達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

「宰予昼寝」章の胡寅の解釈

 「山の学校」での『論語集注』の講読クラスで読んだ、印象に残る部分を書いていきます。『論語』公冶長の一節より。

 宰予晝寢。子曰:「朽木不可雕也,糞土之牆不可杇也,於予與何誅。」子曰:「始吾於人也,聽其言而信其行;今吾於人也,聽其言而觀其行。於予與改是。」

 宰予が昼寝をしていた。孔子は言った。「朽ちた木に彫刻はできない。だめな土の垣根には上塗りすることができない。宰予に対しては叱責しようがない。」また孔子は言った。「前は私は人に対して、その言葉を聴いたらその行いを信用した。今は私は人に対して、その言葉を聴いたらその行いを観察する。宰予のことがあって改めたのだ。」

 昼寝をして怠けていた宰予に対して、孔子が呆れ果てて叱責をするシーンです。昼寝ぐらい自由にさせてあげれば……という気もしますが、とにかく孔子は腹を立てたわけです。

 以上が『論語』の原文で、これに対して南宋の朱子が注釈をつけた本が『論語集注』です。そこで朱子が引用している、南宋の胡寅という学者の説が以下です。

 胡氏曰:「宰予不能以志帥氣,居然而倦。是宴安之氣勝,儆戒之志惰也。古之聖賢未嘗不以懈惰荒寧為懼,勤勵不息自強,此孔子所以深責宰予也。聽言觀行,聖人不待是而後能,亦非緣此而盡疑學者。特因此立教,以警群弟子,使謹於言而敏於行耳。」

 胡寅は言った。「宰予は自分の意志によって気を統率することができず、平気でさぼっていた。これは安逸の気が勝って、慎み戒める意思が怠惰になってしまったのだ。古の聖者や賢人は、常に怠惰であることを恐れとし、努力を止めない。孔子が宰予を強く叱責した理由はここにある。★「言葉を聴いて行いを観察する」ということについては、聖人はこれがあって初めてできるわけではない(これがないとできないというわけではない)し、またこれによって学ぶ者を全員疑うというわけでもない。ただこの言葉によって教えを示し、弟子たちを警告し、言葉を謹んで行動を怠らないようにさせるものだ。」

 前半は意味が理解しやすいのですが、後半(★以下)が分かりにくいですね。

 後半は、『論語』原文での孔子の「その言葉を聴いてその行いを観察する」という言葉、つまり、弟子が何か言った時に、その言葉を本当に実行しているかどうか、その行動を観察して確かめる、という発言について解説しているところです。

 「これがないとできない」というのが分かりにくいですが、「言葉を聴いて行いを観察しないと、弟子のことを判断できない」という意味で取ればよいでしょう。まとめて意訳すると、「孔子は、必ずしも、言葉を聴いて行いを観察しないと弟子のことを判断できない、というわけではない」となります。

 『論語』の原文を読むと、孔子ははっきり「その言葉を聴いたらその行いを観察する」とあるわけですから、この胡寅の解釈は、なんだか変な留保をつけているように見えますね。

 おそらくこの背後には、「聖人である孔子が、必ず行動を見なければ弟子のことを見抜けないなんて、おかしいのではないか」という発想があるのでしょう。最後に「この言葉によって教えを示し、弟子たちを警告し……」とあることからも、ここは孔子が弟子の教化のために方便として言っているのであって、孔子が常にそうであるわけではない、という解釈を補強しているようです。

 私は、古典の注釈を読むとき、こういうちょっとした「深読み」を見つけるのが好きです。こうした「深読み」は、分かりやすく思想的な枠組みで説明できる場合には研究でよく取り上げられますが、そうでない場合は見過ごされがちです。しかし私は、むしろこういう微妙なこだわりが出ているところの方が気になってしまう性質です。なぜわざわざこんな説を唱えたのか、そして朱子がそれを採用したのか? 考えてみると面白そうです。

 ちなみに、『論語集注』より以前の注釈である、南朝梁で作られた『論語義疏』では、「宰予が昼寝をしたのは、孔子の教えを引き出すために敢えてやったことだった」というまた違う種類の深読みの解釈が載せられています。時代によって、さまざまな工夫を凝らして読まれてきたのが『論語』という古典なのです。

(棋客)

漫画喫茶(個人経営)に行ってきた話

 先日、三軒茶屋にある「まんがの図書館ガリレオ」というお店に行ってきました。個人経営で頑張っている漫画喫茶ということで、動画で知って行ってみたくなったのでした。

galileo-sancha.net

www.youtube.com

 

 初めて行ったのに、昔から通っていたかのように錯覚するような、素敵な店でした。老人から子供まで、みんなが一心不乱に漫画を読んでいる光景がとても素敵です。

 子供のころ、親が連れて行ってくれた公民館や公立図書館を思い出すような雰囲気です。いわゆる「レトロおしゃれ」ではなくて、毎日通えるような生活感と安心感があって、本当に地元で愛されているお店なんだな、と感じました。

 私は3時間ほど滞在して、同居人に勧められていた『合コンに行ったら女がいなかった話』を11巻まで読み終わりました。漫画に夢中になれる時間は最高ですね。

 中野在住の私は日常的には通うのは難しいですが、これからも気分転換にお伺いしたいと思います。みなさまもぜひ行ってみてくださいね。

 

 さて、この日は、夕方までゆっくり滞在した後、駒沢大学方面に歩いて、知人との飲み会に参加しました。そこも地元で生き残ってきた、定食屋兼居酒屋という感じの居心地の良いお店でした。

 資本主義の荒波で、個人経営のお店が潰れ、どこかで見たチェーン店ばかりに変わっていきます。どこもかしこも「同じ」になって、土地の文脈が失われて、根無し草になってしまうような、そんな未来が見えています。こういうお店を守るためにはどうしたらいいのか、そんなことを考えた一日でした。

(棋客)

日記(2026.8.2-2026.8.18)

2026.8.2

 久々に知人と再会……のはずが、流れてしまった。セッティングしていた料理(豚しゃぶ)を一人で食べた。一人鍋はぜいたくな気分になりますな。旨かったので良しとする。

 話が変わるが、くるりの「東京」に、「今年の夏は暑くなさそう 相変わらず季節に敏感にいたい」という歌詞がある。都会に出ても「季節への敏感さ」を失いたくない、という心情の表現が好きな歌なのだが、実際問題「今年の夏は暑くなさそう」って一度も感じたこと無いなあ、と思っていた。

 ……が、今年の夏は、本当に、あんまり暑くなさそう。そのおかげで体調が非常に良い。この歌詞に感情移入できる最後の夏なのかもしれない、と思うと切なくなる。

2026.8.6

 髪を切ってパーマをかけた! 人生初のパーマ。いつも何となく良さげにしてくれる美容師さんが見つかったので、思い切ってお願いしてみたのだった。

 うおー、生まれ変わった気分だ!

 そのままの新しい髪型で、知り合いの案内で清瀬に飲みに行く。やっぱり住んでる人が通ってるお店って素晴らしいなあと実感した。

2026.8.7

 芝麻醤を買って、手作り担々麺を作ってみた。かなり旨くできた。これはレギュラー入り確定。

 レシピはこちら→担々めん レシピ 五十嵐 美幸さん|みんなのきょうの料理

2026.8.8

 友達と久々の再会。二人でゆっくり話すのは意外にも初めての人。ゆっくり素敵な時間が流れていった。翌日もう一人の友達とも合流し、楽しく話ができた。

 東京は生活圏が分断されているので、意識して人と会う時間を作らないと、いつの間に一人の時間ばかりになってしまう。一人で平気なモードの時はそれで平気なのだが、最近は人と喋りたい欲が高まっていたところだったので、信頼できる人とこういう時間を過ごせるのはとてもありがたい。相手にとってもそういう時間になっていることを願う。

2026.8.10

 毎年ベランダでバジルを育てているのだが、今年かなり調子がいい。ある程度育ったら摘芯して、わき芽を伸ばすように心がけると、わっしゃわっしゃと生えてくる。採れたてのバジルは、味も香りも深くて、明らかに旨い。簡単に育てられるのでおすすめ。

2026.8.17

 いや~、日記って続かないね。もっと自分をさらけ出すようなものを書きたい(似たようなこと何回も言ってる)んだけど、うまく書けない。このブログは直接の知り合いもたくさん読んでいるから、普通に恥ずかしいというのが一番の理由かも。

 かといって、新規のアカウントを作って匿名性の高い場所で書きたいかというと、それはモチベがない。あくまで書きたいのは、「この人が、こんなことまで書くのか!」ってなるようなものなんですよね。

 自分で言うのもなんだけど、私はずっとそういうことをしてきたつもりだし、今後もこれをどんどん突き詰めていきたい。つまり、中国古典とやらの研究をして、博論を本にしているような人(そしてそれをネタにずっとブログを書いてきた人)が、好きな歌漫画の話とか、お笑いの話とかをして、さらに、自分のセクシュアリティの話とか、フェミニズムクィアの話とか、かなり左派色の強い政治的発言とかも積極的にしてる、というこの状態は、適当ではなくて、かなり意図的にやっている。(「意図的に適当であろうとしてる」とも言える。)

 去年から突然日記を書き始めたのも、その辺を突き詰めるために新しいことをしようと考えたから。分かりやすく自分をさらけ出せそうな形としてやってみたんだけど、案外難しい。

 やっぱりトピックごとに考えて書いていく方が性に合っているんだけど、一つのまとまった記事にするまでの過程で疲れて、結局さらけ出す前に脳内で立ち消えてしまっている感じがする。

2026.8.18

 友達が家に来て、プラ版の作り方を教わった。めちゃ楽しかった! 人と一緒にクラフト作業をするの、めっちゃいいなーと思った。

 下は自作のプラ板。焼くとぎゅっと縮んで可愛くなる。左から順に、九尾狐(このブログのアイコン)、『論語』の一節、そして憲法九条ユニホーム(なんだそれは)。

 

(棋客)

森三樹三郎の研究カード

 森三樹三郎は、中国思想の研究者で、特に魏晋六朝時代の老荘思想の研究でその名を知られた人です。『六朝士大夫の精神』、『荘子』、『「名」と「恥」の文化』、『老荘と仏教』などの著作で知られています。

 この森三樹三郎が生前に書き溜めていた研究カードを、そのまま全部コピーしてまとめた本があります。深貝慈孝・若槻俊秀・橋本高勝の編集です。

森三樹三郎博士 中国中世研究資料カード集 | CiNii Research

 なかなか買える本ではないと思いますが、大学図書館には多く所蔵されています。私は学生時代、図書館を回っていてたまたまこの本と出会いました。

 15冊のシリーズで、しかも1冊が大きくてやたら重く、(物理的な意味で)使うのが難しいところもあるのですが、その内容には圧倒されます。漢代から南北朝時代ごろまでの、歴史・思想に関わる。研究者の地道な作業のそのものを丸ごと見ることができるのはとても貴重です。

 先日、久々に図書館でこの本を見かけて、改めてざっと一周見て、今の私の研究に役立ちそうなところをメモに取ってきました。

 せっかくなので、この研究カードで「経義による清談」(p.3636)というメモが付されている、『陳書』袁憲傳の話を紹介します。私訳を付けておきました。

『陳書』袁憲傳

 大同八年,武帝撰孔子正言章句,詔下國學,宣制旨義。憲時年十四,被召為國子正言生,謁祭酒到溉,溉目而送之,愛其神彩。在學一歲,國子博士周弘正謂憲父君正曰:「賢子今茲欲策試不?」君正曰:「經義猶淺,未敢令試。」居數日,君正遣門下客岑文豪與憲候弘正,會弘正將登講坐,弟子畢集,乃延憲入室,授之麈尾,令憲樹義。時謝岐、何妥在坐,弘正謂曰:「二賢雖窮奧賾,得無憚此後生耶!」何、謝於是遞起義端,深極理致,憲與往復數番,酬對閑敏。弘正謂妥曰:「恣卿所問,勿以童稚相期。」時學眾滿堂,觀者重沓,而憲神色自若,辯論有餘。弘正請起數難,終不能屈,因告文豪曰:「卿還咨袁吳郡,此郎已堪見代為博士矣。」

 大同八年(542年)、武帝が『孔子正言章句』を編纂した。国学(国立の学校)に詔勅を下し、その教義を宣布した(公定の講義を教えるようにした)。袁憲は、この時十四歳で、国子正言生(国学の学生)として招聘され、祭酒(校長)の到溉に謁見した。(謁見が終わると、)到溉は袁憲を見送り、その姿を惜しんだ。

 学校に入って一年経った時、国子博士(国学の教師)の周弘正が、袁憲の父(袁君正)に「あなたの子供に、いま策試(官吏登用試験)を受験させてはいかがか」と言った。父は「あの子はまだ経義の理解が浅いので、受験させるなんてことはしません」と言った。

 数日後、父は食客の岑文豪と袁憲を連れていき、周弘正に会わせた。その時、周弘正はちょうど講義の高座に登るところで、弟子たちが集まっていた。(周弘正は)なんと袁憲を教室に迎え入れて、麈尾を持たせて講義をさせた。この時、その場に謝岐と何妥が座っていて、周弘正は二人に向かって、「ご両人は奥義を極めているものの、この若者を畏れることになるでしょうね」と言った。そこで、謝岐と何妥は、順番に議論を始め、その内容は深遠な道理を極めていたが、袁憲は数回やり取りをし、その応対は冷静にして俊敏だった。周弘正は何妥に「なんでも質問したいことをしなさい。子供だからといって忖度するなよ」と言った。

 この時、学生が教室を満たしていて、見る人の靴が重なるほどであった。しかし袁憲は、泰然自若として、議論に余裕があった。周弘正も数回議論を起こしたが、最後まで袁憲を論破できなかった。そこで周弘正は岑文豪に「君が帰ったら、袁君正に相談してきなさい。この子は、もう博士の代わりを務めることができますよ」と言った。

 なかなか面白い話ですね。森三樹三郎は、これが「麈尾」(議論の話し手が持つ払子のこと)を用いる一種の清談でありながら、国学でなされて経義に関わるものであったことに注目しているようです。

 

 研究カードの数はとにかく膨大で、人によって注目するところは全然違うと思います。森三樹三郎というと思想の研究者という印象が強いですが、むしろ「選挙」や「経済」という見出し語のカードも非常に多くて、とにかく熱心に原典を読んでいたことがよく分かります。

 このシリーズの索引だけは、デジタルコレクションの個人送信で公開されているようです(閲覧には国会図書館のアカウントが必要です)。ここで出版の経緯などは読むことができます。

森三樹三郎博士中国中世研究資料カード集 索引 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 また、橋本高勝「故森三樹三郎先生の学問 : 学問研究と資料カード」(『中国研究集刊』」14、1994)にも資料カードの話が載っています。

https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/61052/

 

 先週書いたように、私もこの時代には珍しく「研究カード」をよく使っています。B6版のカードに、一トピックずつ、表題をつけてメモを取っていくことで、情報整理と検索性に優れた形で保管できるのが強みです。

 今は画面上で済ませてしまうことが多いと思いますが、やってみるとアナログ方式の強みも色々と感じられます。やったことがない方は、ものは試しでやってみるといい経験になるかもしれません。

(棋客)

アウトライナーのすすめ(&研究カードのすすめ)

 今回は、私なりの論文を書く方法についてまとめてみます。人文系の研究者、特に論文を書こうとしている学部生・院生に向けて書いていますが、ブログの記事や小説の執筆などにも役立つかもしれません。

 言いたいことは、文書作成ソフト(Word等)には使わずに、とにかく「アウトライナー」を使え、ということに尽きます。情報の整理から執筆まで、これ一つで済みます。

 アウトライナーとは、箇条書きで文章を打ち込んでいくことができる(逆に言うとそれしかできない)ソフトです。WorkFlowy、dynalisitなど、無料のソフトが多数提供されています。

 私は余計な機能が少ない「dynalist」を使っています。以下、使用例を載せてみます。

 

①原典の整理

 特定の原典から、論文に使えそうな部分をピックアップして整理したファイルはこんな感じ。Tabキーで階層を作ることができ、上下の移動・順番の入れ替えも一瞬でできます。

 

②日本語訳を加えつつ整理

 次の段階に進むと、日本語部分を増やしつつ、注釈に入れる内容も含めて整理していきます。dynalistは編集履歴が残らないのが弱点なので、逐一コピペで新しいファイルを作って作業することを心がけましょう。

 

③トピックによる分類

 このように、トピックや内容ごとに整理つつ、説明の文章を肉付けしていくと、自然とレポート・論文らしい形になっていきます。

 

④論文

 もちろん、原典だけではなく、先行研究の論文の内容をメモする時にも使えます。ページ数のメモを逐一取るようにしましょう。(後から当該論文を探し直さなくていいように。)

 

⑤情報整理・執筆

 上のように整理した状態から、下のような文章の形を作っていきます。

 できるだけアウトライナーで執筆し、Wordなどの文章作成ソフトは、最後に印刷したり、提出用に整形する時に使います。

 文章作成ソフトは、フォントやデザインなどの自由度が高い分、そこで神経を使って書くことに集中できない、という欠点があります。また文章がベタ打ちで入ってしまうので、整理にも向いていません。文章の前後の入れ替えもかなり面倒です(手書きよりははるかに楽ですが…)。

 アウトライナーは、文章整理に特化した形になっているので、余計な考えに頭のリソースを割くことなく、さくさく作業をできるのがよいところです。「昔自分がまとめていた材料を数年越しに見返す」みたいな場合にも、ベタ打ちの文章になっているよりはるかに便利です。

 人によって向き不向きはあると思いますが、Wordでしか書いたことがないという方は、一度試してみることをお勧めします。

 

⑥おまけ

 さて、アウトライナーを全力でお勧めしましたが、私はこれと「研究カード」を併用しています。このやり方で研究している人は、私と同世代では見たことがありません。私の先生の世代でも珍しいかもしれません。

 上の二つが具体的な情報を書いたカード、下の二つは文献情報を書いたカードです。(文献情報のカードを作って、番号を付けて、情報カードの下側に書いて、後から引用元が分かるようにします。)

 これも感覚はアウトライナーと同じで、メモをノートに取らずにカードに取ることで、整理しやすいし、見返しやすい、ということですね。

 私の場合、ある程度慣れてきた分野ではアウトライナーに書いていきますが、初めて学ぶ部分が多いところだと、研究カードをよく使います。国会図書館に行って、ある分野の研究書をまとめて読むとかによくカードを使っています。やっぱり、手を動かして、カードが貯まっていく感覚が、精神的に良い影響を与えてくれます。

 

 もっとも、私自身が最近新しい論文を書けておらず、説得力がないところはありますが……笑。

(棋客)