達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

朱子と『論語義疏』

 「山の学校」の漢文講読クラスで読んだ、印象に残る部分を書いていきます。引き続き、朱熹『大学或問』の一節から、二つの話題を取り上げます。なお、『大学或問』についての説明も、前の記事に書いているのでそちらをご参照ください。

◆「応機接物」

 まず、質問が以下。

 曰:程子之先是書而後論孟、又且不及乎『中庸』、何也。

〔訳〕問い。程子がこの書(『大学』)を優先し、『論語』『孟子』は後回しにして、さらに『中庸』には言及さえしていないのは、なぜですか?

 朱子学においては「四書」(論語・孟子・大学・中庸)と呼ばれる四つの書物が重視されます。ここは四書の学習の順序を問うところです。朱子が師と仰ぎ、多大な影響を受けている二程は、『大学』が最優先、『論語』『孟子』がその次、という順序を唱えているようです。

 朱子の答えが以下。

 曰:是書垂世立教之大典、通為天下後世而言者也。論孟応機接物之微言、或因一時一事而発者也。是以是書之規模雖大、然其首尾該備、而綱領可尋、節目分明、而工夫有序、無非切於学者之日用。論孟之為人雖切、然而問者非一人、記者非一手、或先後浅深之無序、或抑揚進退之不斉、其間蓋有非初学日用之所及者。此程子所以先是書而後論孟、蓋以其難易緩急言之、而非以聖人之言為有優劣也。

〔訳〕答え。この書(『大学』)は世に伝えて教えを立てる偉大な経典であり、広く天下の後世のために言ったものである。『論語』『孟子』は、相手の素質に応じて他者に接した時の微言大義であり、タイミングや出来事に応じて発されたものである。よって『大学』の規模は大きいのだが、首尾は一貫していて、綱領は紐解くことができ、分節もはっきりしていて、実践法は順序だっていて、学習者の日用に切実ではないものはない。『論語』『孟子』も人のために切実ではあるのだが、質問者は一人ではないし、記録者も一人ではないし、前後や深浅に順序はなく、毀誉褒貶も一貫せず、その中には初学者の日用では追い付かないものもある。これが程子がこの書(『大学』)を優先し『論語』『孟子』を後回しにした理由である。これは難易や緩急の面から言ったもので、聖人の言葉に優劣を設けたわけではない。

 以下『中庸』の話題に移っていきますが、省略します。

 ここで注目したいのは、朱熹が『論語』の内容を「応機接物之微言、或因一時一事而発者也」とまとめていることです。要するに、『論語』は全体として首尾一貫した内容を説くものではなく、その場その場の状況に応じて発されているもので、その奥深い言葉の中に孔子の意図が託されている、と考えるわけです。

 これは『論語』の特徴を考えれば、普通の考え方だと思いますが、『論語義疏』序の皇侃の言葉と部分的に重なり合うのは面白いところです。

『論語義疏』序
 然此書之體適會多途,皆夫子平生應機作教,事無常準,或與時君抗厲,或共弟子抑揚,或自顯示物,或混迹齊凡,問同答異,言近意深,詩書錯綜,典誥相紛紜。義既不定於一方,名故難求乎。諸類因題論語兩字,以為此書之名也。

 皇侃のこうした『論語』解釈の特徴については、かつて論文にまとめたことがあります。(拙著『鄭玄から五経正義へ:中国古典解釈学への誘い』の第五章で取り上げています。)

 そちらの論文では、「応機」は仏教の「機」の概念との重なりから、「相手の素質」と訳しました。仏教における「機」については、菅野博史『中国仏教の経典解釈と思想研究』(法藏館、2022)pp.36-39などに詳しく、「物機」と連用されることも書かれています。ここには「応機接物」とありますから、まさにこの「機」と「物」のイメージで読めばよいのだろうと思います。

 仏教には「対機説法」という考え方があります。これは、釈迦がその場その場で相手の素質に応じて説法をしたことを言います。この考え方は、『論語義疏』や『大学或問』の考えと重なるところがあります。

 なお、『中国仏教の経典解釈と思想研究』では、ここから仏教の感応思想についての説明に移っていきますが、なかなか興味深いことが書かれていました。六朝時代の道生は、凡人が聖人を「感応」させて、聖人の教化を引き出すという方向性があることを述べているそうです。

 上の『論語義疏』や『大学或問』では、「聖人が相手(凡人)に応じて教化する」というだけで、凡人側はただ受動的な存在として書かれているような感じがします。聖人の教えを引き出す存在として、凡人の主体性に言及されているのは、なかなか面白いところです。

 『論語義疏』の場合、弟子があえてまずい行動をして、孔子の教えを引き出すという解釈ならしばしば見られます。これも「よくできた弟子だからあえてそういうことをやった」という方向で解釈されていく印象がありますが、一応、一種の感応思想とも言えるかもしれません。

 

◆科段法

 さて、もう一つ『論語義疏』の解釈の特徴としてよく挙げられるのが「科段法」です。これは、『論語』の経文をいくつかのまとまり(科段)に分けて、その前後の順序や、挙げられる事物の順序に意味を見出し、全体の構造を解釈する方法を指します。

 『大学』は、朱子が経文を組み替えて、「経」と「伝」の部分に峻別し、どの「伝」の部分がどの「経」を説明するのか明らかにし、首尾一貫した構成を提示しています。このこと自体、かなり科段法的な要素がある、と思いました。

 また、同じ「経」の部分を解釈するとされる「伝」の中身の順序にも、何かしらの意味を見出すことがあります。たとえば、以下の『大学』の部分。朱子によれば、「明徳」の説明をするために、他の経典が引用されている箇所です。

 康誥曰:「克明德。」大甲曰:「顧諟天之明命。」帝典曰:「克明峻德。」

 ここについて、『大学或問』は以下のような問答を載せています。

 曰:是三者、固皆自明之事也。然其言之亦有序乎。

〔訳〕問い。この三者は、いずれも言うまでもないことである。それでは、これらの言葉には、順序はあるのでしょうか。

 曰:「康誥」通言明徳而已。「太甲」則明天之未始不為人、而人之未始不為天也。「帝典」則専言成徳之事、而極其大焉。其言之浅深、亦略有序矣。

〔訳〕答え。「康誥」は「明徳」について一般的に言ったもの。「太甲」は、天が人ではなかったことがなく、人が天ではなかったこともない、ということを明らかにする。「帝典」は完成した徳のことをもっぱら述べていて、偉大さを極めている。これらの言葉は、浅さ・深さには、やはり順序があるようだ。

 科段法も、『論語義疏』のほか、仏典の解釈書でよく見られることが知られており、法雲『法華義記』などには全体に整った科段法が見えます。科段法は仏教由来であると言い切ってよいかどうかという点には議論がありますが、少なくとも、儒仏の双方向に与え合ってきた影響がある、ぐらいのことは言えます。

 だから朱子は仏典解釈の影響を受けている、と言えるかは別問題ですが、こうした注釈のテクニックの重なりは、中国の注釈学の展開を考える上で面白い材料を提供してくれますね。

 

◆朱熹は『論語義疏』を見ていたのか

 さて、元の話題に戻って、朱熹が『論語義疏』を直接見て影響を受けたのかどうか、はまた別の問題として考えなければなりません。

 福田忍さんの「皇侃「論語義疏」の研究」(国立国会図書館デジタルコレクション)の第三章「『論語義疏』と朱熹『論語集注』」を読むと、朱熹が『論語義疏』を見ていたとする決定的な根拠はなく、むしろ直接は実見していなかったとする結論に達しています。両者が似たような解釈をしている例はあるのですが、これは北宋の学者を経由して間接的に伝えられたものとして理解できるようです。

 ですので、両者を直接つなぐのはやめておきますが、こうした朱熹の経書解釈に、『論語義疏』の息づかいを感じられることは確かです。「新注」と呼ばれる朱子の『論語』解釈にも、それまでの注釈の歴史が感じられるのは面白いものですね。

(棋客)