2024年度から、学校法人北白川学園の「山の学校」にて、漢文の講座をいくつか担当しております。本来は私が漢文の読み方を一から教えていく講座なのですが、むしろ受講生の方から私が教わることも多く、私自身勉強させてもらいながら授業をしています。今日からしばらく、授業の中で印象に残っている箇所をいくつか共有していきたいと思います。
まず、「漢文入門」クラスでは、秋学期以降、劉義慶『世説新語』を読んでいます。その際にテキストとしているのが、以下の本です(中身を見るには国会国立図書館の利用者登録が必要です)。
☆『世説新語抄』 (漢文講読課本 ; 5)- 国立国会図書館デジタルコレクション
タイトルの通り、世説新語を抄録し、漢文講読の教科書として編み直した本です。朋友書店から出版されています。江戸時代の和刻本の形になっていて、本文・注釈に訓点・送り仮名があり、欄外の注も充実しているので、色々と読みどころがあって授業で扱いやすいと思ったのでこれを選びました。
いま「江戸時代の和刻本」と書きましたが、この本は秦鼎『世説箋本』を抜粋して作成されたものです。秦鼎は江戸時代の漢学者で、尾張藩で活躍した人のようです。
さて、今日のところは、この『世説箋本』に至るまでの『世説新語』の版本の流れを説明しておきます。宋元版の部分については、阿部隆一「宋元版所在目録」(『阿部隆一遺稿集(1)宋元版篇』慶應義塾大学斯道文庫編、1993年、p.141)を参考にしています。
1.宋版『世説新語』三巻
まず、『世説新語』の最古の版本として、南宋の紹興年間刊の版本が現存しています。尊経閣・書陵部に収蔵されており、このうち書陵部所蔵の本はデータベースで確認することができます。南朝梁の劉孝標の注がついています。
『世説新語』と劉孝標注を読むのなら、ひとまずこの本が善本と言えるでしょう。
なお、『世説新語』の四部叢刊本(景上海涵芬樓藏明嘉趣堂刊本)は、この宋版の明代の覆刻本です。
☆《四部叢刊初編》本《世說新語》 (圖書館) - 中國哲學書電子化計劃
〔2025/12/10追記:『世説新語』沈校本|だーぱんのカンカンでこの本について詳しく説明されています。〕
2.元版『世説新語』八巻
中央図書館、内閣文庫所蔵。この本には、南宋末の劉辰翁(1231-1294)による批点が入っています。
3.王世貞『世説新語補』
明代の1550年頃、何良俊が『何氏語林』という書物を作ります。この書物は、『世説新語』を模倣しつつ、その範囲を大きく広げ、漢代~元代までの名士の逸話を集成した著作でした。
そして王世貞(1526-1590)が、『世説新語』と『何氏語林』をもとにしつつ、『世説新語』の増補本として作成したのが『世説新語補』です。この本には、劉辰翁の批点に加えて、王世懋の批釈、李贄(李卓吾)の批点、張文柱の校注が加わっています。上側の欄外の部分に書かれていることもあります。
☆『世説新語補』萬暦十四年(1586)序刊本 -古典籍総合データベース
俗本ですが、これが広く流行することになり、江戸時代の日本でもよく読まれることになりました。この本の和刻本も作られています。
☆『世説新語補』和刻本(戸崎淡園、安永八年序) - 古典籍総合データベース
4.秦鼎『世説箋本』
『世説新語補』をもとに、秦鼎(1761-1831)が注釈を増補して作った本が『世説箋本』です。
☆秦鼎『世説箋本』文政九年(1826)刊本 - 古典籍総合データベース
先の和刻本の画像データとこの画像データを見比べてみると、明らかに同じ系統の本であると分かります。ただ、欄外の注釈が大幅に補われている点が大きな違いです。(たまに本文の注釈にも相違があります。)実際に読んでみると分かりますが、欄外の注釈は調べが行き届いていて、『世説新語』を読むときに結構役立ちます。
この欄外の注釈は、秦鼎が新たに補った部分ということになりますが、すべて秦鼎が書いたものというわけではないようです。というのも、桃白鹿(1722-1801)の『世説新語補考』を見ていると、この本の内容が『世説箋本』にまるまる載っている箇所が散見されるからです。下は宝暦十二年(1762)の刊本です。
また、「鈔撮云…」という引用が見えることもありますが、これは大典顕常(1719-1801)の『世説鈔撮』を指すと思われます。下は宝暦十三年(1763)の刊本です。『鈔撮』と『補考』が重なる所もかなり多いので、秦鼎はむしろこちらだけを見たのかもしれません。さらに言えば、その後これをさらに補った『世説鈔撮集成』という本も作られているので、これを見たという可能性もあります(ただ『集成』はオンライン公開がないようです)。このあたりは要検討です。
〔追記:2025/12/09〕
もう一つ、「索解」として引用される注もありました。これは以下の本です。
(追記終わり)
『世説箋本』は俗本の系統を引くものではあり、文字の校勘は必要ですが、劉辰翁・王世懋・李贄らの注に加えて日本の学者の注も読めるので、なかなか面白いところがあります。以上のように、オンライン公開のテキストで調べられる範囲が多いというのも良い点ですね。
元が『世説新語』ですので一つ一つの話も短めですし、訓点があるので初学者にも比較的読みやすいです。木版本ですので慣れは必要ですが、授業で使うのにもおすすめです。
ちなみに、『世説新語補』やその和刻本については、以下の先行研究があります。
また、『世説新語』や、『世説新語』に描かれている時代や空気感を知るには、以下の著作がおすすめです。
最後に宣伝しておきますと、山の学校の漢文クラスでは、少人数のクラスであることを活かして、できるだけ受講生のニーズにお応えしながら漢文を教えています。オンライン授業ですので、ネット環境があればどこからでも受講可能です。もしご興味あれば、ぜひ受けに来てください。→学校法人北白川学園 山の学校
(棋客)