ブルーハーツの『月の爆撃機』は、街に爆弾を落としに向かうパイロットと、標的にされた街で逃げ惑う市民の視点を切り替えつつ、戦場の絶望を歌う名曲である(以前記事に書いたことがある:反戦歌として「リンダリンダ」を読む - 達而録)。
『月の爆撃機』の冒頭はこんな一節から始まる。
ここから一歩も通さない
理屈も法律も通さない
誰の声も届かない
友達も恋人も入れない
この詞は、特に近代以後の戦争における戦場の世界が、日常の倫理を拒否する空間であることを表現したものと私は解釈している。この詞は、言葉も、説明も、規則も、法律も、必死の叫びも、信仰も、友愛も、恋愛も、届くことのない(その可能性が著しく低い)場所として戦場を描いている。
さて、高橋和巳『邪宗門』には、満州・樺太・パラオ・重慶など、日中戦争・太平洋戦争のさまざまな戦地での戦闘や植民のシーンが描かれている。今回は、中国戦線に派遣された貝原洋一という人のストーリーを追いかけてみたい。
洋一の父は、前回の記事で「八誓願」を唱え続けていた信者のうちの一人で、「ひのもと救霊会」の重鎮である貝原七兵衛である。七兵衛は農民の心をつかむ物言いが得意で、小作争議の調停や、布教での演説に定評があった。「だいたい、地球の皮を仕切って、他人を入れさせず、地代だの小作料だのと言うほうが間違っとるんじゃ」という七兵衛の言葉に、その性格の一端を窺うことができよう。
弾圧の最中にある救霊会には、不自然に多くの召集令状が届き、若い男性はほとんどが戦場に出されることになる。国内には百万の信徒を有する救霊会も、国際的に力を持つわけではなく、国家間の抗争にはなすすべがなかった。救霊会は、国際的な宗教者会議の提言を何度か行っていたが、世界的な宗教団体は自己の優越を誇って相手にせず、地域的な宗教団体、秘密結社、また本国では異端である新興宗教団体との間に少し文通が生まれただけであった。当時、世界の宗教界の趨勢は、かつてプロレタリアートの国際的協力を説いた社会主義政党が国家利益の優先に踏み切ったのと同様に、人種的・民族的利害によって分断される傾向にあった。
一般に、宗教教団が、他国や異民族の武力征服を正当化することはあり得る。たとえば第二次大戦の時には仏教教団・寺院が総力戦体制の遂行に協力している(鵜飼秀徳『仏教の大東亜戦争』に詳しい)。キリスト教でも、十字軍に代表されるように、武力征服を善とする教義解釈が力を持つことがある。しかし、救霊会には、どこをどうつついても、人を殺して他国を征服せよという教義は出てこない。むしろ救霊会は国家から内部の敵として弾圧されている。かといって、現実的に、集団的に徴兵を忌避することは不可能であった。
洋一もその例外ではなく、中国戦線に徴兵され、戦場に向かうことになる。洋一が出征するという日、七兵衛は教団の裁判に呼び出されており、直接見送ることは叶わなかった。「口には自信があっても筆をとるととんと駄目になる」という七兵衛は、手紙ではなく、言伝のかたちで、洋一に向けてこのような言葉を贈った。
戦争に行く以上は、帰ってくるな、と。それはお国のために死ぬ覚悟で征けとか、天皇陛下のために身を捧げよとかいうのとは意味が違う。戦場に行く以上は、人と人が殺し合わねばならぬが、洋一が卑怯な真似をしてもどうなるというわけでもなく、教団に迷惑がかかってもいかん。普通の兵士がするように進み、普通の兵士がするように働いて、そして、死んでこい、と言ってほしい。人を殺して勲章をもらうよりは逃げたほうがいいが、一人が逃げて味方が何人も殺されるよりは、自分が死ね。つもる話はあの世でしよう、と言っておいてほしい。(高橋和巳全集第七巻、p.222)
この言葉は、理想からはかけ離れているし、救霊会の信念とも合致しないし、私としても是認したい言葉ではない。しかし、圧倒的な悲惨な現実を前にした時に、教団と農民に尽くした七兵衛という人間から出てくる矛盾や葛藤が、等身大でよく表現されていて、胸を打つ言葉であることは確かだと思う。
さて、こうして洋一は徴兵されるのだが、その先に待っていた世界は、七兵衛(や教団)の想像をはるかに超える場所だった。
平和時の農民の心情にはくわしい父の七兵衛も、戦場の心理には無知だったと言わねばならない。兵隊がそもそも自分一人の考えを持ちつづけるなどということは、できない相談なのだ。最初の三ヶ月の訓練期間中に、ポカポカと頭を班長や古年兵に打たれているうちに――そして歯を喰いしばって耐える苦痛のはてに奇妙な快感が湧いてきて、ぼんやり放心する時、早くも〈自我〉はどこかへすっ飛んでいってしまうのだ。ラッパと号令、皮革と汗の臭い、飯盒を鳴らしながら早飯を食って、銃をかついで走って、早糞をたれて寝る。隙間のない時間と集団行動がまた彼をやたらと〈健康〉にし、そしてふと気がついてみると、自分には何も考えることはないことがわかるのだ。(高橋和巳全集第八巻、pp.6-7)
軍隊教育の中で、洋一は〈自我〉を失い、〈健康〉にさせられていく。そしてひとたび戦場に出ると、またそこには別の論理が待っていた。
敵にたいする感情のありかたには、どんな観念的な戦意昂揚の教育も及ばない、そしてどんな宗教的情操もおさええない、〈戦場の論理〉があった。どこの戦闘でだったろうか。鉄道警備を命ぜられ、白い陽炎が線路にゆらいでいる中を戦友とともに歩いていた時、ふいにビシッという空気を鞭打つような音がして、並んで歩いていた戦友が折れくずれた。とっさに身をふせて、あたりをうかがった時、敵の姿は見えず、雨上がりの楊柳が葉裏を見せて輝き、山の影が画布を切裂いたように鮮明に見えらだけであった。ふと横を見ると、何ヶ月かの間ともに飯盒炊爨をし同じ場所に叉銃し、同じ草むらに休止してきた戦友が死んでいた。そしてその時、彼は今までに感じなかった姿の見えぬ敵への怒りが、めらめらと燃え上がるのを覚えた。畜生、この仇はきっととってやる。その心理は実戦の経験のある者でないとわからない。彼はその戦友の死を契機にして〈勇敢〉なる兵士となり、白兵戦では、手榴弾を振り上げている便衣隊の支那兵に向かって突進していって藁人形でも突きさすように突きさす兵士となったのだ。拭っても拭っても、いつまでも消えない血糊を真向から浴びながら……。
(中略)
彼は、父の理解し得なかった、そして教主にも理解できないだろう、戦場の論理に従って、何人かの人を殺し、いくつかの村から食糧を徴発し、そして莛を垂らしただけの慰安所の長い列に加わり、さらには罪もない支那の農婦を強姦した。(高橋和巳全集第八巻、pp.7-8)
「〈勇敢〉」と、勇敢という語に括弧がくくってあることで、読みの可能性が開かれている。確かに、敵に一直線に向かっていくのは、一般的な価値観から言えば「勇敢」と言えるだろう。しかし、戦場において真に「勇敢」なのは、その〈戦場の論理〉を拒否し、別の選択肢を取ることではないのか。戦場において〈戦場の論理〉に従ったその行動は、果たして「勇敢」と言えるのか。そういう問いが想起されるところだ。
さて、こうして中国戦線で戦い続けた洋一は、蒋介石軍との戦闘で敵に囲まれて敗走した後、捕虜として捕らえられた。「死すとも虜囚のはずかしめをうくる勿れ」の掟に従って逃亡しようとするが失敗し、捕虜収容所に送られた。
捕虜収容所には、教育役の日本人がいた。その人は、この戦争は、天皇や軍閥・独占資本家・官僚の結託によって、民衆の反抗心を外にそらし、自分たちの利益を守るために行われているとを説いた。この日本人が収容所の警備長と対等に話しているのを見た捕虜たちは、権力に取り入ろうとし、態度を変え、先を競って自分を売り込み始める。洋一は、その改悛の早さと浅ましさには付いていけなかった。
彼は天皇制に反抗して弾圧された宗教団体の一員であり、権力者は常に民衆から富を吸い上げ、犠牲を押しつけることも知っていた。だが、戦って殺し合い、しかも一たび捕虜となって後に、自分を正当化するいかなる思考も行為もあろうとは思えなかったのだ。(高橋和巳全集第八巻、p.9)
しかし、その頑固さが、かえって教育係の中国人女性に見出されることになり、洋一は中国語を教えられることになる。つまり、洋一は日本軍に向けて反戦の宣伝をする工作員として訓練されることになったわけだ。そうして反戦同盟員となった洋一は、日本軍の上海派遣隊への宣伝工作という初めての任務に就く。ここでの宣伝工作とは、日本軍の野営地に向かって、蓄音機で音楽を流し、マイクで声を放送することを指す。
当初の中国側の依頼では、日本軍の軍歌を虚仮にした替え歌を流すことだったが、洋一はそれでは逆効果だと考え、あえて「荒城の月」を選んで流した。曲が流れ始めると、野営地ではざわめきが起り、銃器が触れあう音がしたが、三番に変わるころには、再び深い静寂に戻っていた。そして曲が終わると、洋一は震える手でマイクをとり、スイッチを入れた。
親愛なる日本軍兵士諸君、なつかしい我が同胞よ。……この戦争、この殺戮、この流血は、無意味です。……東亜は共存共栄しなければならぬと、常々皆さんも言っておられるはずです。ではなぜ戦うのでしょうか。遠く家を離れ家族と別れ、それぞれの生業を捨て、父母や妻子が病んでも見舞うことすらできぬ苦痛を忍んで、いったい何のために戦うのでしょうか。日支の間には、日支の人民の間には、たがいに憎しみあわねばならぬ何の理由もありません。
心優しい日本の兵士たちよ。あなたがたは行軍の途次、路傍に伏せる罪もない農夫の屍を見て、焼け落ちた家の前で泣く老婆や幼な児の姿を見て、何もお感じになりませんか。荒れ果てた田畑を見て、心に痛みを感じませんか。風土や言葉こそ違え、人間の悲しみは共通です。両親を失って悲しむ子を見て涙をもよおす気持があるなら、それを我が身のこととして、もう一度なぜこんなことをせねばならぬのかと考えてみてください。日本の兵士たちよ。あなたがたの大半は農村の出身者です。なぜ鍬もつ手に銃を持ち、同じ農民が労苦して耕す田畑を荒らさねばならないのかを、考えてみてください。(高橋和巳全集第八巻、pp.12-13)
最近私が見た中国語圏の言い回しの一つに、「战争,就是一个农民的儿子,不远万里去杀掉素不相识的另一个农民儿子」(戦争とは、ある農民の息子が、はるばる遠くへ知らない別の見知らぬ農民の息子を殺しに行くことだ)というものがある。戦争の不条理さを表した金言だと思うが、この洋一の言葉もこれを重なるものがある。
洋一は喋るうちに、胸がつまり、一人涙を流し始める。そして、切迫した口調で、予定とは異なることをマイクに向けて喋り始めた。
自分は日本人です。自分はもと第十×中隊所属の伍長でした。重傷して捕らわれ、そして良心的な、目醒めた人々に導かれて今は反戦同盟の仕事をしております。この声を聞いてください。自分は日本人です。宣伝のために言ってるのではありません。
なつかしい日本の兵士たちよ。すぐに後退してください。あなたがたのいる地点は危険です。明日になればあなたがたは包囲殲滅されてしまいます。何将軍のひきいる湖北軍が、剳門からあなたがたの背後を突きます。欧陽将軍のひきいる、蒋介石麾下の最精鋭部隊も、進撃を開始しました。あなたがたは危険です。(高橋和巳全集第八巻、p.13)
その内容に、日本軍側も異変を感じ取る。宣伝にしては内容が具体的であり、この声はひそかに敵の動きを知らせようとしているのではないか、ここは本当に撤収したほうが良いのではないか、という意見が野営地の内部で出るようになる。なにより、口調がただの脅しではなく、哀切な感情がこもっていることもその意見を後押しした。結果、以下のような結末を迎えることになる。
狭いテントの中で激論が深夜まで続き、しかし実戦の経験ゆたかな将校の決断で、その夜、日本軍の大隊は夜陰に乗じてひそかに、師団本部に撤収した。斥候が、放送通りに、敵の大部隊が彼らの野営しようとしていた谷間までやってくるのを見とどけ、追いついて報告したのは、その翌日の正午のことだった。
敵味方とも、少くとも数百人の死傷者を出さずにすんだのだ。もっとも貝原洋一はすぐ次の任務である日本軍電話線の盗聴を命ぜられて、日本軍占領地区に向って行動を開始していて、そのことを知らなかった。
こうして日本軍は行動を変えたわけだが、この「変化」がなぜ起きたのだろうか。むろん、ただ良心に訴えたことで変わったというより、結局は最後に「軍の利益」という枠組みで説得したことが利いたことは確かだ。しかし、それだけではなく、そこに洋一の哀切な思いが乗っかっていたことも大きいはずだし、選曲を間違えなかったことも大切な要素の一つであろう。高橋和巳は、人や集団が行動を変えることの難しさをよく分かっており、そのために必要となる舞台装置の設定をさぼらない。これもこの作品の魅力の一つだと思う。
ただ、この洋一の行動が、その場の衝突を避けることになったとはいえ、果たして本質的な解決になっているかというと、それは別問題である。だから高橋和巳は、ここで以下の一文を付け加えることを忘れない。
もっとも一時戦闘が避けられたとしても国家と国家の争いは変りなく続いており、助かった日本の大隊が、その時助かったゆえに、より多くの中国兵や非戦闘員を殺すことになったかもしれない。貝原洋一の行為にはたして意味があったかどうか。それは神にしか判定できない。天上の一角から、悲し気にこの地上の悲惨を見つめている神が、かりに全能の審判者であるとして……。(高橋和巳全集第八巻、p.15)
答えは分からない。他にもっといい方法があったのかもしれない。大間違いだったのかもしれない。そもそもそれを判定してくれる審判者もいないのかもしれない。しかし洋一が、数奇な運命に翻弄される中で、目の前に巡ってきた小さな分岐点で、意志をもって一つの行動を起こしたことは確かだ。私としてはこの一段を、何も届かないはずの戦場に、「信仰」の光が届いた瞬間を描いている、と解釈してみたい。
『月の爆撃機』の最後の歌詞はこうだ。
いつでもまっすぐ歩けるか
湖にドボンかもしれないぜ
誰かに相談してみても
僕らの行く道は変わらない
「いつでもまっすぐ歩けるか?」という自分への問いかけを、どんな場所でも忘れないためには、どうすればよいのだろう。そもそも〈戦場の論理〉は、「戦場」だけに通用する〈例外状態〉などではなくて、私たちが生きているこの社会と、実は大して変わらないのかもしれない。対話で何にもできず、未来も変えようがないように見えるこの場所で、私にいったい何ができるだろう。洋一の人生を追いかけていると、そういう問いかけが胸を去来する。
《目次》
- 高橋和巳『邪宗門』(1)――左派と宗教 - 達而録
- 高橋和巳『邪宗門』(2)――祈りの言葉 - 達而録
- 高橋和巳『邪宗門』(3)――戦場の論理 - 達而録
- 高橋和巳『邪宗門』(4)――ウーマン・リブの視点から - 達而録
(棋客)