達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

考証学

「時勢」という考え方(2)

前回、汪暉著・石井剛訳『近代中国思想の生成』(岩波書店、2011)に導かれて、「時勢」という考え方を紹介しました。今回は、渡邉大「章学誠の著述観(上)」(『文学部紀要』30(2)、2017、文教大学)を用いて、この「時勢」観念をよく用いていた章学誠の議…

「時勢」という考え方(1)

汪暉著・石井剛訳『近代中国思想の生成』(岩波書店、2011)の序論・第三節「天理/公理と歴史」に、「時勢」概念について要領よくまとまっており、分かりやすかったのでご紹介します。以下、p.119~125の内容を整理したものです。一部、私の言葉を加えて説…

章学誠と劉咸炘

最近よく取り上げている章学誠について、まだまだ読んでいきましょう。 章学誠(1738~1801)は、生前にはその学問は今一つ理解されず(というよりそもそも読者がおらず)、後になってから読者を獲得し、一躍脚光を浴びた学者です。その経緯は、井上進「六経…

章学誠と王應麟

前回まで、王應麟『困学紀聞』について紹介してきました。清朝考証学の先駆け的著作とされる本著ですから、逆に、考証学的な風気に一言物申したい学者からは、よくやり玉に挙げられる本でもあります。というわけで、今回は、章学誠の王應麟評を観ていくこと…

王応麟『困学紀聞』について(2)

前回の続き。王応麟『困学紀聞』の版本について整理していきましょう。 ある漢籍の代表的な版本について知りたいときには、色々な調べ方がありますが、莫友芝撰、傅增湘訂補『藏園訂補邵亭知見傳本書目』を見るのは一つの方法です。とりあえず、下に抜粋して…

王応麟『困学紀聞』について(1)

いま、大学の演習で『困学紀聞』を読み進めています。折角ですので、この本についての概要(今回)と、版本について(次回)まとめておきます。 まず、「四庫提要」の『困学紀聞』の条を読んでおきましょう(一部省略してます)。なお「四庫提要」の全文は、…

洪誠『訓詁学講義』より(4)

今回も、洪誠(森賀一恵・橋本秀美訳)『訓詁学講義―中国古語の読み方 (中国古典文献学・基礎篇)』(アルヒーフ、2004)から、気になる条を取り上げていきます。今日は、第四章「注を読む」の「二、文字の読みかえと校正の方式」から、「段玉裁の想定した…

洪誠『訓詁学講義』より(2)

前回に引き続き、洪誠(森賀一恵・橋本秀美訳)『訓詁学講義―中国古語の読み方 (中国古典文献学・基礎篇)』(アルヒーフ、2004)から、気になる条を取り上げていきます。 今回は、第三章「閲読に必要とされる基本原則」第七節「構文規則」のうち、「五、古…

『十三經注疏校勘記』についての研究概略

最近、『十三經注疏校勘記』に関する過去の研究を整理する機会があったので、合わせてここに残しておきます。粗雑なものですので、あくまで参考程度に。 阮元らによって作られた『十三經注疏校勘記』は、経書を読む際に必携の書とされています。長い伝来の間…

濱口富士雄「戴震と王引之の同条二義の訓詁」

論文読書会にて、濱口富士雄『清朝考拠学の思想史的研究』(国書刊行会、1994)の「戴震と王引之の同条二義の訓詁」を読みました。 テーマは『爾雅』の以下の一条。 『爾雅』釋詁 台、朕、賚、畀、卜、陽、予也。 「台」、「朕」、「賚」、「畀」、「卜」、…

東房・室・西房(2):礼学の議論の一例

前回の続きです。ここまでの説を整理すると以下です。 鄭玄説:卿大夫以下の場合、西室・東房の二部屋。 陳祥道説:卿大夫以下も、天子諸侯と同様に、西房・室・東房の三部屋。 この説の相違について質問した萬斯同に対する、黄宗羲の答えが以下。 ・黄宗羲…

「余計な校勘」の一例

標点本というのは大変便利なものですが、句点が間違っていたり、字形を誤っていたり、脱字があったりするので注意が必要、というのは耳にたこができるぐらい言われているでしょうか。以前、字形と句点の誤りの具体例を示したことがあります。 今回は、「標点…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁、そして王念孫(5)

前回の続きです。 ここまで書いて少し先行研究を調べてみたところ、武秀成「段玉裁“二名不徧讳说”辨正」(『文献』2014年02期)に、他説も加えた上でかなり詳しく整理されていることに気が付きました。ぜひ、こちらもご参照ください。 段玉裁“二名不徧讳说”…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(4)

続きです。前回はこちら。 且千里又云「偏者、唐律謂之偏犯。『疏義』云、偏犯者、謂複名單犯、不坐。」 愚按、此「奏事犯諱」條、「二名偏犯不坐」、自是唐人語、用禮「不徧諱」之意、而非用禮之「偏諱」字。如千里説、「偏犯」卽禮之「偏諱」、然則經云「…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(3)

今回は、前回紹介した顧説に猛反対した段玉裁の説を整理しておきましょう。長いので、少しずつ切りながら見ていきます。 段玉裁『經韵樓集』巻十一・二名不徧諱説 曲禮曰「不諱嫌名、二名不徧諱。」各本徧作偏。今按、以徧爲是。注曰「嫌名謂音聲相近、若禹…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(2)

第1回はこちら 今回は、顧千里説を整理しておきましょう。 ざっと経緯を整理しておくと、『十三経注疏校勘記』の原稿の完成は嘉慶十一年、張敦仁が宋撫州本『礼記』を影印し顧千里によって『考異』が書かれたのも同年、段玉裁の反論が嘉慶十二年の書簡です。…

顧千里『撫本禮記鄭注考異』と段玉裁(1)

顧廣圻(字は千里、1766-1835)は、清朝考証学を代表する文献学者の一人です。段玉裁(1735-1815)に激賞され、『十三経注疏校勘記』の作成などに従事し、『説文解字注』の校勘者としても名前が見えています。 しかし、顧千里と段玉裁はいくつかの学説を巡っ…

『後漢書』の来歴(2)

前回の続きです。『後漢書』に関して、余嘉錫『四庫提要辨證』の説を見ていきましょう。 『四庫提要辨證』史部一・後漢書一百二十卷 ①嘉錫案,『梁書』劉昭傳云「昭集後漢同異,注范曄書,世稱博悉。出爲剡令,卒官。集注後漢一百八十卷。」不言曾注司馬彪志…

『後漢書』の来歴(1)

今回は、余嘉錫『四庫提要辨證』史部一の『後漢書』の条を読んでみようと思います。余嘉錫に導かれながら、『後漢書』の複雑な来歴を整理してみようという算段です。 『四庫提要辨證』は、『四庫全書総目提要(四庫提要)』の各条に対して補訂を加えたもので…

「禜祭」について(4)

禜祭について、第四回です。第三回はこちら。 孫詒讓『周禮正義』黨正に引かれる金鶚の説は、もと金鶚『求古録禮説』卷六の「禜祭考」に載せられているものです。 これは、その名の通り「禜祭」の専論です。「最初にこれを読みなさい」と言われそうですが、…

「禜祭」について(3)

「禜祭」について、第三回です。前回はこちら。 まず、『周禮』鬯人から。鬯人は、祭祀の際に用いる酒やその酒器を掌る官です。前回同様、孫詒譲『周禮正義』を見ていきます。 『周禮』春官・鬯人 〔經〕鬯人掌共秬鬯而飾之。凡祭祀、社壝用大罍、禜門用瓢齎…

「禜祭」について(2)

「禜祭」について。前回の続きです。 段注の最後に「『周禮』注引・・・」とありました。ということは、『周禮』に関連する記載があるということです。実際、調べてみると、禜祭の記載は『周禮』の中に数ヶ所あります。 「経学とは礼学である」というのはよ…

「禜祭」について(1)

以前棚上げにしておいた、「禜祭」について整理してみました。こういうことを調べる時にはどのようにするのか、参考までにご覧ください(あくまで現時点での私の方法ですが)。全四回の記事で、『説文解字注』『周禮正義』『求古録禮説』などを扱いました。 …

齋木哲郎『後漢の儒学と『春秋』』について(2)

前回紹介した鄭玄『發墨守』『鍼膏肓』『起廢疾』は現存しない佚書であり、様々な輯佚書が作られています。 仮に『増訂四庫簡明目録標注』によって挙げておくと、漢魏叢書本、藝海珠塵本、問經堂叢書本、范述祖本、孔廣森『通德遺書所見録』本、袁鈞『鄭氏佚…

岩本憲司『春秋学用語集 三編』について

先日、久々に論文読書会を開き、後輩の学部生の担当で池田秀三「訓詁の虚と実」を読みました。その関係で、下調べとして岩本憲司『春秋学用語集 三編』(汲古書院、2014)の「無寧」の項目を見たのですが、少し気になる記述を見つけたのでメモしておきます。…

『説文解字』公開画像データ一覧【改】

以前、『説文解字』公開画像データの一覧を整理しました。 chutetsu.hateblo.jp この後、多くの方よりコメントを頂き、色々と修正が必要なことが明らかになりました(コメント、本当にありがとうございます)。というわけで、今回はその修正版です。あくまで…

宋人之改竄《經典釋文》

久々に、専門的な内容で書いてみます。『尚書』の以下の一節について。 『尚書』益稷(阮元本・巻五・四葉裏) 予欲觀古人之象、日月星辰山龍華蟲、作會。宗彝藻火粉米黼黻、絺繡。 句点の区切り方は諸説あるようです。本題にこの内容はあまり関わらないので…

考証学読書会(4)―『經義述聞』第一・周易上

前回の続き。以下は全て王引之の書いたところです。 引之謹案、用者、施行也。【原注:『説文』「用、可施行也。」】「勿用」者、無所施行也。文言曰「潛之為言也、隱而未見、行而未成、是以君子非用也。」正謂君子不施行也。孔穎達『正義』曰「聖人雖有龍德…

考証学読書会(3)―『經義述聞』第一・周易上

先日、中国に行って参りました。その訪問記を現在執筆中ですが、まだ完成していないので、とりあえず最近読書会で読み進めた文章をそのまま載せておきます。ちなみに、読書会は外部の方を交えて夏休みの間に開催しておりました。 以下の記事に引き続き、王引…

『説文解字』公開画像データ一覧

※本記事の修正版を書きましたので、今後はそちらをご参照ください!!!(2019/12/9) chutetsu.hateblo.jp 以前、『説文解字』に関して、このような記事を書きました。 chutetsu.hateblo.jp この記事でも少し触れましたが、『説文解字』の版本の変遷という…