBTでこの件について聞いてみると、こんな回答が返ってきた。

 なんと情報源としてこのブログの前の記事が挙げられている。

 複雑な心境だけど、こういう形で人に情報を届けられる可能性がある……ということは意識しておきたいと思う。はっきり言いたいことがある内容の場合、おそらく日記形式に埋め込むと捕捉されにくいので、それ単体のトピックで記事を立てた方がよさそうだ。それでなくても参照されやすいし、分かりやすいのだから、当然と言えば当然だけど。

(棋客)