達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

秦鼎『世説箋本』について(6):劉孝標と玄学・清談

 引き続き、秦鼎『世説箋本』を「山の学校」の授業で読んで印象に残っている箇所をメモしておきます。今回は、具体的な問題点というより、なんとなく感じたことを書き残しておくだけです。

 『世説新語』言語篇を読んでいるとき、以下の難解な劉孝標注に出会いました。

 客問樂令「旨不至」者,樂亦不復剖析文句,直以麈尾柄确几曰:「至不?」客曰:「至!」樂因又舉麈尾曰:「若至者,那得去?」於是客乃悟服。樂辭約而旨達,皆此類。

〔劉注〕夫藏舟潛往,交臂恆謝,一息不留,忽焉生滅。故飛鳥之影,莫見其移;馳車之輪,曾不掩地。是以去不去矣,庸有至乎?至不至矣,庸有去乎?然則前至不異後至,至名所以生;前去不異後去,去名所以立。今天下無去矣,而去者非假哉?既爲假矣,而至者豈實哉?

 「旨不至」は「指不至」と読み、『荘子』天下篇に引かれる名家の命題です。これに対して楽令が麈尾を上手く使って解説し、一同を感心させたというのが『世説』の内容。劉注は、『荘子』に典拠のある言葉を組み合わせ、また名家の命題も使いながら、なにやら高遠な解説をしています。授業では四苦八苦しながら受講生と一緒に訳を作りました。*1

 『世説新語』の劉孝標注は、多くの場合は、『世説』に出てくる人物の経歴の解説や、語られている出来事の考証、また言葉の典拠などを説明しています。この劉注の性格は古くから有名で、その事実考証に重きを置く態度は『史通』でも称賛されています。その中で、上のような内容の注釈は比較的珍しいものであるように思います。

 

 ほか、同じく『世説新語』言語篇から、似た例をいくつか拾っておきます。

 殷中軍問:「自然無心於稟受,何以正善人少,惡人多?」諸人莫有言者。劉尹答曰:「譬如寫水著地,正自縱橫流漫,略無正方圓者。」一時絶嘆,以爲名通。

〔劉注〕《莊子》曰:「天籟者,吹萬不同,而使其自己也。」郭子玄注曰:「無既無矣,則不能生有。有之未生,又不能爲生。然則生生者誰哉?塊然而自生耳,非我生也。我不生物,物不生我,則自然而已然,謂之天然。天然非爲也,故以天言之,所以明其自然故也。」

 これは『荘子』郭象注を引用するだけですが、元の『世説』の逸話を理解するために、この郭象注が参考になると考えたのが面白いところです。

 

 次の例。

 殷謝諸人共集。謝因問殷:「眼往屬萬形,萬形來入眼不?」

〔劉注〕《成實論》曰:「眼識不待到而知虚塵,假空與明,故得見色。若眼到色到,色閒則無空明。如眼觸目,則不能見彼。當知眼識不到而知。」依如此説,則眼不往,形不入,遙屬而見也。謝有問,殷無答,疑闕文。

 仏典の『成實論』を引いて、論争の内容を解説したもの。

 

 次の例。

 宣武集諸名勝講《易》,日説一卦。簡文欲聽,聞此便還。曰:「義自當有難易,其以一卦爲限邪?」

〔劉注〕《易乾鑿度》曰:「孔子曰:『易者,易也,變易也,不易也。三成德,爲道包籥者,易也。其德也光明四通,日月星辰布,八卦序,四時和也。變也者,天地不變,不能成朝;夫婦不變,不能成家。不易者,其位也。天在上,地在下;君南面,臣北面;父坐,子伏。此其不易也。故易者天地人道也。』」鄭玄序《易》曰:「易之爲名也,一言而函三義:簡易一也,變易二也,不易三也。《繫辭》曰:『乾坤,易之蘊也,易之門戸也。』又曰:『乾確然示人易矣,坤隤然示人簡矣。易則易知,簡則易從。』此言其簡易法則也。又曰:『其爲道也屢遷,變動不居,周流六虚,上下無常,剛柔相易,不可以爲典要,唯變所適。』此則言其從時出入移動也。又曰:『天尊地卑,乾坤定矣;卑髙以陳,貴賤位矣;動靜有常,剛柔斷矣。』此則言其張設布列不易也。」據此三義而説,易之道,廣矣,大矣。

 『易』の名前の由来について、古来からある三説を紹介したもの。

 

 次の例。

 殷中軍、孫安國、王、謝能言諸賢,悉在會稽王許。殷與孫共論《易》象妙於見形。孫語道合,意氣干雲。一坐咸不安孫理,而辭不能屈。會稽王慨然嘆曰:「使眞長來,故應有以制彼。」既迎眞長,孫意己不如。眞長既至,先令孫自敘本理。孫麤説己語,亦覺殊不及向。劉便作二百許語,辭難簡切,孫理遂屈。一坐同時拊掌而笑,稱美良久。

〔劉注〕其論略曰:「聖人知觀器不足以達變,故表圓應於蓍龜。圓應不可爲典要,故寄妙跡於六爻。六爻周流,唯化所適,故雖一畫,而吉凶並彰,微一則失之矣。擬器託象,而慶咎交著,繫器則失之矣。故設八卦者,蓋縁化之影跡也。天下者,寄見之一形也。圓影備未備之象,一形兼未形之形。故盡二儀之道,不與乾、坤齊妙。風雨之變,不與巽、坎同體矣。」

 殷浩・孫盛らが『易』に関する議論を交わした話について、その議論の概略を紹介したもの。この議論の記録がどのような形で伝来していたのかというのも気になるところです。この談論には、議論の内容を筆記する人がいたのでしょう。

 

 以上、ただ列挙するだけになってしまいましたが、以上のような劉注には、魏晋時代以来の清談の系譜や、玄学・仏教の背景などを感じさせるものがあります。事実考証に重きを置く劉孝標注とはいっても、色々な内容があると分かり、興味深く感じた次第でした。

 ちなみに、劉孝標の史料批判については、前号(26号、2025年)の『六朝学術学会報』に袴田郁一「裴松之三国志注』における史料批判の検討 : 劉孝標『世説新語注』との比較を通して」が掲載されています。

(棋客)

*1:ちなみに、名家の言説に対して魏晋時代に議論がなされていたことは、『経典釈文』の『荘子』の上の箇所に引かれている司馬彪の説からも分かるところです。