達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

日記(2026年8月後半~10月)

8~9月上旬

 今年の夏は暑すぎなかったこともあり、積極的に人と会うようにして、かなりアクティヴに過ごした。職業柄、夏休み中は比較的時間があるので、会おうと思えばだいたい予定を合わせられるのだ。

 前にも少し書いたけど、ある日、友達が来て、プラ板作りを教えてもらった。早速、色鉛筆を買って自分でも作ってみた。アイデア次第で何でも作れそうで最高だ。

 

 左側は、憲法九条型のユニホームストラップ。(ホークスの9番なので柳田悠岐でもある。柳田はとびきり楽しそうに野球をやっている感じがなんとなく好きだ。)

 右側は、パンセクシュアル・カラーのアローラ・ベトベトン。ベトベターは都会のゴミを食べて生きているポケモン。ある時、ベトベターをゴミ処理のためにアローラ諸島に持ち込んだ結果、化学反応を起こしてカラフルな色で光り始めた、という設定がある。……で、それがパンセク色に光る、という意味ありげなデザインにしてみた。

9月中頃

 人と会い過ぎた無理が祟ったのか、9月の中頃にひどい風邪を引いて寝込んでしまった。その記録を残しておく。

 一日目。夕方、熱が37.0~37.5℃ほど。ここ数日、雨続きの低気圧で調子が悪かったので、その一環だと思ってあまり気にしていなかったのだが、深夜、38.5℃まで上がってしまい、喉も急に痛くなり、嫌な予感がする。

 二日目。朝方39.0℃ぐらいあり、病院に行く。病院では37.7℃ぐらいになっていた。インフルでもコロナでもなかった。のどの痛み(扁桃腺の腫れ)だけがあり、咳も鼻水もなかったので、溶連菌の検査もされたが、これも引っ掛からず。熱冷まし(カロナール)と喉の薬だけ貰って帰る。

 帰ってくると、悪寒が酷く、ずっと布団にくるまっていると、気が付くと40.3℃まで熱が上がっていた(!)。慌ててカロナールを飲む。熱が下がった時に栄養を取るも、しかし再び悪寒が酷くなり、また39.5℃ほどまで熱が上がる。

 この時スマホで色々調べて、「悪寒がしているときは、身体が体温を上げたがっている(体温を上げてウイルスと闘うため)んだから、軽率に熱冷ましを飲むべきではない」という当然の知識を思い出し、悪寒がする限りは我慢するように心がけた。

 三日目。39.0℃。なかなか熱が下がらない。今思うと、病院に行ったのが早すぎて、インフルの陽性が出なかったのかもしれない。発熱後12時間経っている必要があるのだが、発熱後ちょうど12時間ぐらいの時に病院に行ってしまった。なので、高熱になってからは12時間も経っていなかったように思う。

 四日目。37.0℃。たいぶ楽になってきた。

 五日目。ようやく熱が下がる。数えてみると、この五日間で、900mlのポカリスエットのペットボトルを11本飲んでいた。発熱しているとはいえ、さすがに飲みすぎかもしれない。

9月下旬~10月

 非常勤講師先の仕事が始まる。どうにも気分がすぐれないので、低気圧に効くと聞いた「五苓散」を買って飲み始める。効いている、ような気がする。

 スイッチ版の「ペルソナ5 ザ・ロイヤル」が70%オフの値引きセールをやっていたので、プレイしてみたら、めちゃめちゃ面白くて熱中してしまい、勤務先への通勤中にやり込んでしまった。

 

《P5Rの良かったところ》

  1. 洒落たゲームデザインがよい。
  2. 音楽とゲーム操作音がハマって気持ちいい。
  3. 大人に加害されている高校生たちが、自分が理不尽な目に遭ったことを自覚し、加害者に対する抵抗の意思を表明した時に、真の力に目覚め、同志たちと連帯してゆくという物語の本筋には心を動かされる。
  4. 特に覚醒シーンはどれも熱い。
  5. 時を忘れて熱中できる。もう90時間以上プレイしている。

 

《P5Rの嫌だったところ》

  1. ミソジニックな描写がちょこちょこあるのがきつい。下着を覗く行為(セクハラ)がコミカルなノリで消化されるシーンがある。画家のモデルのくだりも嫌な感じだった。
  2. 同性愛に対する偏見を助長する描写があるのもきつい。特に、女子のナンパに失敗した男子主人公たちが、オネエキャラに追いかけられる、という最悪すぎるシーンがある。全体として異性愛前提なのもきつい。
  3. 話の本筋は好みではあるのだが、どうしても加害の背景にある社会構造の問題に目がいきにくく(言及がないわけではないが)、「個人の歪んだ欲望」だけが問題でそれを取り除けば問題は解決する、という展開になってるのはもやもやする(後半の展開で多少回収されるが)

 「嫌いなところ」の①とか②とかは、もうこれまでにあらゆる創作物で見飽きるほどに見てきた、古典的な「あるある」の描写で、よほど上手くできていないとそもそも面白くないし、どれも本筋とは違うちょっとしたシーンなので、いくらでも代案があったはずだ。せっかく素敵なゲームだし、魅力的なキャラも多いので、もったいないなあ、と感じた。

 実は、まだプレイを最後まで終えていない。あとは最後の最後のラスボスを倒すだけなのだが、何度挑んでも倒せず、どうしようか迷っている。ここまでは全く攻略を見ないまま来たのだが、あまりに勝てないので攻略を見たところ、ペルソナの力やレベルが全然足りてないようだ。

 なお、たまたま真エンドルートに進むことはできていたので、(周回プレイを別にすれば)これが本当に最後の最後のようなのだが、一週間前に戻ってレベル上げからやるのが面倒で、まあもう十分かな……という気もしてきている。

 

 また別の友達に勧められて、島田荘司『占星術殺人事件』を読んだ。途中で「読者への挑戦状」が出てくるので、そこまでで読むのをやめて、謎解き部分は読まず、一週間ほど読み返しながら推理を楽しんだ。

 その友達に送り付けた推理(というか疑問点の列挙)があるので、「続きを読む」に貼り付けておく。読んだことある人にとっては結構面白い推理になっている。もちろんネタバレを含むし、いい線行ってる推理もあるので、未読の方は、閲覧には気を付けて欲しい。(ただ悔しいことに真相を解明することはできなかった……)

 今読み返してみると、本当にあと一歩で謎解きできたのでマジで悔しい……

 

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「性」と「淫」の概念――『罔両問景Ⅱ:中間物』より

 前回『罔兩問景Ⅰ』を取り上げました。まだ序文しか紹介できていないのですが、先に進んで、続編の丁乃非・張馨文・黃詠光・劉人鵬(編)『罔兩問景Ⅱ:中間物』(陽明交通大學出版社、2023)を読んでいきます。

 まず、本書の序「在遲滯的未來中等待:中間物與眾罔兩的時間性」(陳佩甄)では、『問景Ⅰ』の方法論を整理しつつ、『問景Ⅱ』で発展させた部分が整理されています。簡単に述べると、『問景Ⅰ』では議論の内容が(現代の)「性/別」の領域に限られがちだったところを、『問景Ⅱ』では歴史への参照と、階級・民族的な「衆罔兩」への着目が付加されています。また、『問景Ⅰ』では空間的な側面に重点がありましたが、『問景Ⅱ』では時間性の側面、つまり延期される未来の中で待ち続けている「衆罔兩」、また常に時宜にかなわない存在とされる「衆罔兩」に重点が置かれています。これは欧米圏で言う「クィア・テンポラリティ」の議論と重なるものでもあります。

 なお、「性/別」という表記は、台湾のクィア・フェミニズム・ジェンダー分野の研究でよく見られる書き方です。これは何春蕤が国立中央大学に「性/別研究所」を作ったことに由来し、この表記には「性別」内部の多元性を示して二分法を解体する意味や、性別(ジェンダー)と性(セクシュアリティ)の交差性とあいまいさ、「性」に多元的な「別」(差異・権力構造)があること、また他の社会的差異(階級・民族など)があることなどが含意されています。

 次に、導言「「中間物」方法論」(黃詠光・張馨文・劉人鵬・丁乃非)で、本書が重きを置く「中間物」の方法論が提示されています。「中間物」が具体的に示すものは各章の論考によって異なりますが、以下の第一章の場合は、翻訳営為や、欧米と中国の概念の違いといったところで「中間物」の概念を導入しています。

 

 さて、以上を踏まえて、第一章「性、淫、翻譯:晚清性別知識重構舉隅」(劉人鵬)の内容を読んでいきましょう。本章は、清朝末期の知識人の言説における「性」や「淫」といった言葉を分析し、その概念の変化を考察するものです。

 「性/別」研究は、「現代」の知識体系の領域の話とされる傾向があります。こうした枠組みの背景には、ヨーロッパの仲介によって、性/別の認知・実践も、野蛮から文明へと進展し、中国と西洋が同質化してゆく、という考え方があります。しかし、本来は両者の歴史には相違があるはずで、知識人の「性/別」についての認識・感知の変化の過程を追うのが本章の議論です。

 1920年代前後に「sex」が「性」と訳される例があるものの、1930年頃まで「性」と言えば性理学の「性」を指すことが普通であった。つまり、「性善説」「性悪説」「性即理」などと言う時の「性」である。

 これ以前、性行為に関する議論は、「淫」という言葉でなされることが多かった。ここで検討材料になるのが譚嗣同『仁学』である。『仁学』では、性・情の善悪論から、情の悪は(「実」ではなく)「名」によって形成されるものであるとする。

 「悪」が「名」によって形成されるとはどういうことか。譚嗣同は「淫」と「殺」を例に挙げる。「淫」は通例は悪とされるが、夫婦間では善とされるし、「殺」も死刑においては善とされる。つまり「淫」が悪とされるのは、人間の権力秩序・倫理習俗が仲介する「名」に由来するのであって、絶対的・本質的な「悪」ではない、ということを指摘する。

 譚嗣同は、天理・人欲の二分法を批判し、何が「礼」で、何が「淫」であるのかは、習慣・社会規範などによって変わると述べ、また「防淫」が過度になると「淫」が生まれる(禁止によって欲望が生産される)ということも指摘する。合わせて、ここに男女の不平等があること(男は妾が容認されるのに女は一淫で罪とされる)や、「淫」は自然に生じる身体動作であり恥ではない、とも述べている。

 そして、中国・西洋の医家の学説ともとに、「淫学の館」を開き、みなが学ぶ機会を作るべき、つまり今でいう性教育の提唱にあたる主張も行っている。「性」概念が起こり始めたとき、「淫」概念も共存していたのであり、譚嗣同の議論からはその状況がよく分かる。

 次に、本章では、「sex」を「性」と訳すに至る流れを分析している。よくある説明では、日本語で「sex」を「性」と訳すことが定着し、これが現代中国語に流入したとされる。こうした主張の背景には、①英文の「sex」にもともと確立した意味があり、②当初この概念が漢字に当てはまるものがなく、③中国語では「sex」の語意が理解されない中で、先に日本で西洋的な「sex」の概念が受け入れられて訳語が作られた、という想定がある。

 しかし、本章で論証されるように、こうした想定は先入観によるもので、誤りである。まず、初期には中国語圏でも日本語圏でも「sex」は「類」「属」と訳されていた。そして、これは当時の英語圏の用法と一致していた。英語で、sexが性交の意味を持つようになるのは20世紀以後のことで、さらに「gender」と区別する用法が確立するのは1960年代以後のことである。

 そして周作人・何殷震が「男性」「女性」という言葉を使う例を検討する。両者は、西洋由来の「男性」と「女性」の本質的な相違が強調される言説(今でいう男性性/女性性、父性/母性といった言説)を念頭に置いて、これを批判する場合に使われている。つまり、西洋の「進歩的」な学問を取り入れるために「男性」「女性」の語ができたというより、むしろ西洋の男女観を批判するために「男性」「女性」という言葉が使われている、というのが実情に近い。

 

 以上、本章の議論は、当時の知識人の言葉を丹念に分析することで、西洋中心史観で語られがちなセックス/ジェンダーの枠組みを解体することを試みている。とても興味深い議論だと思う。

(棋客)

「罔両問景」の方法論とクィア・マルクス主義(2)

 丁乃非・白瑞梅・劉人鵬編著『罔兩問景:酷兒閱讀攻略』(中央大學性/別研究室、2007, p.iii~vii)の序文より、前回の続きを見ていきます。ここは、本書の第一篇の内容を紹介しつつ、本書全体の視座を解説するところです。

 收在書裏的第一篇論文是〈含蓄美學與酷兒政略〉,我們的思索以及彼此之間的熱切討論,政治脈絡可以溯及1997年台北市政府驟然宣布廢除公娼,北台灣婦運組織對於是否要參與公娼的抗爭,彼此之間意見紛歧,婦運內部的裂解形勢逐漸升高。但環繞著公娼議題的歧見,點燃的其實是婦運團體早已蓄勢待發的在「性」政治議題上的新舊衝突,特別是對於「女性」的「性」。所謂舊衝突,指的是:早在九〇年代初期,對於女性各種各樣以及各種階級的「性」能動性,就一直有著爭議。例如:傳統「淫婦」的問題、何以面對色情我們只能負面地批評、以及當時有女性主義者理直氣壯地要求「女同性戀你們應該自己站出來為自己說話」,還有爭議娼妓/性工作者怎麼可以是「女性主義者」等等。結果之一就是1997年《婦女新知》全職女同志工作者被解雇。

 本書に収められた第一の論文は「含蓄の美学とクィア・ポリティクス」である。私たちの思索、そして私たちの間の熱のこもった討論は、その政治的な脈絡としては、1997年に台北市政府が突如として公娼の廃止を宣布したことに遡ることができる。北台湾の女性運動組織は、公娼の闘争に参加するか否かをめぐって、互いの意見が紛れ、女性運動内部の分裂の情勢は次第に高まっていった。しかし、公娼の問題をめぐる意見の相違に火をつけたものは、実際には女性運動団体の間で早くから火種となっていた「性」政治問題における新旧の衝突であり、とりわけ「女性」の「性」に対する問題であった。いわゆる「旧衝突」とは、次のことを指す。早くも1990年代初期には、女性の多種多様な、また各階級の「性」の能動性について、ずっと論争が存在していた。たとえば、伝統的な「淫婦」の問題、なぜ私たちはポルノグラフィに対して否定的にしか批判できないのかという問題があった。また当時、女性主義者の中には、「レズビアンのあんたらは、自分自身のために自分で出てきて発言せよ」と平然と求める者もいたし、さらに娼妓/セックスワーカーがどうして「女性主義者」であり得ようかと論争する者もいた。その結果の一つが、1997年の『婦女新知』のフルタイムの女性同性愛者(女同志)のスタッフの解雇であった。

 以上は、前回の記事でも紹介した、1990年代後半の台湾のフェミニズム運動におけるセックスワークへの立場の相違があったことを述べる一段です。ここから、「含蓄」の理論の話へと繋がっていきます。

 然而這些事件,不論在運動團體內部或對外,談論的方式總是很含蓄。一方面,強烈感到要忠於過去所共享邊緣化的女性主義價值,而另一方面則面臨一種新興的體制性壓迫(據說婦運組織成長快速,因此操作方式需要「正式化」,某些議題具有優先性,要讓工作更有效率等等),含蓄從上到下作用著,匯集力道,驅逐它要驅逐的對象。與此同時,我們也注意到,類似的含蓄策略似乎也在學院間運作,特別是對於關乎性/別的議題,經常來自一種崇高的位置,宣稱自己最是善意,並且使用文質彬彬的「儒家」修辭。

 しかし、これらの事件については、運動団体の内部においても外部においても、その語られ方は常に含蓄的であった。一方では、過去に共有されてきた、周縁化された女性主義の価値に忠実であらねばならないと強く感じた。しかし他方では、一種の新興の制度的な圧迫に直面していた(女性運動組織は急速に成長したため、運営の方法は「正式化」する必要があり、ある議題に優先性があり、仕事をより効率的にしなければならない、などと言われた)。含蓄は上から下まで作用し、力を集めて、それが駆逐する必要のある対象を駆逐した。これと同時に、私たちが気が付いたのは、類似した含蓄の戦略が、どうやらアカデミアの中でも作用しているということである。特に性/別に関わる議題について、それはいつも一種の崇高な位置から発せられ、自らが最も善意に満ちていると称し、しかも文質彬彬とした「儒家」のレトリックを用いていた。

 読解にあまり自信がありませんが、これは当時の実際の運動内部での対立の状況を述べているものと思います。つまり、セックスワークイズワークの立場から、周縁化された人々とともにあるフェミニズム運動に忠実な行動を起こそうとするという方向がありながらも、実際にそれをしようとすると、運動体内部では「運営方法の正式化」「課題の優先度」「効率的な運動」といった、間接的・含蓄的な方法で反対され、その行動を起こそうとする人は駆逐された、ということでしょうか。

 こういう巧妙な「含蓄」の感覚は、運動内・組織内で、ハラスメントや差別に抗う行動を取ったことがある人は、さまざまな形で直面したことがあるものであるように思います。

 そしてこれが、運動体内部だけではなく、アカデミアでも同様のレトリックが用いられていること、その場合に儒家的な言辞が用いられる、ということが指摘されています。本書の第一篇は、中国で伝統的に使われてきた「含蓄」の感覚を辿るもので、例として『詩経』の「断章取義」などが考察されています。

 因此,「含蓄政略,酷兒詩學」源自我們感受到在日常生活中瀰漫著的一種文化的、以及文化養成的力道,其效力在於一種主流的倫理,附帶看不見的暴力。比方說,有學問、高學歷、以最有文化教養的方式看似溫柔敦厚的使用語言―這些都構成一種非常主流有力的論述。我們認為,在這個主流論述裏,一個人若是文質彬彬、拒絕面對矛盾衝突,也就被認為在情緒上有修養。這種含蓄文化,以及含蓄如何在文化文本及日常生活操作,我們認為,可以理解為一種「台灣儒家」文化,源自國民黨統治時期的某種自我權威化以及中國化的教育與文化治安檢査,接合了常民實踐以及民俗信仰,這種氛圍在政權已經轉移後的二十一世紀初,仍然持續著。

 したがって、「含蓄のポリティクス、クィア詩学」は、私たちが日常生活の中に満ちている一種の文化的な、また文化によって養成された力を感じ取ったことに由来する。その効力は、一種の主流の倫理にあり、見えない暴力が付随している。たとえば、学問があり、高学歴で、もっとも文化的教養のある方法で、一見すると温和で誠実な言葉を用いること――これらはすべて、一種の非常に主流で有力な論述を構成する。私たちが考えるに、この主流の論述のなかで、一個人が文質彬彬として、矛盾や衝突に向き合うことを拒むならば、その人は情緒の上でも修養があるとみなされる。この種の含蓄の文化、または含蓄が文化テクストや日常生活においてどのように操作されるかについて、私たちが考えるに、これは一種の「台湾儒家」文化として理解することができる。これは、国民党統治期におけるある種の自己権威化、および中国化した教育と文化の治安検査に由来し、また常民の実践と民俗信仰に接合し、この種の雰囲気は政権がすでに移行した後の二十一世紀初頭においても、なお持続していた。

 つまり、本書は、クィアな存在・運動に抑圧をかける「含蓄」の戦略が形成されてきた歴史的背景を、儒家・国民党・中国・日常倫理・民間信仰などから辿って分析したもの、と言えるでしょうか。

 我們的方法,主要是在於歷史化,試圖將「含蓄」作為當代規訓策略之殘餘,從上個世紀八〇年代晚期,進入九〇年代,以解嚴為標誌的十年,直到政權轉移到民進黨,將其持續性及斷裂性都歷史化。談論含蓄以及書寫含蓄的一個困難在於,正當「中國」這個符號已經成為政治禁忌的時刻,這個分析必須脫離未經反思的「中國性」。我們認為,政治兩極化把「中國」事與人都外在化、妖魔化,這種氛圍已經阻礙了長久以來我們早該開始的批判性自我檢視,看到從國民黨統治時期整體性的文化、教育、政治、社會模塑建構中,我們各自不同的棲息於、交疊於、對抗於多種多樣卻相當具有特定性的「台灣」所建構出的「中國性」裏。對我們來說,「含蓄」就是這種台灣建構出的殘餘文化力道之一。批判性的檢視具有關鍵性的重要性,唯有如此,才能更深刻地理解主流及反主流的新舊社會力道以及社會主體。

 私たちの方法は、主として歴史化することにあり、「含蓄」を現代の規律化の戦略の残余として捉え、20世紀の80年代後期から90年代に入り、戒厳令解除をメルクマークとする十年間から、政権が民進党へと移行するまで、その持続性と断裂性をともに歴史化しようとする。「含蓄」について語り、そして「含蓄」を書くことの一つの困難は、まさに「中国」というこの記号がすでに政治的タブーとなっているこの時期に、この分析は反省を経ていない「中国性」から離脱しなければならないことにある。私たちが考えるに、政治的な両極化が「中国」と人々とをともに外在化・悪魔化しており、このような雰囲気が、長い間、私たちがとうに始めるべきであった批判的な自己検視を妨げている。すなわち、国民党統治期からの全体的な文化・教育・政治・社会の形成と構築の中から、私たちが、それぞれ異なる形で、多様でありながら特定性をもつ「台湾」によって構築された「中国性」のなかで生き、重なり、対抗している。私たちにとって、「含蓄」はこうして台湾によって構築された残余の文化的な力の一つである。批判的な点検は、決定的に重要である。これがあって初めて、主流・反主流の新旧の社会的な力、また社会的主体を、より深く理解できる。

 ここでは、台湾と中国(大陸)の政治的な状況が、台湾の運動やテキストの「含蓄」として作用していることが注意されています。前回紹介したリューの本では、台湾のクィアの運動・理論において冷戦体制が大きく影響していること(むしろその中であるからこそクィア・マルクス主義の伝統が生まれたこと)を指摘していますが、それが分かりやすい例と言えます。

 なお、本書は2007年に出版されたものですが、その2023年に続編である『罔兩問景Ⅱ:中間物』が出版されています。どちらも重要な研究が多数収録されていますが、日本語圏で取り上げられたことは無いようです。その背景には、日本語圏の中国思想研究においてクィア・フェミニズムに取り組む人が少ないことと、日本語圏のクィア研究において中国語圏の文献を参照する研究者が少ないこと、の両方があるでしょう。しかし、かつて大日本帝国が台湾を侵略し植民地とした歴史を思うとき、日本語圏の中国思想研究者・クィア研究者が、台湾のクィア研究を参照するのは一種の責務であるように思うのです。

 いま『罔兩問景Ⅱ:中間物』を読み進めているところです。こちらもいずれ内容を紹介いたします。

(棋客)

「罔両問景」の方法論とクィア・マルクス主義(1)

 ここ数年、私が力を入れて調べてきたことに、クィア・マルクス主義、ならびに台湾のフェミニズムの歴史があります。

 また、「台湾のフェミニズム」のウィキペディア記事も書いたことがあります。

 今回は、上のブログ記事で紹介したペトラス・リュー『二つの中国におけるクィア・マルクス主義』の第二章「中国のクィア理論」の第四節「クィア・マイノリティ言説と含蓄の詩学」を読んでみます*1。なぜここを取り上げるのかというと、私の専門である中国古典との接点が見えるところだからです。

 本節、台湾のクィア・マルクス主義の論者である丁乃非の理論を説明するところです。ひとまず日本語に訳して、抜粋したものを掲げていきます。

 G/SRATの理論家である丁乃非の著作において、クィアネスとは、労働の社会的ヒエラルキーから汚名(スティグマ)を着せられたことで、言語化されず、認識もされない、広範な「棄却された存在」(abject beings*2)を指す。丁の研究は、労働と性的な汚名の間の連続性を作り出した歴史的要因に注目することによって、ホモセクシュアルを自己肯定的な主体として特徴化する実体的人格(substantive personhood)としてのリベラルな哲学からの、大きな逸脱を生み出している。丁は、性と階級の問題を二重に強調するという点で、台湾の批評言説空間で最も独創的な思想家の一人となっている。彼女の研究は、歴史的研究と批判的分析の両方を通して、性の汚名と労働の汚名が、相互に埋め込まれていることを明らかにした。この相互の共犯関係が、クィア的主体が立ち現れる条件である。……クィアというものが、はっきりと分かる性の特性ではなく、はっきりとは分からないが根強く続く歴史的制度の堆積した「効果」であるからこそ、丁の分析は、社会的排除の本質についての理解をラディカルに変革する。

 以上の丁の理論は、むろん、台湾の実際のクィア・フェミニズム運動の歴史に即しています。台湾では、1990年代後半、公娼廃止問題に端を発し、セックスワークへの態度をめぐって主流派フェミニズムと性解放派フェミニズムに分裂しました(詳しくは上のウィキペディア記事を読んでください)。その後、(元)公娼の当事者たちはしぶとい社会運動を続けました。(セックスワークについても、本ブログで記事にしたことがあります→浅川雅己「マルクスにおけるジェンダーと家族―後年の共同体研究がもつ可能性の一つとして」 - 達而録)

 なお、G/SRATとは、台湾性別人権協会(Gender/Sexuality Rights Association, Taiwan)のことで、1990年代後半からジェンダー平等や性的少数者の権利擁護活動を行ってきたNPO団体です。

 ……丁の研究におけるクィアは、国家によって事前に定義されたグループ(女性やホモセクシュアル)として構築されるものではない。汚名の主体は、むしろ、否定性と欠如そのものであり、実体的な内容を持たない歴史的排除のプロセスなのである。丁の初期の論文「娼妓、寄生蟲、與国家女性之"家"」(娼婦、寄生虫、そして国家女性の「家」」において、丁はクィアを、フェミニズムの教室に現れる不要なネズミやハエと特徴づける。こうした存在は、フェミニストを苛立たせながらも、しつこく戻ってくるのである。丁の理論において、権力の眼前に何度も戻ってくるネズミやハエは、ただの知的抽象物ではなく、実際の台湾の運動戦略を指している。たとえば、フェミニズムが駆除に失敗したG/SRAT(=G/S rats)*3、またハエに学んだゲリラ戦術(蒼蠅隨行・娼影隨行)を用いて市長を悩ませ続けた元公娼たちがその例である。

 つまり、何か特定の属性によって「クィア」を定義することはできず、国家・社会による排除のプロセスがクィアの本質である、とまとめられるでしょうか。そしてこの排除のプロセスが、「性的なスティグマ」と「労働のヒエラルキー」の共犯関係によって構成される、と分析する点が丁乃非の理論の特徴です。

 ざっくり言うと、リューの本全体の主旨は、こうした台湾のクィア・マルクス主義の理論・運動の蓄積が、いわゆる「包摂的」な、欧米のリベラル・プルーラリズム(多元主義)に対するカウンターになる、という点にあります。そしてそうした中国・台湾の運動・理論が、必ずしも欧米のクィア理論の影響を受けたものとして解釈することはできず(こういう解釈は欧米中心主義的であるとして批判されます)、中国におけるマルクス主義の伝統、性の抑圧、そして冷戦体制といった歴史的背景が生み出したものである、ということを分析しています。

 さて、本節のリューの行論は、劉人鵬・丁乃非の「含蓄の詩学」という枠組みの説明に移っていきます。

 劉人鵬・丁乃非は、複数の著作で「含蓄の詩学」という大きな影響を与える理論を展開した。劉と丁は、「含蓄の詩学」を使って、一見すると寛容でクィアフレンドリーであり、フェミニズム的でさえある政治的・文化的枠組みの中で、クィアがいかに不可視化されるのかを説明する。

 「含蓄の詩学」は、リューの本では「Reticent Poetics」と表現されていて、これを直訳すると「沈黙の詩学」ぐらいが良さそうです。ただ、丁の本を見たところ「含蓄」と表現されているところに当たるようなので、いったん漢字をそのまま置き換えて「含蓄の詩学」と訳しておきます。

 劉と丁の「含蓄の詩学」の概念の知的源泉は、西洋のクィア理論ではなく、中国哲学、特に『荘子』の「罔兩」の概念である(「罔兩」は影の影、すなわちペナンブラと訳されることが多い)。『荘子』の寓話の中で、ペナンブラたちは影が太陽とともに動くことに興味を持つが、影自身は自らの存在や物質への依存を説明することを拒む。この拒絶のパフォーマンスは、問いの出発点となる物質そのものが、ペナンブラの問いには含まれていないことを明らかにする。

 ここで『荘子』の「罔兩問景」の話が引用されています。英語の「ペナンブラ」は日食の本影・半影という意味で使われることが多いようですが、『荘子』の文脈では、日食に限らず、影の縁にできる薄影を広く指しています。

 ここから、「中国社会が伝統的に同性愛に寛容であった」という周華山の主張に対する批判へと進んでいきます。

 社会学者の周華山は、中国社会が伝統的にホモセクシュアリティに寛容であったと論じているが、これに対して、劉と丁は、『荘子』の寓話における不合理な推論(non-sequitur)を明るみに出し、「含蓄」や「寛容」こそが、クィアの不可解性を生み出すという説得力のある反論をする。「影」が形に焦点を当てることは、ヒエラルキー化のプロセス、すなわち物質・影・ペナンブラがそもそもどのように分割不可能なヒエラルキーにおける異なる位置性として確立されるのか、を分析することを実質的に不可能にさせる修辞的な転位である。ペナンブラは、カム・アウト(現れること)は求めておらず、表象され寛容されることを求めてもない。しかし「影」は、その問いをあくまで誤解し続ける。この「罔兩」と「含蓄」の理論は、女性の抑圧の理論とは異なる。女性抑圧の理論は、多くの場合、女性を「被害者」として提示することによってのみ政治的権利を主張できるとする。そうすると、女性の解放が、女性のエージェンシー(行為主体性)を否定するという問題を含んだものになる。この見方に対して、劉と丁は、周華山が言う「文化的寛容」は、解放ではなくむしろ抑圧の一形態であると主張する。なぜなら、それはホモセクシュアルの主体の苦しみをメロドラマ的に描くことに依存するからである。

 まず物質があり、そこに影ができ、ペナンブラはその更に外側で周縁とされるものに当たります。これらは分割不可能なヒエラルキーを構成しています。このヒエラルキーが歴史的にどのように作り出されたのかを分析するためには、形に依存する(=特定の属性にもとづく)説明の仕方を拒否する必要がある、ということでしょうか。

 

 ただ、上の引用だけでは『荘子』の逸話との関係が少々分かりにくいので、劉人鵬・丁乃非の「罔兩問景」の方法論を、元の本に遡ってもう少し詳しく見てみることにしましょう。

 上でリューが引用しているのは、丁乃非・白瑞梅・劉人鵬編著『罔兩問景:酷兒閱讀攻略』(罔両問景:クィア・リーディングのタクティクス)の序文です*4。この本は、1990年代後半~2000年代にかけての、台湾の「性/別」運動・理論に関する論文を、特に「含蓄美學」(含蓄の美学)、「酷兒政略」(クィア・ポリティクス)を主軸にまとめたものです。

 以下、『罔兩問景:酷兒閱讀攻略』の「序」を抜粋しながら日本語訳していきます。(p.iii~vii)

 我們認為,含蓄的規訓力道,或許可以用《莊子》寓言「罔兩問景」中「罔兩」提問的模式,當作一種方法,不斷進行詰問。

 私たちはこう考える。「含蓄」がもつ規律化の効果は、『荘子』の寓話「罔両問影」において「罔両」が問いを提起するモデルを一つの方法として、不断に問い詰めていくことができる、と。

 「規訓」という中国語は見慣れないですが、フーコーの『監獄の誕生:監視と処罰』を中国語で「監獄的誕生:規訓與懲罰」と訳すようで、フーコー的な規律・規範の内面化を指しているものと思います(この序文でもフーコーが出てきます)。つまり、言葉・制度で明確には表現されない「含蓄」(沈黙)の中に、規律・規範を定めていく効果(=特定の人々を排除する効果)がある、という話で理解すればよさそうです。

 次に、『荘子』に見える「罔兩問景」の逸話が二つ引用されています。

 罔兩問景曰:「曩子行,今子止;曩子坐,今子起。何其無特操與?」景曰:「吾有待而然者邪?吾所待又有待而然者邪?吾待蛇蚹蜩翼邪?惡識所以然!惡識所以不然!」(《莊子‧齊物論》)

 罔兩(影のまわりのぼんやりした影=ペナンブラ)が影に尋ねた。「君はさっき歩いていたのに今は止まり、さっき座っていたのに今は立っている。特操(主体性・自律性)がないね。」と。影は答えた。「私は、何か依り所があってこうなっているのかな。いや、私が依っている何かも、また別の何かに依ってこうなっているのかな。私はヘビの外皮やセミの抜け殻に拠っているのかな。どうしてそうなるのかも、どうしてそうならないのか、分からないな。」(『荘子』斉物論)

 衆罔兩問於影曰:「若向也俯而今也仰,向也括撮而今也被髪,向也坐而今也起,向也行而今也止,何也?」影曰:「搜搜也,奚稍問也!予有而不知其所以。予蜩甲也,蛇蛻也,似之而非也。火與日,吾屯也;陰與夜,吾代也。彼吾所以有待邪?而況乎以有待者乎!彼來則我與之來,彼往則我與之往,彼強陽則我與之強陽。強陽者,又何以有問乎!」(《莊子・寓言》)

 罔兩たちが影に尋ねた。「お前はさっきうつむいていたのに今は見上げている。さっき髪を束ねていたのに今はほどいている。さっきは座っていたのに今は立っている。さっき歩いていたのに今は止まっている。なぜなんだ。」と。影は言った。「ちょろちょろと、どうして何度も聞くのか。私はこうしているが、なぜこうなるのかは知らない。私は蝉の抜け殻、蛇の外皮のように、似て非なるものだ。火と太陽があれば、私は集まってくる。陰と夜になれば、私は入れ替わる。あれが、私が依っているものなのか。まして、その体が依っているものとなれば、なおさら分からない。あれが来れば私も来て、あれが去れば私も去る。あれが激しく動けば、私も激しく動く。激しく動く者に、何を尋ねることがあろうか。」と。(『荘子』寓言)

 「影には「待つ」ものがある」というときの「待」の訳がなかなか難しいところです。「頼り先」「必要とするもの」「それがあって初めて成立するもの」といったニュアンスですが、ここでは「依り所」と訳しておきました。

 行論に戻ります。

 在這個寓言裏,影子的影子罔兩(影外微陰)向影子提問,問怹為什麼沒有獨立的操守。影子的回答質疑了習以為常的形影關係假設(影依待形),但我們卻在《莊子》文意脈絡之外發現了問題:提問的是罔兩,但影子的思考卻是針對其與「所待」的「形」之間的關係。故事終止於影的回答,然而這個回答是否滿足罔兩的問題,不得而知。

 この寓話のなかで、影の影である「罔両」(影をふちどるかすかな影)は、「影」に対して、「なぜお前は、独立した自律性を持たないのか」と問いかける。「影」の回答は、当然とされている「形」と「影」の関係についての仮説(影は形に依存するという考え方)に対して、疑義を呈している。ただ私たちは、『荘子』の文意の文脈の外側に、ある問題を発見する。すなわち、問いを発しているのは「罔両」だが、「影」の思考は、かえって、それと依り所の「形」との間の関係に向けられている、ということだ。物語は「影」の回答で終わるが、この答えが罔両の問いを満足させたかどうかは、知ることができない。

 ここから、「罔兩」の問いが持つ二つの意義が指摘されます。

 罔兩的提問有兩個意義:其一,在一個公私領域都忽略的、人們幾乎看不見(平常誰會注意影子外面猶有微陰,影子還有影子呢?)的位置上,向著常識世界理所當然的主從階序關係提出疑問,並且是對著比較有可能反省這個關係的、被視為從屬性的主體發問;其二,透過一個位於二元性主從階序關係邊緣、難以辨識的位置詰問,文本出現了二元關係之外的聲音,這個聲音之被辨識,也許不在故事本身,而在於一種貼近發問者的閱讀。有趣的是,〈寓言〉篇稱發問者為「衆罔兩」,提醒了我們:平常能被視為「個體」的,並不是所有的主體,在公私領域難以再現的邊緣位置發聲,通常會被視為「群」或「衆」中的一員。而罔兩被閱讀的可能,也許就在於「衆」,不是由於人多構成群眾,而是由於怹面目模糊卻堅持提問。透過罔兩的提問,主流結構關係要一再被檢視,而閱讀衆罔兩,也使得新的位置以及游移含蓄的策略層出不窮。

 罔両の問いには、二つの意義がある。第一の意義は、公私の領域で見落とされていて、人々がほとんど見ることのできない(普段、影の外側にさらにかすかな影があり、影にもまた影があることに誰が気が付くだろうか)ような場所で、常識的な世界で当然とされている主従の階層関係に疑問を呈することである。しかも、その関係を深刻にとらえる可能性が比較的高い、従属的な主体とみなされる者に向かって問いを発することである。第二に、二元的な主従の階層関係の周縁にある、識別しがたい位置から問いを提起することを通して、テキストに二元関係の外側の声が現れる。この声が識別されることは、物語そのものの中にはないかもしれないが、問いを発する者に寄り添うような読みの中にある。興味深いことに、『荘子』寓言篇は、問いを発する者を「衆罔両」と称しており、私たちにこう想起させる。普段「個体」とみなされうるのは、決してすべての主体ではない。公私の領域において再現することが難しい周縁から声を発する者は、通常「群」また「衆」の中の一員とみなされるのである。「罔両」が読まれる可能性も、まさに「衆」にあるのかもしれない。それは、人が多いことによって群衆を構成するからではなく、彼らが姿もぼやけながらも問いを発することに固執するからである。「罔両」の問いを通して、主流の構造関係は何度も検証されなければならず、そして「衆罔両」を読むことで、新たな位置と、含蓄を遊移させる戦略が次々と生じるのだ。

 第一に、「罔両」を、公私の場から排除された周縁的な存在として解釈することで、「罔両」と影の問答を、周縁的な存在の問いによって、マジョリティ社会で当然視されている主従関係・階層の存在を浮き上がらせるもの、として読んでいます。そしてその問いかけが従属的な側(影)に向けられていることによって、主従関係の「從」の側の抵抗の連帯の可能性を見出しています。

 第二に、「罔両」の問いかけを、主・従の階層からさらに周縁化された、ぼやけた位置にいる者からの問いとして解釈することで、テキストから主従の二元的関係の外側の存在に寄り添う読みを引き出す可能性を見出しています。特に、『荘子』の本文において、問いかけの主体に「衆」の字が冠せられることから(「衆罔両」)、個体として認識されない存在群が、ぼやけながらも「問いかけ」に固執する過程を読み取っています。*5

 このように、『罔兩問景』では、『荘子』の逸話からクィアな解釈の方法論を見出しています。次回、本書の「序」の続きを見ていきます。

(棋客)

*1:Petrus Liu, (2015) “Queer Marxism in Two Chinas”, Durham, North Carolina: Duke University Press, Queer Marxism in Two Chinas。私はKindle版を見ています。今回の記事で引用する範囲は、No.1582-1626に当たります。

*2:「abject」(棄却)はクリステヴァの用語を意識しているでしょう。「おぞましきもの」と和訳されることもあります。参照→ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル:フェミニズムとアイデンティティの攪乱』(3) - 達而録

*3:ratはネズミ。だじゃれ。

*4:中央大學性/別研究室、2007

*5:過去の『荘子』研究においては、「衆」字を衍字とする説もあるようですが、ここではむしろ「衆」の字がある意味を積極的に読み取っているのが面白いところです。

「今浪隆博のスポーツメンタルTV」が好きすぎるという話

 私は、特定のYoutubeチャンネルにドはまりして動画を見続けてしまうということがよくある人間なのだが(例:「タイマン森本」が好きすぎるという話 - 達而録)、最近は、元プロ野球選手の今浪隆博さんのYoutubeチャンネルをずっと漁っている。

 このブログで野球の話題が出てくるのは珍しいけど、私は実家が福岡ドームの近くにあったので、小さい頃から野球は身近にあり、たまに試合観戦にも行っていた(小学生の頃は鳥越裕介のファンだった)。今はそこまで観ていないが、たまにパテレを観たりはする。

www.youtube.com

 さて、今浪さんは、プロ野球選手を11年間続けて、8年ほど前に引退した選手。現役中は、怪我に苦しみ、一軍と二軍を行ったり来たりしながらも、自分の強みを活かしてしぶとく生き残って活躍した。現在は、スポーツメンタルコーチとして活動されている。そこそこ野球を観る私は、名前はぼんやり憶えていたが、引退後にこういう活動をされていることは全く知らなかった。

 今浪さんは、常に優しい話しぶりの中に、決めつけにならないような注釈を丁寧に入れていて、とにかく聴いていて安心感がある。天の声で入っている方(今浪さんの高校野球部の同級生)も、ちょうど気になったところを質問してくれる感じが素晴らしくて、バランスよい二人の掛け合いを聴くと心安らかな気持ちになる。ラジオ感覚で楽しく聴けるチャンネルだと思う。

 また、元プロ野球選手の動画というと、「誰々はすごかった」「あいつはやばかった」「あの時の日本シリーズは……」というように、固有名詞が飛び交って話題についていけなくなったりする印象があるのだが、このチャンネルでは(おそらく意識的に)固有名詞を使い過ぎないようにしているし、使う時も説明を足してくれることが多い。野球部の同級生という近しい関係性の二人でやっているのに、内輪ノリになっていないところが、すごくいいなと思う。

 動画の内容は多岐にわたるので、以下、勝手にジャンルに分けて紹介してみる。

 まず、スポーツの試合や練習にありがちな場面(コーチにかけられる言葉、選手のメンタル、先輩との人間関係……など)について、今浪さんが考えを話す動画。もちろん野球が中心の話題になるけど、日常生活にも通じるところがあると思って、なかなか面白い。あと、よくある「気合と根性」論に対して適度な距離感があって、冷静な分析を聞けるのも面白い。

 

 次に、「今浪クラス」をいじりながら、軽快なやり取りが続く回も面白い。

 

 あと、野球に関連する素朴な質問シリーズも面白い。

 

 ちなみに動画編集もご自身でされているし、ご自身のデザインでTシャツ・パーカーを作って自分で梱包して発送したりしている。そういう手作り感も魅力の一つだ。

 動画を見始めてから知ったのだが、今浪さんは、プロとして鍛錬を積み重ね、技術的な向上を実感し、今後もっと成績が上がってくるという手ごたえがあったタイミングで、メンタル不調から試合に出られなくなり、引退することになった。当時は不調の理由ははっきりしなかったそうだが、引退後に、うつ病の症状であったと本人は語っている。そこから引退後に専門的な勉強して、メンタルコーチになった、という経緯がある。

 動画を見ていると、そういう経験の重みを感じさせるところも多い。自分が一生懸命やってきたことを、今の目で冷静に分析して、良かったこと・悪かったことを等身大の言葉で説明してくれるところがすごいな、と思う。

(棋客)