達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

ブックデザインについて

 先日お知らせした通り、本ブログの筆者の著書である『鄭玄から五経正義へ:中国古典解釈学への誘い』(法藏館、2026)が刊行されました。しばらくこのブログでは、販促も兼ねて、この本に関することを色々書き記していきます。本書を読む人だけではなく、博論を書いている人や、博論の書籍化を考えている人にも役に立つ内容にしていくつもりです。ぜひ、本書を手に取って、一緒に読んでいただけると嬉しい限りです。

 

 本書が出版されてから、嬉しいことに、本書のブックデザインについて言及していただくことが多いです。そこで今回は、本書のブックデザイン(表紙や扉絵など)について取り上げます。

 本書のブックデザインは、森華さんがデザインされたものです。法藏館さんに紹介していただきました。

www.mori-hana.com

 

 上のサイトで、森さんの過去の作品を見ることができます。

 私は京都で大学生活を送りましたので、『ハンケイ500m』は馴染みのあるシリーズです。また、森さんは京大東洋史研のご出身で、中国学関係の書籍のデザインを多く担当されています。以下がその例です。

 ですので、私は森さんのデザインを家の本棚で毎日見ていると言っても過言ではなく、そんな森さんにデザインしていただけるのがとても嬉しかったです。私は『ハンケイ』の色味がとても好きで、他の動物などをモチーフにした作品も好みでしたので、「『三余続録』のような、やわらかく、明るいデザインで」という漠然とした希望をお伝えしました。

 その後、森さんとは、編集の方を交えた直接の打ち合わせで、細かくヒアリングしていただきました。私の方には具体的なイメージは何一つなく、こんな状態で打ち合わせても大丈夫かという感じでしたが、お話しているうちに自然と要望を拾っていただけました。大きく言えば、やわらかく、カラフルで、手書きデザイン中心で、といった方向でまとまって、本書に出てくる礼器・礼服などが図に出ている本を素材としてお伝えしました。

 森さんと打ち合わせた時期は再校の作業中だったのですが、この打ち合わせの結果、学術書としてはだいぶ明るい表紙になりそうだと思いました。すると、書店でこの本を見かけた専門外の方が、表紙の雰囲気で親しみやすさを感じて手に取る、ということもあるかもしれないと思いました。そういう方を裏切らないためにも、(限界はあるにしても)内容をもっと読みやすくする工夫が必要だな、と考えました。

 そこで、再校の際に、語義説明やふりがなを大幅に補うことにしました。大幅な修正は難しいにしても、こうして表紙に合わせて内容を多少調整できたわけで、早めに打ち合わせをさせていただけて良かったです。

 そこから先は、私は何もしていません。あまり言語化できず、しどろもどろだった私の要望をしっかり汲み取っていただいて、めちゃめちゃ素敵なブックデザインにしていただき、感謝してもし尽くせません。森さん、並びに自由なデザインを許容していただいた法藏館さま、そして編集の今西さま、本当にありがとうございました。

 

ブックデザインについて考えたこと

 以上が本書のブックデザインが出来上がるまでの経緯ですが、せっかくですので、もう少し突っ込んで、私が「やわらかいデザイン」という希望を出す時に考えていたことを言語化してみます。

 「やわらかく、明るいデザイン」にしてほしいという希望自体は、森さんのサイトを見て決めたというよりは、元から考えていたことです。せっかく自分の本を出すのなら、自分の個性が出るような本がいいし、そのついでに、「学術書って普通こうだよね」というところから、少しはみ出してみたいと考えていたからです。本書の隠れたテーマの一つに「アカデミア・学術の権威の問い直し」がありますが、それを表紙の雰囲気からもなんとなく醸すことができればいいな、と思っていたわけです。

 しかし、類似の学術書では、大抵そうなってはいないので、多分実現しないだろう、とも思っていました。特に中国古典学という分野では、いかにも威厳ある「学術書」という感じのデザインが多い印象がありますよね。(誤解を招かないように付け加えておくと、そうした中にもさまざまな工夫があり、私が好きなデザインの本もたくさんあります。)

 また、先述したとおり、あまりに内容と乖離した印象のデザインになった場合、本書のデザインを見て手に取った読者を裏切ってしまうという懸念事項もあります。予備知識ができるだけ少なくても読めるように工夫したつもりではありますが、どうしたって難しい本であることには変わりなく、期待外れだった、となってしまうのは申し訳ないところがあります。

 うまくこのあたりのバランスを取りつつ、でも思い切ったデザインがいいなあ……と、こんなことをぼんやり考えていました。デザインについて、私が具体的に何かしたわけではないのですが、結果的に希望が叶えられてとても嬉しいです。

 

服装の話

 さて、少し話は変わりますが、私は非常勤講師の勤務先に、だいたいこんな格好で行っています。

   

 ド派手というほどではないですが、ようは堅い格好ばかりでは行かないようにしている、ということです。大学にいると、なんとなく「先生がしている服装」という規範意識があって、それは社会で「フォーマル」とされる服装とおおむね重なっているように思います。みんながそういう行動様式を積み重ねていくうちに、別にどんな服で大学に来てもいいはずなのに、「先生はこういう服をするもの」という規範意識を学生に植え付けてしまいます。

 特に私の授業は、教職課程に指定されているものもあるので、将来学校の先生になりたいという方が来ていることが多いです。そういう学生が持っている「規範的な服装への順応意識」を、自分をモデルにして示すことで、少しでも弱めることができたら、と考えています。

 もっとも、私の服装が、逆に「服に気を遣わなきゃいけない」というプレッシャーになるのも嫌です。なので、むしろだぼっとしたパーカー一枚で行ったり、ジーパンとTシャツで行ったりする日もあります。ようは、単に自分がしたい格好をしているだけとも言えるのですが、その中でも一応こういうことを意識するようにしています。

 

 ブックデザインと服装とは、「言葉ではないところで自分の意図を表現するもの」という点で共通しています。「これが当たり前」という常識や規範を解体していくのが学問の大きな役割の一つだと思いますが、それが言論だけで実現することは有り得ません。デザインや服装もその手段の一つになるはずです。とにかく多様な方法で、自分なりの解放への道しるべを記していく、ということを続けていきたいものです。

(棋客)