達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

朱子学陽明学勉強会用の資料集(中国思想史の勉強を進めるための基礎環境を作る)

〇データベース 中央研究院→十三経注疏(古注)・二十四史 電子化計画→諸子、宋学その他 寒泉→朱子語類・資治通鑑など cinii→日本語論文検索 〇辞書 souyun→漢語大辞典など古典語の辞書 国学大師→漢語大辞典など古典語の辞書 辞源→非常に優れた古典語の辞書(…

「曲礼」について(下)―『礼記目録後案』より

続きです。「曲禮」についての考察が進みます。 【第三節】 ①按「曲禮」之名見于《禮器》、曰「經禮三百、曲禮三千」、而《中庸》作「禮儀」「威儀」。鄭君以禮經為《周官》、曲禮為《儀禮》、蓋尊尚《周官》以成三《禮》之名。 然《周官》戦國之書、不成于…

「曲礼」について(上)―『礼記目録後案』より

『礼記』は経書の一つですが、成立過程が複雑であり、全体で体系だった書になっているというわけではありません。『礼記』を構成する四十九篇のなかには、祭祀に関する「祭法」「祭義」、喪服に関する「喪服小記」「服問」、子思学派の著作とされる「中庸」…

溝口雄三『方法としての中国』の読書案内(2)

今日も、溝口雄三『方法としての中国』(東京大学出版会、1989)の内容を紹介します。今回は第十章「ある反「洋務」―劉錫鴻の場合」を取り上げます。 劉錫鴻とは、字雲生、広東省の番偶県の人。清代の光緒の初め、初代駐英国大使の郭高森ともに、駐英副大使…

溝口雄三『方法としての中国』の読書案内

溝口雄三『方法としての中国』(東京大学出版会、1989)を読みました。非常に興味深い内容で、一般の方にも分かりやすく読めるものですので、少し紹介します。ちなみに、溝口氏の『中国の公と私』については、以前記事を書いたことがありますので、合わせて…

「余計な校勘」の一例

標点本というのは大変便利なものですが、句点が間違っていたり、字形を誤っていたり、脱字があったりするので注意が必要、というのは耳にたこができるぐらい言われているでしょうか。以前、字形と句点の誤りの具体例を示したことがあります。 今回は、「標点…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁、そして王念孫(5)

前回の続きです。 ここまで書いて少し先行研究を調べてみたところ、武秀成「段玉裁“二名不徧讳说”辨正」(『文献』2014年02期)に、他説も加えた上でかなり詳しく整理されていることに気が付きました。ぜひ、こちらもご参照ください。 段玉裁“二名不徧讳说”…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(4)

続きです。 且千里又云「偏者、唐律謂之偏犯。『疏義』云、偏犯者、謂複名單犯、不坐。」 愚按、此「奏事犯諱」條、「二名偏犯不坐」、自是唐人語、用禮「不徧諱」之意、而非用禮之「偏諱」字。如千里説、「偏犯」卽禮之「偏諱」、然則經云「不可偏諱一字」…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(3)

今回は、前回紹介した顧説に猛反対した段玉裁の説を整理しておきましょう。長いので、少しずつ切りながら見ていきます。 段玉裁『經韵樓集』巻十一・二名不徧諱説 曲禮曰「不諱嫌名、二名不徧諱。」各本徧作偏。今按、以徧爲是。注曰「嫌名謂音聲相近、若禹…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(2)

今回は、顧千里説を整理しておきましょう。 ざっと経緯を整理しておくと、『十三経注疏校勘記』の原稿の完成は嘉慶十一年、張敦仁が宋撫州本『礼記』を影印し顧千里によって『考異』が書かれたのも同年、段玉裁の反論が嘉慶十二年の書簡です。 まず、課題の…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(1)

顧廣圻(字は千里、1766-1835)は、清朝考証学を代表する文献学者の一人です。段玉裁(1735-1815)に激賞され、『十三経注疏校勘記』の作成などに従事し、『説文解字注』の校勘者としても名前が見えています。 しかし、顧千里と段玉裁はいくつかの学説を巡っ…

吉野町・東吉野村に行ってきました

本ブログの中の人の一人が住んでいる奈良の奥地を。研究室のメンバー数名で訪れました。自然豊かなとても良いところでした。写真を残しておきます。 桜のシーズンはあと一~二週間後ということでまだ一分咲き程度でしたが、たまに満開の木もありました。不思…

余嘉錫『四庫提要辨證』について

前回まで、余嘉錫(1884-1956)の『四庫提要辨證』という本を読んできました。概説の記事を書いていなかったので、簡単に紹介しておきます。 余嘉錫に関する基本的な情報(年表、目録、交友録、逸話など)は、ウェブサイト「中国近代文献学―余嘉錫の総合的研…

『後漢書』の来歴(2)

前回の続きです。『後漢書』に関して、余嘉錫『四庫提要辨證』の説を見ていきましょう。 『四庫提要辨證』史部一・後漢書一百二十卷 ①嘉錫案,『梁書』劉昭傳云「昭集後漢同異,注范曄書,世稱博悉。出爲剡令,卒官。集注後漢一百八十卷。」不言曾注司馬彪志…

『後漢書』の来歴(1)

今回は、余嘉錫『四庫提要辨證』史部一の『後漢書』の条を読んでみようと思います。余嘉錫に導かれながら、『後漢書』の複雑な来歴を整理してみようという算段です。 『四庫提要辨證』は、『四庫全書総目提要(四庫提要)』の各条に対して補訂を加えたもので…

「禜祭」について(4)

禜祭について、第四回です。 孫詒讓『周禮正義』黨正に引かれる金鶚の説は、もと金鶚『求古録禮説』卷六の「禜祭考」に載せられているものです。 これは、その名の通り「禜祭」の専論です。「最初にこれを読みなさい」と言われそうですが、私は『周禮正義』…

「禜祭」について(3)

「禜祭」について、第三回です。 まず、『周禮』鬯人から。鬯人は、祭祀の際に用いる酒やその酒器を掌る官です。前回同様、孫詒譲『周禮正義』を見ていきます。 『周禮正義』春官・鬯人 〔經〕鬯人掌共秬鬯而飾之。凡祭祀、社壝用大罍、禜門用瓢齎、廟用脩、…

「禜祭」について(2)

「禜祭」について。前回の続きです。 段注の最後に「『周禮』注引・・・」とありました。ということは、『周禮』に関連する記載があるということです。実際、調べてみると、禜祭の記載は『周禮』の中に数ヶ所あります。 「経学とは礼学である」というのはよ…

「禜祭」について(1)

以前棚上げにしておいた、「禜祭」について整理してみました。こういうことを調べる時にはどのようにするのか、参考までにご覧ください(あくまで現時点での私の方法ですが)。全四回の記事で、『説文解字注』『周禮正義』『求古録禮説』などを扱いました。 …

溝口雄三『中国の公と私』

溝口雄三『中国の公と私』(研文出版、1995)を読みました。折角ですので、冒頭部分だけ紹介しておきます。 この本は、中国(特に宋代以降)における「公」と「私」の概念について、その源流から近代に至る展開を描いたものです。特に、日本における「おおや…

とある最近の本について

最近発売された山口謠司『唐代通行『尚書』の研究』が大学の図書館に入っていました。 個人的に興味のあった、第二章・第五節の「『群書治要』所引『尚書』攷」のうち、舜典について調査した部分から、「p.122、p.123」の六つの条だけを見てみました。ここは…

齋木哲郎『後漢の儒学と『春秋』』について(2)

前回紹介した鄭玄『發墨守』『鍼膏肓』『起廢疾』は現存しない佚書であり、様々な輯佚書が作られています。 仮に『増訂四庫簡明目録標注』によって挙げておくと、漢魏叢書本、藝海珠塵本、問經堂叢書本、范述祖本、孔廣森『通德遺書所見録』本、袁鈞『鄭氏佚…

齋木哲郎『後漢の儒学と『春秋』』について(1)

最近、斎木哲郎『後漢の儒学と『春秋』』(汲古書院、2018)の第六章「鄭玄と何休の『春秋』論争」を読んでいたところ、色々と気になる記述にぶつかりました。そのうちの一部をご紹介します。鄭玄の文を読むのは非常に難しく、あまり自信はないのですが…。 …

北京・天津旅行⑳(最終回)―反省会

北京・天津旅行のレポートを長々と更新してきましたが、一通り写真を載せ終わりました。まだ残っているものもあるのでまた更新するかもしれませんが、一旦最終回ということにしておきます。 「北京に長く滞在しておいて、そこ行ってないんかい!」というツッ…

北京・天津旅行⑲―天津ぶらり散歩

第十九回。天津編の余った写真を上げておきます。 あちこちにさりげなく綺麗なスポットがあります。結婚式の写真撮影らしい方々が映っていますね。 こんな感じの建物があちこちにあります。

北京・天津旅行⑱―天津の五大道

第十八回。今日から天津編です。とはいっても、天津には半日しか滞在していないので、すぐに終わります。 まず、天津の「五大道文化旅游」と呼ばれる地区を散策しましたので、その街並みをご紹介します。地下鉄「小白楼」駅を降りてすぐ。 北京とは全く風景…

岩本憲司『春秋学用語集 三編』について

先日、久々に論文読書会を開き、後輩の学部生の担当で池田秀三「訓詁の虚と実」を読みました。その関係で、下調べとして岩本憲司『春秋学用語集 三編』(汲古書院、2014)の「無寧」の項目を見たのですが、少し気になる記述を見つけたのでメモしておきます。…

野間文史『春秋左傳正義譯注』第五冊について(4)

前日の続きです。今回は気になる点というより、わからなかった点という内容です。 第十二条 〔傳〕由是觀之、則臺駘汾神也。抑此二者、不及君身。山川之神、則水旱癘疫之災、於是乎禜之。 〔杜注〕有水旱之災、則禜祭山川之神若臺駘者。周禮四曰禜祭。為營攅…

野間文史『春秋左傳正義譯注』第五冊について(3)

野間文史『春秋左傳正義譯注』第五冊のメモ。ここも巻四十一、昭公元年のところです。 第九条 前回の最後の疏文の続きです。 「離」之為「陳」、雖無正訓、兩人一左一右、相離而行、故稱「離衞」、「離」亦「陳」之義。 「離」を「陳」と見なすのは、正訓が…

野間文史『春秋左傳正義譯注』第五冊について(2)

野間文史『春秋左傳正義譯注』第五冊のメモの続き。ここも巻四十一、昭公元年です。 第五条 〔傳〕叔出季處、有自來矣。吾又誰怨。 〔杜注〕季孫守國、叔孫出使、所從來久。今遇此戮、無所怨也。 〔疏〕正義曰、歷檢上世以來季孫出使、不少於叔孫、而云「叔…