達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

考証学

東房・室・西房(2):礼学の議論の一例

前回の続きです。ここまでの説を整理すると以下です。 鄭玄説:卿大夫以下の場合、西室・東房の二部屋。 陳祥道説:卿大夫以下も、天子諸侯と同様に、西房・室・東房の三部屋。 この説の相違について質問した萬斯同に対する、黄宗羲の答えが以下。 ・黄宗羲…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁、そして王念孫(5)

前回の続きです。 ここまで書いて少し先行研究を調べてみたところ、武秀成「段玉裁“二名不徧讳说”辨正」(『文献』2014年02期)に、他説も加えた上でかなり詳しく整理されていることに気が付きました。ぜひ、こちらもご参照ください。 段玉裁“二名不徧讳说”…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(4)

続きです。前回はこちら。 且千里又云「偏者、唐律謂之偏犯。『疏義』云、偏犯者、謂複名單犯、不坐。」 愚按、此「奏事犯諱」條、「二名偏犯不坐」、自是唐人語、用禮「不徧諱」之意、而非用禮之「偏諱」字。如千里説、「偏犯」卽禮之「偏諱」、然則經云「…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(3)

今回は、前回紹介した顧説に猛反対した段玉裁の説を整理しておきましょう。長いので、少しずつ切りながら見ていきます。 段玉裁『經韵樓集』巻十一・二名不徧諱説 曲禮曰「不諱嫌名、二名不徧諱。」各本徧作偏。今按、以徧爲是。注曰「嫌名謂音聲相近、若禹…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(2)

第1回はこちら 今回は、顧千里説を整理しておきましょう。 ざっと経緯を整理しておくと、『十三経注疏校勘記』の原稿の完成は嘉慶十一年、張敦仁が宋撫州本『礼記』を影印し顧千里によって『考異』が書かれたのも同年、段玉裁の反論が嘉慶十二年の書簡です。…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(1)

顧廣圻(字は千里、1766-1835)は、清朝考証学を代表する文献学者の一人です。段玉裁(1735-1815)に激賞され、『十三経注疏校勘記』の作成などに従事し、『説文解字注』の校勘者としても名前が見えています。 しかし、顧千里と段玉裁はいくつかの学説を巡っ…

『後漢書』の来歴(2)

前回の続きです。『後漢書』に関して、余嘉錫『四庫提要辨證』の説を見ていきましょう。 『四庫提要辨證』史部一・後漢書一百二十卷 ①嘉錫案,『梁書』劉昭傳云「昭集後漢同異,注范曄書,世稱博悉。出爲剡令,卒官。集注後漢一百八十卷。」不言曾注司馬彪志…

『後漢書』の来歴(1)

今回は、余嘉錫『四庫提要辨證』史部一の『後漢書』の条を読んでみようと思います。余嘉錫に導かれながら、『後漢書』の複雑な来歴を整理してみようという算段です。 『四庫提要辨證』は、『四庫全書総目提要(四庫提要)』の各条に対して補訂を加えたもので…

「禜祭」について(4)

禜祭について、第四回です。第三回はこちら。 孫詒讓『周禮正義』黨正に引かれる金鶚の説は、もと金鶚『求古録禮説』卷六の「禜祭考」に載せられているものです。 これは、その名の通り「禜祭」の専論です。「最初にこれを読みなさい」と言われそうですが、…

「禜祭」について(3)

「禜祭」について、第三回です。前回はこちら。 まず、『周禮』鬯人から。鬯人は、祭祀の際に用いる酒やその酒器を掌る官です。前回同様、孫詒譲『周禮正義』を見ていきます。 『周禮正義』春官・鬯人 〔經〕鬯人掌共秬鬯而飾之。凡祭祀、社壝用大罍、禜門用…

「禜祭」について(2)

「禜祭」について。前回の続きです。 段注の最後に「『周禮』注引・・・」とありました。ということは、『周禮』に関連する記載があるということです。実際、調べてみると、禜祭の記載は『周禮』の中に数ヶ所あります。 「経学とは礼学である」というのはよ…

「禜祭」について(1)

以前棚上げにしておいた、「禜祭」について整理してみました。こういうことを調べる時にはどのようにするのか、参考までにご覧ください(あくまで現時点での私の方法ですが)。全四回の記事で、『説文解字注』『周禮正義』『求古録禮説』などを扱いました。 …

齋木哲郎『後漢の儒学と『春秋』』について(2)

前回紹介した鄭玄『發墨守』『鍼膏肓』『起廢疾』は現存しない佚書であり、様々な輯佚書が作られています。 仮に『増訂四庫簡明目録標注』によって挙げておくと、漢魏叢書本、藝海珠塵本、問經堂叢書本、范述祖本、孔廣森『通德遺書所見録』本、袁鈞『鄭氏佚…

岩本憲司『春秋学用語集 三編』について

先日、久々に論文読書会を開き、後輩の学部生の担当で池田秀三「訓詁の虚と実」を読みました。その関係で、下調べとして岩本憲司『春秋学用語集 三編』(汲古書院、2014)の「無寧」の項目を見たのですが、少し気になる記述を見つけたのでメモしておきます。…

宋人之改竄《經典釋文》

久々に、専門的な内容で書いてみます。『尚書』の以下の一節について。 『尚書』益稷(阮元本・巻五・四葉裏) 予欲觀古人之象、日月星辰山龍華蟲、作會。宗彝藻火粉米黼黻、絺繡。 句点の区切り方は諸説あるようです。本題にこの内容はあまり関わらないので…

考証学読書会(4)―『經義述聞』第一・周易上

前回の続き。以下は全て王引之の書いたところです。 引之謹案、用者、施行也。【原注:『説文』「用、可施行也。」】「勿用」者、無所施行也。文言曰「潛之為言也、隱而未見、行而未成、是以君子非用也。」正謂君子不施行也。孔穎達『正義』曰「聖人雖有龍德…

考証学読書会(3)―『經義述聞』第一・周易上

先日、中国に行って参りました。その訪問記を現在執筆中ですが、まだ完成していないので、とりあえず最近読書会で読み進めた文章をそのまま載せておきます。ちなみに、読書会は外部の方を交えて夏休みの間に開催しておりました。 以下の記事に引き続き、王引…

『説文解字』公開画像データ一覧

※本記事の修正版を書きましたので、今後はそちらをご参照ください!!!(2019/12/9) chutetsu.hateblo.jp 以前、『説文解字』に関して、このような記事を書きました。 chutetsu.hateblo.jp この記事でも少し触れましたが、『説文解字』の版本の変遷という…

頼惟勤『説文入門』を読む(二)

前回の続きです。 『説文解字注』一篇上 一、惟初大極、道立於一、造分天地、化成萬物。 前回書いたように、『説文入門』での結論は「唐石經・岳本・釋文所據など、『易』として古い系統のものは「太」でなく「大」であるから、段氏は「大」の字を用いたのだ…

頼惟勤『説文入門』を読む(一)

『説文解字』並びに段玉裁『説文解字注』に関する、“高度に学術的な入門書”(語義矛盾にあらず)といえば、頼惟勤先生の監修にかかる『説文入門』(大修館書店、1983年)が有名です。参照→『説文入門』 | 学退筆談 本書の第三章「段注の実際」の第三節は「段…

銭大昕「與段若膺論尚書書」について

最近、訳あって銭大昕「與段若膺論尚書書」を読んでいます。これは銭大昕が段玉裁と『尚書』に関して議論を交わした書簡であるということで考証学史において重要であると同時に、内容自体もなかなか興味深い書簡です。 もとは、四部叢刊本『潜研堂文集』で読…

句読の難―『困学紀聞』と『尚書大伝』(下)

前回の続きです。 回りくどい話をしてきましたが、ここで登場するのが、丁杰(乾隆3年-嘉慶12年、1738-1807)です。まずは伝記資料から、彼の功績を確認してみましょう。 『文獻徵存録』卷七 丁杰、字升衢、歸安人。少以清苦建志、家貧不能得書。日就書肆中…

句読の難―『困学紀聞』と『尚書大伝』(上)

以前、「考証学における学説の批判と継承」と題して、『尚書』のある一条を題材に取り、考証学者たちの学説の変化を追ってみました(全五回)。この調査は、環境さえ整っていればそれほど難しいものではないのですが、なかなか興味深い結果が出てくることも…

考証学読書会(2)―阮元「王伯申經義述聞序」下

前回の続き。 嘉慶二十年、南昌盧氏宣旬讀其書而慕之。旣而伯申又從京師以手訂全帙寄余。余授之盧氏。盧氏於刻『十三經注疏』之暇、付之刻工。伯申亦請余言序之。 王引之による『経義述聞』の自叙の執筆は、嘉慶2年(1797年、王引之32歳)の時ですが、 阮元…

考証学読書会(1)―阮元「王伯申經義述聞序」上

暫く休止状態にあった漢文読書会を再開いたしました!(参加者募集中です)。 今年は、考証学者の文章を中心に読み進めることにいたします。折角の機会ですので、時間が取れる限りは、復習を兼ねて読んだ部分を振り返ってみることにします。 今回読んだのは…

盧文弨と疏・経典釈文の単行説(補遺)

前回の記事について、有志の方より、「『経典釈文』の単行については、清初の頃から知られていたのではないか」とコメントを頂きました。少し調べてみたところ、あくまで一例ですが、以下のような言及例がありました。 顧炎武『亭林文集』巻二 音學五書後序 …

盧文弨と疏・経典釈文の単行説

現在は経・注・疏が合刻された形で見ることの多い「十三経注疏」ですが、かつては「疏」は単行していたことがよく知られています。一般に「単疏本」と呼称される形態です。 では、清朝考証学者の間で、この「疏の単行」を最初に取り上げたのは誰だったのかと…

阮元「塔性説」―仏典の漢訳にまつわる話

自宅のプリント整理に勤しんでいたところ、数年前に大学の演習で阮元「性命古訓」を扱った関係で、少しだけ自力で読んでいた阮元「塔性説」のコピーが出てきました*1。少し調べてみると、王國維『靜庵詩文集』にも少し言及がある文章のようです。 論旨が明快…

内容が良ければそれで良いのか?―閻若璩『尚書古文疏證』より

読書会で議論のあった部分から。閻若璩『尚書古文疏證』より。 『尚書古文疏證』巻二 第十七 或又曰「晚出之書、其文辭格制、誠與伏生不類、兼多脫漏、亦復可疑。然其理則粹然一出於正、無復有駁雜之譏、子何不過而存之乎。」 余曰「似是而非者、孔子之所惡…

考証学における学説の批判と継承(5)

前回の続きです。問題となる疏文を再度掲げておきます。 『尚書』堯典(阮元本『尚書注疏』卷二 三葉上) (疏)以庸生賈馬之等、惟傳孔學經文三十三篇、故鄭與三家同以爲古文、而鄭承其後、所註皆同賈逵馬融之學、題曰古文尚書、篇與夏侯等同。而經字多異、…