眞鍋せいらさんの『人魚と林檎』(港の人、2026)を読んだ。今回はその感想を書いていく。
「歌集」というものを、「次のページをめくる手が止まらない」という感覚で読み進められたのは、これが初めての体験だった。ぜひこの歌集の感想を書きたいと思ったのだが、「歌集の感想を書く」という行為自体が私にとって初めてで、なかなか筆が進まなかった。
思うに、歌集の批評は、「どの歌を切り取るか」「どの歌をどういう文脈に位置付けるか」というところに、書き手の思想がよりはっきりと表れる。もっともこれは、何かの作品、たとえば小説・映画・ゲームなどを題材に感想を書く場合も変わらないことではある。感想を書こうとすれば、必ず作品のどこかを切り取ることになるからだ。ただ、歌集の場合は、一つの歌を「切り取りやすく」、また「文脈を位置づけ直しやすい」だけに、そこに書き手の考えが鏡のようにくっきりと写し出される、ような気がする。
つまり、歌集の批評は、それだけ言い訳が利かないということで、それが怖さでもあり、またそこに可能性が開けているということでもある。
さて、眞鍋さんの歌集を読んで最初に感じたのは、「歌集でこういう体験ができるのか」という新鮮な驚きだ。今回はそれを言葉にしたいのだけど、その前に、自分と短歌の関わりの遍歴を思い出すところから始めることにした。それは短歌という鏡を手掛かりに、自分の過去を思い出す試みでもある。
私と短歌の出会い
私が短歌とつながったきっかけは、なんと「将棋」にある(そんな人は世界に私ぐらいかもしれない)。2010年前後、私はTwitterの将棋クラスタと呼ばれる界隈にいたのだが、当時、中高生でTwitterをやっている人は珍しく、若いというだけで色々な人が仲良くしてくれた。で、その中に「将棋」をテーマにした文芸同人誌を作っている人たちがいて、その企画の一つに私も参加させていただくことになった。
その企画は、歌人の方と往復書簡でやりとりをしながら、私が短歌の作り方を学んで、実際に(将棋をテーマにした)短歌を作ってみる、といったものだった。内容はうろ覚えだけど、往復書簡の相手の浮島さんが褒め上手で、短歌という世界への興味が大きく広がったのを覚えている。
一首だけ、当時自分が作った歌を覚えているので、恥ずかしいけどそれを掲げておく。
「決勝を見ている僕のため息と駒の音だけが空気を揺らす」
その同人誌の編集長をしていた清水らくはさんの歌で、不思議と忘れられないものがあるので、それも一首掲げておく。(少し検索してみると、らくはさんは今も文芸活動を続けられておられるようだ。)
「エジプトの壁画みたいなグラタンをただのんびりと食べている夏」(清水らくは)
同人誌の企画という形で短歌に触れていく過程で、徐々に短歌の世界の広がりを知ることになり、いわゆる「名作」として知られる短歌もたくさん教えてもらった。なかでも小野茂樹のこの歌は爽やかで印象に残っている。
「あの夏のかぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ」(小野茂樹)
歌集との出会い
こうして短歌との関わりが深くなる中で、自然と歌集にも手が伸びることになり、短歌の世界にのめり込んでいく……というようには、実はならなかった。その後に自分で買った歌集は、覚えている限りでは三作しかない。
最初に買ったのが中澤系の『uta0001.txt』だ。当時、Twitterに中澤系の歌をつぶやくbotがあって、それを見るといつも心がざわざわと動いたのを覚えている。今も手元にあるので、いくつか引用しておきたい(ページ数は2015年の双風舎版に基づく)。
「3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって」(p.8)
「駅前でティッシュを配る人にまた御辞儀をしたよそのシステムに」(p.23)
「正当な手続きを経たのちにさえ衰弱死という結末がある」(p.101)
「ヒトとして生きる訓練ならばこの混み合う車内も愛するべきか」(p.112)
「純正のコピーが街の透みずみを隙間なく埋め尽くすまでには」(p.132)
「常にくじを引き続けなさいそして常に当たりのくじを引き当てなさい」(p.140)
「装置、その暗き装置のあるゆえに圧の渦巻きつつも東京」(p.170)
「ぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわ」(p.177)
今読み返してみると、現代社会のシステムや仕組みに対する、根本的な懐疑や恐怖のようなものを、ロジックではなく、詩的表現を通して私に教えてくれた一人が、中澤系なのかもしれない。中澤系は難病に侵され、2009年に38歳で逝去してしまったが、もし今も生きていたらどんな歌を歌うんだろう、とよく考える。
二作目の歌集
二作目に買った歌集は、安井高志『サトゥルヌス菓子店』(COALSCCK銀河短歌叢書、2018)だ。安井さんというのは、さきほど述べた将棋文芸誌で往復書簡のやり取りをしていた浮島さんのこと。安井さんは、2017年、交通事故で31歳の生涯を終えており、これはその遺歌集である。同書より数首引用させていただく。
「明け方の酸素がこんなくるしいってしってた? とても心臓が痛い」(p.33)
「歌声が法律である星にたつ死刑のためのボーイソプラノ」(p.46)
「月曜はわたしをきらいな先生がうさぎ殺しの罪をあばく日」(p.52)
「絵の中を旅しているとふと月が手に届かないことを忘れる」(p.123)
「子供たちみんなが大きなチョコレートケーキにされるサトゥルヌス菓子店」(p.139)
「すこしだけ耳をふさいで大丈夫ミルキーはママの味してるから」(p.218)
独特でファンタジックな表現で、解釈を拒むような歌が多い中で、ところどころ、こうした冷ややかな歌が紛れ込んでいる。今回あらためて読み直してみると、世界に絶望している人の声が聞こえてくるように感じられた。
同時に、安井さんはきっと本のことが大好きだったんだろうな、としみじみと感じられる歌も多い。
「やわらかく埋葬された本たちを砂漠で見守る司書になりたい」(p.12)
「ぼくたちは忘れないだろう夕立の立ち去る音が聞こえる本を」(p.54)
「海底に沈んだ図書館たくさんの栞がわりの白い鳥たち」(p.111)
「古書店の棚からきえた神さまの死んだ夜空をあつめた絵本」(p.141)
「死者の目に閉じ込められた図書街のなかでわたしは眠ってみたい」(p.156)
「一冊の古書からあふれ真夜中に死体と踊るための音楽」(p.180)
ところが、こうして感想を書いていると、「世界に絶望」していて、「本が大好き」なのって、浮島さんではなくて、私自身のことなのでは、という気もしてくる。やっぱり歌集の感想は、自分を写し出す鏡なのだろう、ということを改めて実感する。
さて、かつて浮島さんが、私にぴったりだといってこんな詩を教えてくれたことがある。→ 今週の詩 | 風 辻征夫
今あらためて、「私はこの詩みたいだと言われました」と自分で紹介するのはさすがに気恥ずかしいけど、浮島さんにもらった嬉しい言葉として印象に残っている。もうお話しできないのがとても残念だ。
三作目の歌集
三作目は穂村弘の『ラインマーカーズ』である。ただ、大昔に友達に貸したまま戻ってきておらず、手元からなくなってしまったので、いまは引用できない。とりあえずこの歌は好きでよく覚えている(おそらく穂村弘で一番有名な歌である)。
「ハロー 夜。 ハロー 静かな霜柱。 ハロー カップヌードルの海老たち。 」(穂村弘)
『ラインマーカーズ』に続けて、穂村弘の短歌批評が書かれている『短歌の友人』も読んだ。正直、歌集よりこっちの方が印象に残っている。こちらも手元にないのだが、記憶の限りで覚えている箇所を紹介しておく。
まず、忌野清志郎の名曲『スローバラード』に導かれながら、生活のリアルな質感を出すための言葉選びについて語った章があった。『スローバラード』の「市営グラウンドの駐車場」という一節が、多くの人にリアルな情景を思い起こさせる効果をもつことに着目し、短歌に見られるこうした表現を論じていく。これは短歌に限らず、文章を書く時にも一定通用する考え方だと思う。
また、塚本邦雄の歌を知ったのもこの本を通してだった。以下は1958年発表の『日本人靈歌』に掲載されている歌。
「日本脱出したし皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も」(塚本邦雄)
穂村弘は、初めてこの歌を読んだ時、五・七・五・七・七の切れ目にとらわれないリズムや、また「皇帝ペンギン」という語呂の面白さに着目し、この歌が帯びる政治性についてはあまり気が付いていなかった、みたいなことを書いていたと思う。
私としては、1958年という時代性も考えた時、この歌を、裕仁(昭和天皇=皇帝ペンギン)と、その周りの人(政治家・日本国民=飼育係)という比喩で読まないのは無理というか、どうしたってそうとしか読めないけどなあ、という感想を抱いたのを覚えている。
眞鍋せいら『人魚と林檎』
さて、ようやく本題にたどり着いた。以上のような短歌遍歴を辿ってきた私ではあるが、『人魚と林檎』はこれまでとは違う感覚で向き合うことを求められる歌集だった。歌集でありながら、切れ目なく一気読みしてしまい、読み終わった時には「読み通した!」という感覚になった。
なぜそういう感覚になったのかと考えてみると、それはこの歌集の一つ一つの歌の間に、一人の人間の思考の変化や物語の流れが感じられるからであり、またところどころに「こう読んでほしい」という方向づけになる歌があるからだと思う。
たとえば、冒頭から読み進めていくと、
「おしゃべりなあなたの話ことごとく異国のおとぎ話のように」(p.10)
「ひとふたりリュックサックでのし歩く北国の山の水やわらかい」(p.11)
という二首の歌の間に、
「家族でも恋人でもなく道端であなたと会えてそれがうれしい」(p.10)
という歌が入っている。
先の二首だけを読むと、いわゆる恋愛関係にある二者を想像する人が多いのかもしれないし、解釈は人の自由なのだから、それが「間違い」だとは一概には言えない。しかし、「そう読まれがちという傾向がある」ことは、恋愛やパートナーシップといったものが重視される社会の中で、そうではない関係性がないがしろにされている状況があることの裏返しであることは確認しておきたい。
先の二首には、関係性を明示する言葉は含まれていない。本来的には、ここから解釈の幅が生まれることが、言葉数が少ない短歌の特徴であるはずである。しかし実際には、そういう読みを拒否する意志を明示しない限り、社会規範に順応した解釈にからめとられてしまうものだ。
しかし、ここに「家族でも恋人でもなく~」と明示した歌がさりげなく差し込まれていることで、「あれ、じゃあこの二人ってどういう関係なんだろう」と、読み手が立ち止まって考える契機が生まれている。自然と、前後の二首も、より多様な関係性の歌として、立体的に読まれていくことになる。
こうして生まれる、「読む」ときの一瞬の逡巡は、前後の二首だけではなく、歌集全体の歌の読解に影響を及ぼしていく。たとえば、以下のような歌も、少し読み方が変わってくることだろう。
「手花火をかざしあったりときどきはあなたを忘れて笑ったりする」(p.29)
「いつの日か家族になって海をみることがこんなにくやしいのです」(p.51)
「名前など知らなくたって交わしあうことばの全部であなたを呼んだ」(p.57)
「どうか来て 橋を渡って来て 七月の水さらさら流れる頃に」(p.83)
私自身も、家族や恋人という仕組みになじめない人間であるから、こうした作者の意志に導かれながら、名付け難い感情や関係性について思いを馳せることができて、とても救われた気持ちになった。
読者は、こうした歌を追いかけていく過程で、作者が自分を見つめる歌にも出会うことになる。その中には、読み手がその歌を自分自身に向けざるを得なくなるような、鋭さを持った歌が多い。
「ごめんねと言うのもなにか傲慢な気がして黙っています、ごめんね」(p.14)
「ワンピース着てやっとこさ人になる無害で健康ですって顔の」(p.16)
「うつくしい言の葉をもてうつくしい夢を見ていることの特権」(p.17)
「どうせまた目覚める眠りに落ちてゆくことに微かな絶望をする」(p.78)
どれも、読者が自分自身に向けて問いかけて、そういうところが自分にある、と考えさせられるような、そういう歌だと思う。
この歌集では、以上のような歌がリズムよく展開されていくので、次の歌が気になって、どんどん先を読んでいくことになる。つまり緩急が利いたスリリングさがあるということで、読者の気持ちを切らさず、夢中にさせる面白さがある。構成の緻密さがそれを可能にしているのだと思う。
世界を切り取るということ
『人魚と林檎』の次の歌を読むと、「その人は、この世界をどう切り取ったのか」ということが如実に問われるのが短歌であるということを、あらためて思い知らされる。
「ミャンマーの死者の名前も知らないで夜半にぬるめの紅茶を淹れる」(p.33)
起こった出来事は、「夜中に紅茶を淹れた」というそれだけのことなのだが、そこにどういう事実を見出して、それをどう作品として提示するか、というところに作者の姿がそのまま投影される。そしてそこには、読み手の無知も否が応にもさらけ出されることになる。
p.141からは「パレスチナへ 2023.12」と題した歌が収録されている。これもまた、まぎれもない現実を切り取った作品群である。
「手と足に油性のペンで書く名前愛する人が拾えるように」(p.141)
「殺すな、と祈りを手繰り寄せるとき目には溢れるひかり 殺すな」(p.143)
「ジェノサイドいまだ終わらず(いいえ、今までに終わったことなどついぞなかった)」(p.144)
その中でも、以下の歌は印象に残っている。
「虐殺のあともあの時虐殺を見た人間であるということ」(p.145)
私たちに連累する責任というものを、見事に表現した一首だと思う。やはりこれも事実をそのまま切り取った歌でありながら、その切り取り方に強い意志が見えることが分かると思う。私たちが「虐殺を見た人間である」という消せない事実とどう向き合うか、そして虐殺を見た人間として生きていく中で、その責任をどう果たしていくか……そんなことを強烈に問われる歌だと感じた。
以上の歌から明らかなように、この歌集は、社会の搾取や差別に追い詰められた生の絶望を切り取ったものであり、また同時に、そこに確かにある人々の生きざまと祈りを描いたものでもあると思う。読み手が変われば、心に残る歌も全然違うものになるだろう。ぜひ多くの方に読んでほしい。そしてみなさんと感想を語り合いたい。
最後に、お気に入りの歌をいくつか掲げておく。
「怒りとは生きていることまだ他者に世界に絶望していないこと」(p.34)
「あと何度泣くのだろうね薄紙を透かしたような生のあいだに」(p.44)
「抵抗せよ 夢まぼろし掴みとり世界を受肉するまで生きよ」(p.52)
「簡単なことだったんだ早春のひかりで洗濯機をまわす午後」(p.71)
「ゆきましょう微笑みを道連れにあんまり人を愛しすぎずに」(p.94)
(棋客)