今年の初め、とある大学の「東洋史」の講義の非常勤講師の公募に出していたのですが、面接で落ちてしまいました。そのこと自体は私の力不足でしかなく、ただただ仕方のないことなのですが、準備したシラバスと初回の授業レジュメの出しどころがなくなってしまったのが悲しいです。
初回の授業レジュメは面接で必要とされたわけではないのですが(シラバスは必要でした)、2~3月が立て込んでいて、当落結果が分かってから授業資料を準備するのでは間に合わない可能性があったので、前もって少しだけ作り始めてしまっていたのでした。
このまま埋もれてしまうのは悲しいので、ここに載せて供養しておきます。作成途中ですので、調べも徹底しておらず、あまり上質なものとは言えません。ではなぜ載せるのかというと、「実はあの時、講義資料を作っていたのではなく、ブログの記事を書いていたのだ」と自分の脳を騙すことで、少し前向きな気持ちになることができるからです。
(以下、省略)
- 講師の自己紹介
- 授業の進め方
- 授業内容
- 点数評価
- 開講時間
- 注意事項
(以下、本編)
授業のイントロダクション―科目名:「東洋史」について
「東洋」という言葉
Q. 「東洋」とは、何を指すと思いますか?
Q. みなさんは、「東洋」や「東洋的」という言葉を聞いたら、何を思い浮かべますか?
Q. そもそも「東」という字、「洋」という字は、それぞれどういう意味ですか?
→ A.「東洋」という言葉の意味は、時代や地域によって違いがあります。
①古代の中国語でいう「東洋」
- 古代の中国語(=「漢文」)では、「東洋」は「広い海」をまとめて指す言葉としても使われます。
- 中国から見て、東の方角に大きな海があるため。
②18世紀頃~20世紀前半の中国語でいう「東洋」
- 少し古い中国語では、「東洋」は「日本」の意味で使われることもありました。
- 中国から見て、東の海の先に日本列島があるから。
- 「東洋貨」は日本製品のこと。「東洋人」は日本人のこと。
- ただ、現代中国語ではあまり使われません。
③明治時代(19世紀後半)以降の日本語でいう「東洋」
- 江戸時代、「西洋」と対比する形での「東洋」という言葉の使い方が現れました。
- 明治時代になると、「オリエント」(the Orient)、「イースト」(the East)という英語の訳語として、「東洋」があてられるようになります。
- ここから徐々に、「東洋」という言葉が広がっていきます。
- 例:1890年代、中等教育の科目として「東洋史」が新設。
- 例:1906年「東洋大学」が設立。
- この時期に「東洋」というとき、日本も含んで言う場合と、日本以外のアジアを念頭に置いて言う場合があります。
- たとえば、哲学の分野では、「西洋哲学」に並ぶ「東洋哲学」が提唱され、日本・中国などの思想が研究されるようになりました。
- この場合、「東洋」の範囲に日本も含まれます。
- 一方で、この時期になると、「東洋」という言葉に、ネガティブなニュアンスが与えられ、「東洋」の他者化、また「東洋」への蔑視がなされることも増えました。
- この場合、日本は、「西洋」でもなく、「東洋」でもない、という立ち位置を取ります。
- その背景には、当時の大日本帝国が、朝鮮半島・中国大陸・東南アジアへの植民地政策と侵略戦争を進めようとしていたことがあります。
- こうした東洋蔑視の言説が作られた結果、「東洋」への攻撃が正当化されることになりました。
- たとえば、哲学の分野では、「西洋哲学」に並ぶ「東洋哲学」が提唱され、日本・中国などの思想が研究されるようになりました。
(画像挿入:File:Second world war asia 1937-1942 map de.png - Wikimedia Commons)
④「オリエント」の意味
- 「オリエント」とは、ローマから見て、「太陽の昇るところ」の意味。そこから、トルコ・エジプト~中東地域を指して使われていました。その後、より広い地域を指す言葉になっていきます。
- 現代でも、英語で「Orient」とは「東洋」を意味します。
- これはモロッコからエジプト、そしてトルコ・インド・中国・日本まで、かなり広い範囲を含みます。
- いま普通に「オリエント」という言葉を使うときには、ネガティブな意味は含まれていないことが多いです。
- 一方で、「オリエント」は、「非西洋」(=西洋ではない文化・地域すべて)とほとんど同じで使われることもあります。
- そして、「オリエント」という言葉が、「進歩的な西洋」ではない地域=「遅れたアジア地域」というネガティブなニュアンスを持つこともあります。
- 特に「オリエンタリズム」(「東洋趣味」)と飛ばれる枠組みは、西洋が東洋を「異質」「神秘的」「呪術的」「非科学的」「劣ったもの」「野蛮なもの」と一方的に描くことで、西洋による優位性や支配を正当化してきました。
- これは、先の日本の「東洋」言説と重なる面があります。
⑤現代日本語での意味
- 現代日本語では、「トルコ以東のアジア諸国の総称、とくにアジアの東部および南部」を指すことが多いです。(当然、日本列島も含みます。)
(画像挿入:File:Map of Asia (jp).png - Wikimedia Commons)
- 「東洋史」「東洋哲学」「東洋文学」「東洋芸術」「東洋音楽」など、一つのジャンルの名前にもなっています。
- 特にネガティブなニュアンスは付与されていないことが多いと思われます。
- ただ、同じ言葉である以上、上で述べてきたような意味合いが引きずられることもあります。
- たとえば、「東洋的」という言葉が、「劣ったもの」とまではいかなくても、なんとなく「神秘的」とか「非科学的」といった意味合いを持たされることがあります。
参考文献
- 『改訂新版 世界大百科事典』、「東洋」(加藤祐三執筆)
- 「コトバンク」というウェブサイトで調べられる。
- 『辞源』商務印書館
- エドワード・サイード『オリエンタリズム』(今沢紀子訳、平凡社、1986年)
- 張鈴「orient、東洋(とうよう)と東方(ドンファン)」(『漢字文化研究 : 漢検漢字文化研究奨励賞受賞論文集』、2012年)
この講義で扱う範囲
- 現代日本語の「東洋」→「トルコ以東のアジア諸国の総称、とくにアジアの東部および南部」
- 「東洋史」という場合、広くこの地域の「歴史」を指します。
- 最近は、「アジア史」「ユーラシア史」などと呼称する場合も多いです。
- ただ、この講義では、特に「中国」また「中華文明」の歴史を中心に紹介していきます。
- なお、この講義でいう「中国」は、必ずしも現代の「中国」と同一地域を指すというわけではありません。(そもそも、現代的な「国境」の概念が成立するのは、近代国家が成立した後です。)
中華文明の広がり
- 日本列島を含めた「東洋」の地域では、長い歴史の中で、言語・宗教・飲食・娯楽・科学・政治など、さまざまな文化が交差しながら発展してきました。
- その中で、特に周囲の文化に広く大きな影響を与えたとされるのが、中華文明です。
- とはいえ、「東洋」を中国中心でとらえすぎることにも批判があるので、注意が必要です。
- 中華文明の中心になってきたのは、黄河流域・長江流域一帯とされています。
- ここから、朝鮮半島、日本列島、台湾、琉球諸島、広東、東南アジアなどの周辺地域へと文化が広がっていきました。
- これらは、何かしらの形で「漢字」が伝来し、用いられていた地域で、まとめて「漢字文化圏」と呼ぶこともあります。
- 文字は書物や道具、またその文字が表す概念・意味内容と一緒に伝わるので、文字と同時に文化も伝わっていきます。
中国の歴史を学ぶ意味
- 何かを学ぶというときに、必ずしも「学ぶ意味」なんて考える必要はありません。「何となくやりたかったから」、これで十分です。
- とはいえ、皆さんに集まってもらって、講義するという立場である以上、私なりに、中国の歴史を学ぶことの意義を言語化しておく必要はあると思います。
- 中国の文化は、古くから漢字文化圏で広く親しまれ、日本列島の文化にも多様な影響を与えてきました。
- 当然、そうした文化の中には、いま日本列島で暮らす私たちに馴染み深いものもあります。
- 一方で、古代中国の文化は、現代の私たちからすると、時間も距離も遠く離れた、全くの別物でもあります。
- 当然、全く馴染みのない、異なる価値観を持つものでもある、ということになります。
- つまり、中国の歴史を学ぶことには、以下の二つの意義があると言えるでしょう。
- 日本列島の文化の背景を知り、自分に身近な世界の理解を深めること。
- 異文化の理解を通して、価値観の多様性を知ること。
- その先で、自分の価値観や、自分が慣れ親しんでいる文化(言葉、文物、決まり事、考え方、教育など)に対する、俯瞰的な見方を養うことができるのではないか、と思います。
(棋客)