達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

the pillows「TRIP DANCER」の歌詞、良すぎないか

 先々週、東京~京都を往復する間に、the pillowsのベスト盤「Fool on the planet」(2000年)を聴いていた。そこで友達とも意気投合したのだが、やっぱりこの頃のピロウズの歌詞って素晴らしい。たとえば「TRIP DANCER」の一節。

アラームが鳴ってても 目覚めないこの国に
生まれてきた 僕らの現実は
ハードルをくぐったり ハンドルをしばったり
「慣れる」なんて 絶対不可能さ

 「ハードルをくぐる」「ハンドルをしばる」という比喩が絶妙で、その上で「慣れるのは不可能」と言ってくれるのがとてもいい。そしてこう続く。

配られる種で育つ未来 笑い飛ばした君を
喜ばせたいけど

 以上だけなら、まあそんなもんか、という感じなのだが、サビの言葉がさらに良い。

僕の振り回す手が 空に届いて
あの星を盗み出せたら 何か変わるのか

 普通のロックバンドなら、「手を伸ばして星を取ってやる!」とか、「(あの星を取れれば世界を変れられるのに、)僕には手が届かない」とか、そういう方向性になると思う。しかし、この頃のピロウズの歌詞には、そういうマッチョな世界観から距離を置く言葉がちりばめられているように感じられる。

 僕がわけもわからず、夢中でもがいて振り回す手が、もしかしたら空に届いて、一つの星を取ることができる、かもしれない。でも、そうなったとして、本当に世界は変わるのだろうか――。

 私が社会運動をする時の感覚って、まさにこの言葉に近い気がしていて、だからすごく刺さる。たとえば、何か明確な獲得目標があって、ひたむきな努力の先にそれを掴んで、世界を変えるような、そういうモデルはなかなか立ちようがない。どこに届くとも知れず、ただ手を振り回して、叫んでいるだけ。どこにも届かないのかもしれないし、届いたとしても、本当に何かが変わるのか、分からない。しかし、僕らは手を振り回さずには生きていけないのだ。

 歌詞の続きはこうだ。

辿り着いた誰かが 残していった旗に
群がるなんて 下品なしきたりさ

来るべき時が来たら 君の立つ足元も
頂上なんだ それは間違いない

 確かに、先人たちが残してくれた「旗」は偉大だ。それはわれわれを守ってくれるものでもある。でもそこに群がって、争奪戦をして蹴落としあっても仕方がない。いつか、旗に自分を合わせなくても、自分の今いる場所が一つの到達点になるはずだ。

 そして、歌詞の締めにはこうある。

歩み寄るべきだなんて 思わないだろう
探してるものは僕らの中で騒いでる

 そう、今のこの社会の現状に、歩み寄るべきだなんて、全然思えない。慣れるなんて絶対不可能だ。探している僕らの理想は、僕らの中にあって、ずっと騒ぎ続けている。そのことを忘れちゃいけない。

 「TRIP DANCER」、やっぱり好きだ。地味ながらすごい名曲だと思う。

 


 ちなみに、以前「ストレンジカメレオン」の歌詞についての記事も書いています。こちらもぜひ。

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(棋客)