達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

高橋和巳『邪宗門』(1)――左派と宗教

 最近、友達に勧められて高橋和巳邪宗門』を読んだ。『邪宗門』は、1900年頃から1945年までに存在した「ひのもと救霊会」という架空の宗教教団が、始まってから終わるまでを群像劇風に描いた作品である。フィクションではあるが、戦前から戦後にかけての史実がふんだんに踏まえられており(救霊会にもモデルとなる実際に存在した教団がある)、一種の大河ドラマの趣きがある。

 高橋和巳は京大文学部の中国文学の助教授をやっていた人で、かつ学生闘争の時代に学生側に立ってその職を辞した人として知られている。中国学の先達という意味でも、また迷いながら仁義を通した左派の教員という意味でも、特に私にとっては読むべき人であり、これまでにもことあるごとに勧められていたのだが、通読したのは初めてだった。

 いざ読んでみると、歴史物としてなかなか面白い、という印象を抱いた。少なくとも、史実を調査・取材することと、架空の世界で人々がどう動くか想像することを、筆者の力量の限りを尽くして誠実にこなした作品だとは言えると思う。悲惨で陰鬱な現実を延々と描き、研究者らしい理屈っぽい文章や、長々とした論文調の解説がありながらも、その中に劇的な展開も織り交ぜてあり、意外と読みやすい(これは私がこういう文体に慣れているからかもしれないが…)。かといって、安直な他者化(悪魔化や崇拝)に陥ることはなく、あらゆる場面に自己批判的な精神が顔を出す。つまり登場人物のすべてに高橋自身の影が見える、ということだ(これは良くも悪くも、だが)。

 私の過去の読書体験から言うと、『百年の孤独』や『ウォーターランド』を思い出す作品でもあった。どちらも一つの村や地域の興亡史を描いたものだが、『邪宗門』は一つの宗教教団の45年間の興亡を描いた作品だ。『百年の孤独』は1967年、『邪宗門』は1966年の作品だから、なんとなく共通点を感じるのも、故無きことではないのかもしれない。

 むろん、60年前の小説であり、どうしようもなく、やっぱり古いものは古い。たとえば、家父長制や男性中心主義への異議申し立ては強烈な形でなされているものの、女性/男性の本質主義から逃れられているわけではなく、それが物語全体に二元論的な色彩を与えている(男性的闘争と女性的愛情の相克、みたいな)。すると当然、ミソジニックな描写もまとわりついてくる。もちろん戦前が舞台なので、登場人物自身がそう考えているものとするのは自然なのだが、どういうストーリーにするかという点や、小説内に登場する後世の分析的な語りでは、もっといい描き方があっただろう。「高橋和巳なんて、今見ると読めたもんじゃない」という批判も妥当なものだと思う。

 ただ、そういう限界はありながらも、今読んでも「新しい」と感じるのも確かだし、それは私に限らず、多くの人にとってそうだと思う。その理由は簡単で、現代の私たちの多くは、戦前~戦中~戦後の歴史をあまりに知らなさすぎるからだ。当時、人々がどういう暮らしをして、どういう共同体を作っていたのか。世界情勢がどう動き、政府・企業・地域共同体にどのような影響を与え、総力戦体制へと改編されたのか。その中で左派はどのように抵抗し、また吸収されたのか。満州樺太南洋諸島の戦地では何が起こっていたのか。敗戦後、人々と体制はどう変化したか(また変化しなかったか)。こうした歴史の移り変わりの中で、人々は何を考え、どう行動したのか。こうした事象の一種の記録、また歴史小説という観点からすれば、本書は今なお読み継がれる意義のある作品であろう。

 具体的な内容については、次回以降で思いつくままにふらふらと書いていきたいが、今日のところは、全体の紹介を兼ねて、高橋和巳はどういうつもりでこの小説を書き始めたか、というところを見ておきたい。高橋自身の言葉が以下だ。

私はこの小説で、天才的な一人の宗教的指導者とその教団の組織過程を通じて、現代がもつもろもろの矛盾と、人間の観念が人間存在に対してもつ意味とを追究したいと思う。題名を〈邪宗門〉としたのは、すべて現実的な力をもつ宗教は、その登場のはじめは、既成秩序のがわからみれば邪宗であり、そしてそれは邪宗である限りにおいて、むしろ人間精神の根源にふれるものをもつと考えるからである*1。この小説の主人公は個人的な解脱や救済の域をこえて、宗教的なコミューンを企画して大弾圧をうけ、激しい政治的抗争の末に、この現代の人間の一切を呪詛しつつ滅びることになるはずだが、それはあらゆる新興宗教が、そのはじめに持っている〈世なおし〉の思想を、組織の膨張過程で保守的な勢力と妥協することがなければ、どうなるかという思考実験でもある。*2

 現代において、いわゆる「リベラル」また「左派」の間では(そうではなくても)、「宗教」は禍々しいものとして扱われることが多い。「それ宗教じゃん」とか「スピってる」とかいう言葉は、大抵は悪口として使われており、それだけで「有効な批判」とみなされることさえある。たとえば、「参政党は宗教」という言葉で何かを批判した気になっているリベラル系の論者はありふれている(私はこの言葉には同意しないし、批判としても有効ではないと考える)。また「日本会議」批判もよく宗教批判の文脈で出てくるが、日本会議はそもそも宗教者の団体ではなく、政治思想によって集まった集団なのだから、そこで宗教批判を持ち出すのもおかしい*3。つまり、「宗教」を持ち出せば雑な批判でも許されるような空気感がある。

 こうして「宗教」を他者化・悪魔化して、そこに悪事の原因を押し付けても、問題が解決することはないばかりか、その態度自体が宗教者に対する差別や偏見になる。それは、宗教に「非科学的」で「非合理的」というレッテルを貼ることで、「自分はそうではない」という立場に立てるように利用しているだけだ。科学・合理・効率を重んじる政治を志向する「チームみらい」に人権軽視の政策が多く見られることは、象徴的な例だと思う。

 言うまでもないが、宗教者として、すべての人の解放に向けて闘ってきた人や、マイノリティの差別に抗ってきた人というのは過去にたくさんいる。このブログでも栗原輝夫『荊冠の神学』工藤万里江『クィア神学の挑戦』を取り上げたことがある。そして高橋和巳は、この抵抗の営みこそが、むしろ「邪宗」たる宗教の本質であるという発想から、『邪宗門』を著した。

 その上で、『邪宗門』の優れた点は、こうした筆者の意図があるにもかかわらず、「こういう思想の宗教があったら、人々はこう動くに違いない」という形で描かれているのではなく、「この時代にあっては、こういう抑圧体験をする人がおり、するとこうした教団が生まれ、こうした活動がなされるのは当然だった」という描き方を徹底しているところだ。

 たとえば、「ひのもと救霊会」の開祖の行徳まさは、家父長制と身分制の苦しみを受け続けた人である。まさは、貧農の家で、間引きを寸前で免れて生まれた。読み書きを教わらず、まず子守娘に出され、次に地主の家に女中奉公に出され、大工職人と結婚したが、夫の暴力の被害を受けるようになる。子供四人のうち二人は勝手に遊里や丁稚に出された。夫が死ぬと、残りの二人の子も取られ、高利貸の夫と再婚させられた。そこで二児を設けたが離婚され、まさは鉄道工事に繰り出すが、怪我をして生活できなくなり、末っ子は餓死し、上の子には逃げられた。元の子供を訪ねてみたが、みな悲惨な人生を歩んでおり、死んだ者もいた。

 まさは、半狂乱状態に陥りながら、禅宗日蓮宗・稲荷・八幡・黒住教天理教キリスト教などの寺社や、教育者・社会事業者・政治家の演説会などに赴き、「なぜ長男は戦死したのか」「なぜ長女は娼婦になり病毒で死んだのか」「なぜ次男は行方知れずになったのか」……そして「六人の子を産み、四人に先立たれ、残った子にも背かれた母親の命に何の意味があるのか」という問いかけを続けた*4。その中でただ一人、その問いかけに真面目に応対した浄土宗の僧侶に文字を習った後、まさは祈祷師となり、信者を得るようになる。まさの教えは、文明開化でかえって貧しくなった小作農や、過酷な工場労働で身体を消耗する女工たちの間で広がっていった――。

 「ひのもと救霊会」の〈世なおし〉の思想(詳しい内容は今後紹介する)が、思想ありきで出てきているのではなく、こうした一人のひどく抑圧された人間の体験から、文字通り血肉の通った行為や言葉を通して表現されているところに、本書の魅力がある。そしてこれが教団に限らず、登場人物一人一人の描き方にも表れているところに、筆者の誠実さが垣間見えると思う。

 ただ、第三部の結末だけは、「結末ありき」には見えてしまうところはある。そもそもここを書くのが目的なのだから仕方ないところはあるが、〈世なおし〉の思想に妥協しなかった場合、本当にこういう結末になるのか?何かオルタナティブがあるのではないか?という問いかけとは向き合い続けなければならない。また、本書のエンドは、結局「宗教」のスティグマを強化してしまうのでは、という批判もしておきたい*5

 『進撃の巨人』で、エレンに代わりの解決策を示せなかったことをハンジが悔いるシーンがあるが、最後の突撃に向かう千葉潔の周りの人々も同じ気持ちだったはずだ(いや、代わりの解決策を示している人はいるのだが……)。というより、その疑問を投げかけたくて、高橋和巳はこういうラストにしたのだろうから、その作者渾身の問いかけにきちんと向き合いたいと思う。

 というわけで、来週から数回にわたって、『邪宗門』の感想を書いていく。


《目次》

(棋客)

*1:むろん、簡単にこう言い切ってしまうのも、宗教というものをとらえるには大雑把すぎるとは思う。また、自分の興味から一つコメントしておくと、この定義だと「儒教」は宗教とは言えなくなる。儒教は既成秩序を壊す目的から生まれたとはどうしても言えないからである。

*2:村井英雄『書誌的・高橋和巳』、阿部出版、1991年、p.266。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%82%AA%E5%AE%97%E9%96%80_(%E9%AB%98%E6%A9%8B%E5%92%8C%E5%B7%B3 (2025.7.29閲覧)より。

*3:以下の記事に詳しい→ 信仰とLGBTQ+の交差点から ——宗教と差別——/楽丸こぼね

*4:この一段からは、性暴力被害者が「なぜ私が?」という問いかけをし続けるという話を想起した(確か小松原織香さんの本で読んだと思う)。また「個人的なことは政治的なこと」というフェミニズムのスローガンも想起するところだ。こうした個人的な「なぜ」に答えようと思うと、政治的・社会的な背景にたどり着く。

*5:実際、サリン事件の報道で、本書と結び付けたコラムが書かれたことがあるらしい。本来オウム真理教と「ひのもと救霊会」は全くの別物と言うべきで、あまり似ているところはないのだが、そういう連想を誘う結末になってしまっていることは否めない。全体を通して、本書は、「左派と宗教」というテーマから見ると啓発される点が大いにあるが、宗教そのもののへの働きかけという観点からすると、たとえば同年の遠藤周作『沈黙』などと比べてみると、何か物足りないところがあるような気がする。