達而録

ある中国古典研究者の備忘録。毎週火曜日更新。

「顔真卿展」に行ってきました。

  先日、東京国立博物館の「顔真卿展」に行ってまいりました。

ganshinkei.jp

 展示期間の終了も残り一週間少々に迫っておりますが、これから行く方の参考になればと思い、つらつらと書いてみます。

 大前提、いつ行っても混雑しています。中国人ばかりという声もありましたが、むしろ意外と日本人も多いな、というのが私の印象でしょうか。目玉の「祭姪文稿」は、開館の9:30から11:00頃までに行けば、10分待ちで見ることができます。が、昼には30分待ち、夕方はそれ以上とどんどん待ち時間が伸びるので、朝一番に行くことをお勧めします。

 今回初来日した「祭姪文稿」が如何に貴重で、日本での展示に当たって中国・台湾で議論を巻き起こしたことは、既に様々な記事で取り上げられています。

diamond.jp

 勿論、一番の目玉はこの「祭姪文稿」でしょうが、他も非常に充実しています。同じく故宮博物館の懐素「自叙帖」といった唐代の肉筆だけでなく、前に遡って王羲之や初唐の三代家や、下って蘇軾や黄庭堅、清の趙之謙など、書道史を語る上で外せないところを網羅しています。「顔真卿展」という名前ではありますが、前後に幅広く、非常に網羅的な展示になっており、その量・質ともに非常に高いと言えるでしょう。(中哲ブログとしては、唐抄本の『説文解字』や『古文尚書』『毛詩正義』『荘子』などに感銘を受けました。)

 さて、東京国立博物館東洋館と、台東区書道博物館で展示されている「王羲之書法の残影―唐時代の道程―」も一見の価値があります。
 むしろ、「顔真卿展」は人が多すぎて見るのも一苦労なので、先に台東区書道博物館を観て、少し予習してから行くのも良いかもしれません。一部被っている展示品もありますし、両方行くと割引もあります。 

 書道史でなく、顔真卿そのものについて予習をして行きたいのであれば、最近発売された吉川忠夫『顔真卿伝』が最も良いでしょう。なぜ顔真卿なのか、そしてなぜ顔真卿でこれだけたくさんの人が集まるのか、よく分かると思います。新刊で入手も容易ですので、是非どうぞ。

 吉川忠夫先生はもともと顔氏一族の研究を盛んに発表されています。更に興味をお持ちの方は、研究書になりますが吉川忠夫『六朝精神史研究』などがあります。とはいえ今では入手困難な書籍も多いので、一般公開されている論文を掲げておきます。
 ・顔之推小論(『東洋史研究』20巻 4号  353~381頁)
 ・顏師古の『漢書』注(『東方學報』51巻 223~319頁)
 どちらも、顔氏一族の学問を考える上で、今でも出発点となっている研究です。

 また、公式図録も大変充実していてお勧めです。全編カラーでこの厚さで2800円なら納得でしょう。同じく、先に述べた「王羲之書法の残影―唐時代の道程―」の図録もあります。南北朝期の書の歴史に関しては、こちらの図録の方が解説が丁寧かつ通史的で分かりやすいです。こちらは1000円。

 「顔真卿展」の終了まで、残り十日ほど。今後これだけのものが一同に会するのは、いつのことになるか分からないでしょう。しっかり予習していくも良し、ふらっと遊びに行くも良し。全力でお薦めです。

濱久雄『中国思想論攷―公羊学とその周辺』

はじめに

 本日は、終戦直後に大学を卒業し、自作農として晴耕雨読の生活を送りながら漢文に親しみ、後に研究の世界にカムバックした研究者のお話。

 濱久雄『中国思想論攷―公羊学とその周辺』(明徳出版社、2018)のあとがきを一部引用します。

終戦

 翌日の朝、池袋駅につき、一面焦土と化した惨状に接し、しばし茫然と立ち尽くした。しかし、幸運にも練馬区中村橋の自宅は無事であった。翌日、大東文化学院に行くと、すでに爆撃によって焼失し、跡形もなかったが、近くにある立教大学は無傷であった。早速、神田に赴いたが、書店街は無事でほっとした。山本書店にゆき、康有為の『新学偽経攷』『孔子改制攷』『大同書』を発見して購入し、意気揚々として帰宅した。

 同じ時代を生きた研究者にも、少しずつ違いはあるものだと感じます。文章から受ける印象ですと、川原先生に比べると濱先生には少し余裕があったのでしょうか。もしくは単に、専著を執筆中であった川原先生と、戦地に赴かず除隊した学生であった濱先生の立場の違いということかもしれません。いずれにせよ、荒れ果てた街に茫然としながらも、最初に書店で本を買う姿には心を打たれます。

終戦直後の大学

 少し省略して、大学の卒業試験についての一段。大学の校舎が焼失していたため、学長の邸宅を仮校舎とし、試験は青空のもと行われたようです。

 芝生の上で行われた『論語』の卒業試験では、高田真二先生が籐椅子に坐られ、試験監督をされた光景が鮮やかに思い出される。実に前代未聞のことであり、二度と在ってはならないことである。試験問題は、顔淵篇の「子貢、政を問ふ。子曰く、食を足し、兵を足し、民にはこれを信ぜしむ。……」の一文に訓点を施し、解釈するもので、実に終戦の当時に象徴的な出題であった。

 青空の下の卒業試験とその内容。これほど身につまされる試験というのもなかなか無いのではないでしょうか。

 全体として、濱久雄先生は平易ながら骨と癖のある文章という印象を受けました。

平岡武夫『経書の成立』

はじめに

 本日は平岡武夫『経書の成立』(創文社、1983)の「初版刊行の記」を読んでみます。

時代背景

出土以前の経書研究として手堅い名著と言えましょうが、戦火で原稿が文字通り焼失し、何度も出版が潰えながらも上梓された書籍でもあります。

 大阪が空襲に遭い、印刷所も罹災してしまいます。その時に平岡氏が印刷所を訪ねる一段。これまでは主に戦時下における研究者個人の苦労の語られる文章を取り上げてきましたが、この文章からは当然ながら出版社、印刷会社も多大な被害を受けていたことが分かります。(以下上述の箇所から引用です。)

戦災に向き合う

 昭和二十年三月十三日。この日の夜半から十四日の払暁にかけて、由緒なつかしい浪華の町々のほとんどが灰燼に帰した。全国書房も浜田印刷所もその災厄から逃れることができなかった。その時、本書はすでに大半の再校を了え、図版や木活字の作製もほぼ完了していたが、そのすべてがやはり烏有に帰してしまった。これは私の怖れていたことでもあるが、また覚悟していたことでもあった。私が田中氏と面会したのは、その翌十五日、余燼なお収まらぬ日の午後、場所は・・・(中略)・・・仮事務所であった。私の顔を見るなり、同氏の口をついて出たものは、原稿を焼いたことに対する侘び言であった。これは私を面喰わせた。まさに逆慰問を受けた形であった。私は焦土の真っ只中を歩いて此処に来たのである。被害は想像していたよりも遥かに広汎であり、深刻であった。田中氏が罹災しているに違いないことは、大阪に到着した刹那に、すぐ念頭に閃いたのである。現に私が初めに訪ねて行ったもとの事務所のあたりには、おびただしい紙の堆積が真っ赤な火になって、しかも一枚々々、数えれば数えられるような形で積み重なっていた。その光景は、いまなお眼底に消え難い印象を刻みつけている。私の心は深い感慨に沈んだ。そしてこの人を慰める言葉に、むしろ思い窮していたのである。

 眼前で原稿が燃えてゆく空襲後のショッキングな光景と、その後の人々の交流。平岡先生の名文を読み進めると、読み手の皆様も田中氏の姿に胸を打たれるのではないでしょうか。

前向きに生きる

 二人は膝を交えて、どれほどの時間を話し合ったことであろうか。田中氏は率直に、同氏が蒙った損害の大きいことを認めた。虎の子のようにしていたものを、むざむざ灰にしてしまった紙を惜しがった。同志的な印刷所を失った痛手も痛嘆した。しかしこれらの言葉が語られるのは、同氏が既に充分に落着きを取り戻している証拠である。私はむしろ逞しいものを覚えるのであった。

(中略)刊行を予定していた書籍で、既に製本も完了して発送するばかりになっていたものも、二三に止まらないと言う。完成まぎわにあった書物の名も挙げられた。そして田中氏は、それらの書物の一つ一つに、自分が特に力を入れた箇所、即ちこの本では紙に、印刷に、あの本では図版に、装幀にと、それぞれに無限の愛着を洩らすのであった。それを聞く私には、この人の声のうちに、痛惜の悲しみが底にあるものの、それを超えて、なにやら力強いよろこびの調べの漂うのが感じられた。私は、心ひそかに、書籍出版者の冥加を思うのであった。

 「それらの書物の一つ一つに、自分が特に力を入れた箇所、即ちこの本では紙に、印刷に、あの本では図版に、装幀にと、それぞれに無限の愛着を洩らす」、これぞ出版業者の本懐、と言うべき姿。そして、これだけ愛していた対象を失ってもなお、作り続けようとする生命力の強さ。その逞しさに、深く感動を覚えます。

 そして以下は、紆余曲折を得て再出版が近づき、燃えた部分の原稿を補っている部分。一度焼失した後、推敲を加え内容もかなり変化しているようです。

 私は一字を改める毎に、意気いよいよ軒昂、再起復興に努めることの限りない喜びを覚えた。そして同時に、しみじみと文化の力強さを知った。文化事業にたずさわる者の幸福を身に沁みて味わうのであった。書物になるまでに、この原稿が再び焼失することがないとも限らない。しかしそれは、あらためて推敲の機会を与え、心はずむ一層の精進を約束するだけである。何を憂え、何を恐れることがあろう。

 「書物になるまでに、この原稿が再び焼失することがないとも限らない。しかしそれは、あらためて推敲の機会を与え、心はずむ一層の精進を約束するだけである。何を憂え、何を恐れることがあろう。」…なんという力強い言葉でしょうか。平岡先生のような書き手と、田中氏のような出版者がいる限り、文化の営みが途絶えることはないでしょう。

 美しく力強い文章に、心洗われる思いでした。

(棋客)

大濱晧『朱子の哲学』

はじめに

 私は研究書を読むとき、ついつい「あとがき」を先に読んでしまうタイプです。特に大家と呼ばれる先生の晩年の著作となると、他の有名な先生の若かりし頃のお話が載っていたりして、なかなか興味深いものです。基本的に研究の足しになるものではないのですが、本論よりあとがきのちょっとしたエピソードの方が記憶に残ることもしばしばあります。

引用

 今回は、大濱晧『朱子の哲学』(東京大学出版会、1983)のあとがきから一部抜粋してみました。

 九大卒業後、東大大学院に進もうと思い楠本先生に申し上げた。昭和九年のことである。先生は、九大で注疏は読まなかったが、試験問題に出るかもしれない、といわれた。入試のとき、左伝からの出題もあったが朱子学に関するものもあった。四書の順序や大学のよみかたについてなど。前出の東方学で山室三良君はつぎにように言う。<先生の殆ど全関心は宋明学にあったので、経学の中の小学的な面は重視されなかったわけです。同学の大濱晧君が卒業後、東大の大学院の入試を受けた時、宇野先生が『大学』を示され、この「大」は何と発音するかと聞かれたわけです。不意をつかれた様なかっこうで大濱君が宇野先生の期待する様な答が出来なかったが、宇野先生は、「帰ったら楠本君によく伝えて置け。こうしたことをよく教えよと」大濱君に告げられた。・・・大濱君が帰ってその報告をした時、先生は珍しく言葉烈しく、「今度機会があったら楠本はそんな事には重点は置いていないと言っていたと伝えなさい」と大濱君を叱って居られました。>全くそのとおりであった。今にして思えば、宇野先生は楠本先生の学問の本質や特長を十分知っておられたので、私に対してあえてそのような設問をされたと考えられる。つまり、宋明学の内面や精神については十分教え込まれているであろうが、他面常識的な知識も心得ておく方がよい、という御気持ちであったと思う。また楠本先生の叱責は、東大に行っても思想の深処の究明を第一義にせよ、という親心であったと思う。

所感

 文中にある「前出の東方学」とは、『東方学』第62集の「先学を語る」のこと。専門誌に時おり掲載されるこの手の文章も面白いですね。

 小学の追求と思想の深処の究明とは、必ずしも相容れない営みではないでしょう。それどころか、やはり両輪が噛み合ってこそ質の高い研究になるように思います。しかしその一方、上のようなやり取りにも何となく納得いくところもあります。どう両立させるか、永遠のテーマなのかもしれません。

 さて、大濱氏のこの本は、朱子理気論を、理気合離の思考法によって解説するものです。即ち、朱子理気論において矛盾があるように思われる箇所は、理と気を峻別して論じているか、或いは理と気を合一して論じているか、という観点から整理すれば、論理的に理解できるとし、そこから朱子の思想全体の解説へと進んでいきます。

 朱子学研究の界隈でどのような評価を受けている本なのかは存じ上げないのですが、平易な語り口なのでやや高級な入門書としても良いのではないでしょうか。

【中国思想史】【中国哲学史】無料で使える便利なサービスのリスト-オンライン篇

はじめに

 前回の続きです。今回はオンライン篇、無料で使える便利なサービスのリストです。前回同様、抜けや偏りの多いことをお許しください。

「国学大師」

 50 以上の辞書を串刺し検索できる便利なオンライン辞書。中国語だが使い方は簡単。しかし、著作権的にグレーのサイトであることは確かなので、注意は必要。接続が不安定なことも多い。
 使用頻度の高い辞書は、一文字単位の場合は『漢語大字典』と『故訓匯纂』。熟語の場合は『漢語大詞典』がよく参照される。『説文解字』『廣韻』など古典的な辞書も収録している。いずれも「文字版」でなく「影印版」を見ること。他によく使われるオンライン辞書として、「漢典」がある。また、とにかく正字異体字について調べたい場合、調べても読めない字がある場合には「教育部異體字字典」が便利。

「百度百科」

中国版の Wikipediaといった趣のサイト。誰の執筆か分からず内容には注意が必要だが、固有名詞らしき言葉が出てきた時や、「書名?人名?地名?」「字?号?」といったことさえ分からない時、下調べとして優秀。その後の確認作業はお忘れなく。また、Wikipedia の中国語版そのもの(維基)もそれなりに有用。

 ・「中央研究院 漢籍電子文献」

台湾の中央研究院の漢籍DB。十三経注疏・正史などを収める。誤字や脱字が比較的少なく、十三経注疏・正史なら「古籍庫」を使うより便利。「中央研究院 漢籍電子文献」→「漢籍全文資料庫」→「免費使用」で使えます。類似の DB に「寒泉」があり、収録されている書籍が微妙に異なる。

 ・「人名權威資料庫」

特に明清を中心とする、人名検索のデータベース。その人の詳しい経歴、職歴、著作、家族関係、友人関係も記載されており、非常に便利。とはいえ抜けも多い。

「中国哲学書電子化計画」

かなり広い範囲で古典籍を収めるDB。使い勝手が良い。個人運営とのことで仕方ないが、誤字はかなり多いので注意。

 ・「白水社 中国語辞典(Weblio)」

ネット上で使うことが出来る非常に便利な日中辞典。典拠調べの時などに、中中辞典と合わせて使うと作業がとても捗る。中国語を書きたいときには例文検索も役に立つ。

「漢籍データベース」

日本国内の漢籍の所在を調べられるサイト。版本検索の際に便利。

「睡人亭」

花園大の山田崇仁先生のサイト。中国学に関わるコンピュータやインターネット利用の研究にかけての第一人者。自身の研究を紹介するとともに、初学者向けのページも充実。便利な工具類や、データベース紹介もある(この記事を読むより充実しています)。

「学退筆談」

京都大学人文科学研究所の古勝隆一先生のブログ。読み物として興味深い上に、特に辞書解説、工具書解説の記事は便利。他に、漢文の学び方を一歩ずつ記した「文言基礎」もお勧め。(特に最初の方の記事は一読しておくと良い。)

 

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