達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

フェミニズム

自分の研究の今後の方向性を考える(6):工藤万里江『クィア神学の挑戦』から

前回に引き続き、工藤万里江『クィア神学の挑戦』を読んで、自分の研究に引き付けられるところがあるか考えていく。今回は、第四章「下品な神学――マルセラ・アルトハウス=リード」をまとめてみる。 アルトハウス=リードがいう「下品な神学」とは何か。その…

自分の研究の今後の方向性を考える(5):工藤万里江『クィア神学の挑戦』から

最近、工藤万里江『クィア神学の挑戦―クィア、フェミニズム、キリスト教』(新教出版社、2022)を読んでいて、自分の研究と絡めて考えたことがあるので、少しだけメモしておく。まず、第一章「クィア神学の歴史と課題」の第三節「クィア神学とフェミニスト神…

Wikipedia執筆録(8)

今月も、博論の校正作業の合間に、過去に準備していたWikipediaの記事をいくつか完成までもっていきました。 ジェンダー・トラブル - Wikipedia新規立項です。「新着記事」「良質な記事」に選出されました。フェミニズム・クィア関連の思想書の記事が、日本…

藤高和輝『バトラー入門』についての(熱を込めた)感想

藤高和輝『バトラー入門』(筑摩書房、2024)を読んだ。ちなみに藤高さんの文章は、以前別のものを紹介したことがある。 藤高和輝「パスの現象学―トランスジェンダーと「眼差し」の問題」 - 達而録 私は、バトラーの『ジェンダー・トラブル』で論じられてい…

江原由美子「『差別の論理』とその批判―『差異』は『差別』の根拠ではない」(4)

前回の続き。江原由美子「『差別の論理』とその批判―『差異』は『差別』の根拠ではない」(『増補 女性解放という思想』ちくま学芸文庫、2021)、今回はp.137-153を読んでいく。 〈差別の論理の不当性〉 以上をまとめると、「反差別言説の困難さ」は、「差別…

江原由美子「『差別の論理』とその批判―『差異』は『差別』の根拠ではない」(3)

前回の続き。江原由美子「『差別の論理』とその批判―『差異』は『差別』の根拠ではない」(『増補 女性解放という思想』ちくま学芸文庫、2021)、今回はp.128-137を読んでいく。 〈差異は差別の根拠ではない〉 差異の内容に詳しく立ち入って論じることは、「…

江原由美子「『差別の論理』とその批判―『差異』は『差別』の根拠ではない」(2)

江原由美子「『差別の論理』とその批判―『差異』は『差別』の根拠ではない」(『増補 女性解放という思想』ちくま学芸文庫、2021)、今回はp.122-128を読んでいく。 ※前回→江原由美子「『差別の論理』とその批判―『差異』は『差別』の根拠ではない」(1) - 達…

江原由美子「『差別の論理』とその批判―『差異』は『差別』の根拠ではない」(1)

江原由美子「『差別の論理』とその批判―『差異』は『差別』の根拠ではない」(『増補 女性解放という思想』ちくま学芸文庫、2021、初出1985)を読んだ。本著は、そもそも「差別」とは何かということを論じる論文で、流れるような緻密な論理展開から、「差別…

小松原織香『性暴力と修復的司法:対話の先にあるもの』(2)

前回に続いて、小松原織香『性暴力と修復的司法:対話の先にあるもの』を読み進めていく。今回は、第三章「「対話する主体」と性暴力」を中心に紹介していく(p.97-)。論旨としては、性暴力被害者は「語る主体」になることで、回復する主体・告発する主体・…

小松原織香『性暴力と修復的司法:対話の先にあるもの』(1)

小松原織香『性暴力と修復的司法:対話の先にあるもの』(成文堂、2017)を読んだので、概要の紹介と自分の感想を書く。小松原さんの本は、他に『当事者は嘘をつく』(筑摩書房、2022)を読んだことがある。『性暴力と修復的司法』はアカデミックな書体で書…

山家悠平『生き延びるための女性史』(2)

前回に続いて、山家悠平『生き延びるための女性史』の内容を紹介していく。今回は第四章と第五章の感想を書く。 第四章「遊郭のなかの「新しい女」」 青鞜社の女性たちは、「新しい女」という揶揄を肯定的な意味で自ら積極的に名乗るようになったが、それと…

山家悠平『生き延びるための女性史―遊郭に響く〈声〉をたどって』(1)

山家悠平『生き延びるための女性史―遊郭に響く〈声〉をたどって』(青土社、2023)を読んだ。殺気迫る珠玉の論考の数々で、まさに「生き延びるため」に書かれた本、言い換えれば、言葉を綴らなければ社会に殺されると実感している人の叫びが、ひしひしと伝わ…

この灯は、消しちゃあいけねえ~岡田索雲『ようきなやつら』

先日、岡田索雲『ある人』の感想を書いた。単行本の『ようきなやつら』も買って読んだので、今日はこの本について考えたことを書いていきたい。短編集で、『東京鎖鎌』『忍耐サトリくん』『川血』『猫欠』『峯落』『追燈』『ようきなやつら』の全七作が収録…

『エトセトラ』vol.10 男性学特集号の感想(2)~仲芦達矢「ノイジー・マスキュリティ」

前回の続き。フェミマガジン『エトセトラ』の「特集:男性学」号(vol.10)を読んでの感想を記す。今回は、特に仲芦達矢「ノイジー・マスキュリティ」を取り上げる。 前回、『エトセトラ』の「特集:男性学」号の全体について説明した。前回示した通り、全体…

『エトセトラ』vol.10 男性学特集号の感想(1)

遅れ馳せながら、フェミマガジン『エトセトラ』の「特集:男性学」号(vol.10)を読んだ。同誌はこれまでに「特集:くぐりぬけて見つけた場所」(vol.7)を読んだことがあって、とても面白かったのを覚えている。 今号も、掲載されている論考はどれもとても…

藤高和輝「パスの現象学―トランスジェンダーと「眼差し」の問題」

今回は、藤高和輝「パスの現象学―トランスジェンダーと「眼差し」の問題」(『フェミニスト現象学』ナカニシヤ出版、2023)を取り上げます。「現象学」が冠される本を読むのは初めてでしたが、専門知識が無くても読めるように工夫されていて、私にも分かりや…

Diffの記事を書きました

Diffの記事を書いたのでお知らせしておきます。 diff.wikimedia.org Diffとは、Wikimedia(Wikipediaを含む)に関連する記事を掲載するメディアです。 私はWikipediaの編集に継続的に取り組んでおり、Wikipedia関係の記事はDiffにアップしていこうと思います…

光本順「クィア考古学の可能性」

光本順「クィア考古学の可能性」(『論叢クィア』第2号、2009)を読みました。一つの学問の指針を知ることができるよい論文でした。簡単にまとめておきます。 「クィア考古学」とは耳慣れない言葉かもしれませんが、第三波フェミニズムを受けてフェミニスト…

文フリで買った本③―『MagazineF』と『From the Hell Magazine』

文フリで買った本の感想を書く記事の続きです。今回は、「四面楚歌系クィアメディア」を名乗る『MagazineF』vol.1, 2(竹輪書房)と、文乃(Ayano)さんの『From the Hell Magazine』vol.1, 2から。 なお、二つの文章は、全く同じ話をしているというわけでは…

読書の秋に読んだ本

秋と言いながら、急に暑くなる日があって困りますね。とはいえ大分涼しくなってきたので、たまに散歩に出かけて講演で本を読んだりしています。最近読んだ本の一部を簡単にご紹介。 中村一成『ウトロ ここで生き、ここで死ぬ』戦前から朝鮮人が多く在住して…

ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル:フェミニズムとアイデンティティの攪乱』(3)

ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル:フェミニズムとアイデンティティの攪乱』(竹村和子訳、青土社、2018、新装版)の読書メモの続きです。今回は、第三章・第四節「身体への書き込み、パフォーマティヴな攪乱」から抜き出します。以下、引用部はp…

ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル:フェミニズムとアイデンティティの攪乱』(2)

ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル:フェミニズムとアイデンティティの攪乱』(竹村和子訳、青土社、2018、新装版)の読書メモの続きです。 今回は、政治行動のための連帯についてバトラーが論じているところを見ていきます。以下、p.42~44を引用…

ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル:フェミニズムとアイデンティティの攪乱』(1)

ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル:フェミニズムとアイデンティティの攪乱』(竹村和子訳、青土社、2018、新装版)を改めて読みました。数回に亘って、メモ書きを残しておこうと思います。 今回は、議論の入り口ということで、本書で特に主眼に置…

映画「ノー・オーディナリー・マン」(No Ordinary Man)の感想(2)

前回に引き続き、関西クィア映画祭で観た映画「ノー・オーディナリー・マン」について書いていきます。今日は、作中で明示されているテーマについて、順を追って見ていくことにします。 前回、この映画の主要な構成パートの一つに「トランスジェンダー(十名…

見える世界が変わる本

最近は何かと忙しく、あまり専門の記事を書けておりません。そこで今回は、私の専門とは異なる分野から、おすすめの本を紹介していきます。 どれも学部生、いや高校生からでも読める本ですが、読み応えがあり、その後の世界の見え方が変わるような体験ができ…