達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

虚詞辞典のススメ

 「山の学校」の『論語集注』を読むクラスの授業内容から。先週に続いて、辞書の話題です。

『論語』里仁

 子曰:「我未見好仁者,惡不仁者。好仁者,無以尚之;惡不仁者,其為仁矣,不使不仁者加乎其身。有能一日用其力於仁矣乎?我未見力不足者。蓋有之矣,我未之見也。」

 ここに朱子注が三か所ついているのですが、そのうち文末についているのが以下です。なぜ孔子が「蓋有之矣,我未之見也」と言ったのか、について説明しているところです。

 蓋,疑辭。有之,謂有用力而力不足者。蓋人之氣質不同,故疑亦容或有此昏弱之甚,欲進而不能者,但我偶未之見耳。蓋不敢終以為易,而又歎人之莫肯用力於仁也。此章言仁之成德,雖難其人,然學者苟能實用其力,則亦無不可至之理。但用力而不至者,今亦未見其人焉,此夫子所以反覆而歎惜之也。

 受講生の方に質問されたのは、「故疑亦容或有此昏弱之甚」の「容」の読み方です。

 

 訓読をメインにしている「山の学校」の授業では、日本語で読める手軽で上質な漢和辞典として『漢辞海』を使うように勧めています。ためしに『漢辞海』で「容」字を見てみると、動詞の「容れる」や名詞の「容姿」の意味が解説された後に、以下の項目が立てられています。

3.《助動》①まさに~べし。べし。→句法1
4.《副》①あるいは。まさに~べし。→句法2 ②なんぞ(通:庸)→句法3

 そして「句法」の欄には以下のようにあります。

句法1:助動詞の目的語となる述語構造の前に置き、楚の術語である同氏の現す行為や状態が、道理の上から当然あるいは妥当であることを示す。

句法2:動詞の前に置き、客観的な事態に対する推測や肯定できない推量を表す。

句法3:動詞の前に置き、強い反語の語気を表す。

 そして句法1、句法2では「まさに~べし」の訓読が挙げられています。

 受講生の方の質問は、上の文章の場合、「容」をどう訓読すればいいのか、ということです。

 蓋人之氣質不同,故疑亦或有此昏弱之甚,欲進而不能者,但我偶未之見耳。

 確かに、「まさに~~べし」と読もうとすると、「まさに~~有るべし」という形になりますが、動詞の「有」が「容」の直後に来ていないので、なんとなく違和感があります。

 

 さて、漢文の文法を考える時には、「実詞」と「虚詞」の概念で整理するのが有用です。実詞とは、名詞・動詞・形容詞など、単独で実質の意味を持ち、文の主要な部分を構成します。一方、虚詞は、助動詞・接続詞・前置詞など、単独では文を構成できない、文法的なはたらきをする言葉です。

 西洋的な文法用語に慣れた我々は、「助動詞」「接続詞」といった言葉で分析する方が分かりやすいようにも思えますが、漢文を読むときには、ひとまず「実詞」と「虚詞」の分類で整理する方が見通しを得やすいことが多いです。(そしてこの「虚詞」のニュアンスを上手く反映できないことが、訓読の欠点と言われることもあります。)

 

 さて、前置きが長くなりましたが、虚詞について疑問がある時は、虚詞についての専門辞典を調べてみることが有用です。私の手元にある『古漢語虚詞用法詞典』(陝西人民出版社)を見てみると、「容」字の中に、以下の項目があります。

「容或」
 表示対動作行為的揣測、估計。作状語。可釈為「大概」、「也許」等。

 用例もいくつか挙げられています。一つ掲げておきます。

『後漢書』朱馮虞鄭周列傳・朱浮
 「求之密邇,容或未盡,而四方之學,無所勸樂。」

 つまり「容或」の二字で連用し、「おおよそ」「ひょっとすると」といった意味になるということです。今回の場合、直後の「有~」の部分を修飾する副詞ということになります。

 訓読は、「容或」の二字で「あるいは」と読んでおくのがよいでしょうか。訳は以下のようになります。

 蓋人之氣質不同,故疑亦容或有此昏弱之甚,欲進而不能者,但我偶未之見耳。

〔訳〕思うに、人の気質は同じではないから、とても愚かで弱弱しい人は進もうとしても進めないということがあるかもしれないのだが、私はたまたま見たことがないというだけだ。

 ここは、『論語』の「蓋有之矣」という言葉に込められた孔子のニュアンスを細かく説明するために、「疑亦容或有~~」というすごく回りくどい言い回しになっているところが見どころです。朱子の工夫がここに見えるわけですね。

 ちなみに、土田健次郎訳『論語集注1』(p.329)では、この部分を「或いは~~有る容(べ)し」と訓読しています。この訓読では、「容」と「或」が連用して一語で用いられていることを明示できておらず、あまり良くないように思います。

 

 「虚詞辞典のススメ」とは書いたものの、虚詞辞典は中国語かつ専門的なものが多いので、初学者が簡単に使いにくいというのは難点です。一応、上の『漢辞海』の記述から考えるとすると、4に「あるいは」の読みが載っているのは、「容或」で連用することのヒントになりますね。このあたりには、『漢辞海』の細やかな工夫が感じられていいですね。

 虚詞辞典については、古勝先生のブログでも詳しく紹介されていますので、合わせてご覧ください。

(棋客)