達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

『少女革命ウテナ』の感想(1話~13話)

 友人に勧められて、『少女革命ウテナ』を見始めた。いま13話まで観終えたところ。

 ざっと観た印象は、色々な意味でまさに「古典」というべき作品で、さまざまな方向に解釈が開かれた作品だと感じた。台詞が少なく無駄がないし、伏線を多く張って「ああ、多分こういう展開だな」と分からせるという手法も採らないので、かなり集中して観ないと理解するのが難しい。(本来は何周も見て理解を深めなければならない作品だと思う。)

 以下、各話の感想を書いていく。最初の3話はメモを取り忘れたので、4話からになる。あと疲れたところはちょくちょく飛ばしてる。致命的なのは、視聴しながら書いていて、かつ見返してもいないので、途中で思わぬ展開があった場合に内容が二転三転しているところだ。

 なお、よさげな批評としてネットに転がっていたものに以下がある。まだ私自身最後まで見ていないので、これらの批評も最後までは読んではいない。

 

4. 光さす庭・プレリュード、5. 光さす庭・フィナーレ

 ミキは、「姫宮が好きなピアノを弾き続けられること」を実現するために、ウテナに決闘を挑む。なぜなら決闘に勝つと姫宮を「思いのままにできる」からだ。

 このミキの行動はかなり怖い。というのも、ミキは姫宮とウテナへの意思確認が一切抜けていて、白馬の王子様としての自分に酔いしれたまま突っ走っているからだ。決闘なんかしなくても、ウテナに一言話を聞き、意思を確かめ、交渉すれば、それで済んだ可能性が高い。しかし、ミキは姫宮を「思いのままにする」方法に突っ走ってしまう。

 ミキがこういう立ち位置で描かれているのは明らかに意図的で、これは姫宮がミキではなくウテナをあっさり応援するという話の展開や、ウテナが決闘の中でさりげなく「こんな方法でか!?」と至極まっとうなツッコミをいれていることから分かる。

 

6. 七実様御用心!

 これまで加害行動を繰り返してきた七実だが、その背景には七実による兄への執着心と、日常生活での(小さな)刺激をすべて自分への加害としてとらえてしまう七実の傾向がある、ということでしっくりくる回だった。後者は実際にはツワブキが仕掛けたいたずらだったわけだが。

 ①~③あたりでも、西園寺から姫宮への暴力が、西園寺による姫宮への執着から起こることが示されていて、対話なき執着が加害を生むということはこのアニメのテーマの一つになりそうな気配がする。

 

7. 見果てぬ樹璃

 この回のウテナとジュリの対話と決闘のシーンは、たぶんすごく大切なシーンなのだろうと思うけど、なかなか解釈が難しい。とりあえず、ジュリからするとマイノリティの同志のように感じていたウテナが、実は「ただ男の影響で」男装をしているように感じられて、裏切られたと感じて激怒した、という解釈はできそうだ。ただそれだけだと、ジュリのウテナへの怒りは正当なものではないという感じがするが。

 ウテナとジュリの決闘は、姫宮を奪うために行われたものではないから、西園寺・ミキの決闘とは意味合いが異なる。じゃあ何のためなのかというのが難しくて、いますぐには結論を出せない。

 

9. 永遠があるという城

 西園寺と冬芽の関係性は、いわゆる「男の友情」の典型的な描写になっている。西園寺は、冬芽と張り合うために、決闘で勝って姫宮を奪わなければならないと考えている。そこまで姫宮にこだわるわりに、姫宮に向かい合うことは無い。姫宮は典型的なトロフィーワイフとして扱われている。最後、結局姫宮を救い出すのもウテナだ。

 と、ここまでの展開はよく分かるのだが、問題は、当の姫宮自身の自我がここまでほとんど見えないということで、ここからどういう展開になるのか想像がつかない。これは今後が楽しみなところだ。

 で、もう一つ本作のテーマにありそうなのが、「ファンタジーの中の理想の何か」と、それを抱く人の関係についてである。このアニメの中では、誰しもが理想の何かを抱えているのだが(姫宮は不明)、①それがファンタジーと分かっているか、②どう折り合いをつけるか、③どこまで近づこうとするか、といったアプローチの差がよく描かれているような気がする。

 また、西園寺がトラウマを呼び起こさせられるシーンの描写が素晴らしかった。

 

10. 七実の大切なもの

 冒頭、「生徒会のピエロ」という言葉から、西園寺がシステムの犠牲者であることが示唆されている。

 この話でのウテナはかなり落ち込んでいる。その背景には、冬芽にいかにも「王子様」的に救われたことで、王子様になりたかった自分の姿が否定されたように感じた、ということがあると思う。七実に避難された時も、これまでのように言いかえすのではなく、ひどくショックを受けている。また、ウテナは冬芽と特別な関係性になろうとは考えていないのだが、七実という存在によってたえずその文脈に揺り戻されるところにもどかしさを感じる。

 ウテナ七実の決闘も、姫宮を奪い合うためではない。七実ウテナの対立軸は分かりやすいので決闘になるのは必定……のように見えて、なぜ決闘になるのかというのはよく分からない。その意味で、七実が決闘のルールを破ってまでウテナに殺意を向けるのは象徴的だし、最後にこれらの経緯が冬芽の計算通りっぽいことが明かされることもよくできた作りだと思った。

 つまり、別に舞台は決闘ではなくてもよかったのであって、決闘の場が使われたのは別の意図が働いていた、ということなのだろう。最後、システムの黒幕に冬芽がいることが示されるから、いずれ冬芽が打倒されてシステムが解体される展開なのかな、と予感している。

 また、七実がトラウマを呼び起こさせられるシーンの描写も素晴らしい。ということは、執着の原因を幼少期のトラウマに結びつけて理解するのもこのアニメの特徴といえそうだ。

 

11. 優雅に冷酷・その花を摘む者

 ウテナは姫宮に「薔薇の花嫁として扱われることが嫌なはずだ」「そう言ってほしい」とはっきり言っている。しかし、相変わらず姫宮の自我が出てこない。……と思っていたのだが、本話から少し変化が見えてくる。姫宮は「(若葉と)友達になりたい」と言葉を絞り出す。そしてウテナは、そのためには姫宮が心を開く必要があり、自分はその手伝いをすると申し出る。

 絶妙なのは、この考えの変化が、「姫宮を守り、普通の女の子にしてあげる」という、ウテナから姫宮への執着へと変化しつつあることだ。そしてこれが冬芽からの決闘を受けて立つ流れにつながる。とすると、ウテナと姫宮の間に対話が成立していると言えるのか、というのが次のテーマになりそうだ。

 ……と呑気に考えていると、ウテナは敗北し、姫宮はがらっと態度を変えるという展開になって驚いた。つまり、「薔薇の花嫁だから言うことを聞いていただけ」で、ウテナと姫宮の対話は成立していなかったという展開になったわけだ(姫宮の内面は不明としても、少なくともウテナにはそう感じられた)。

 そういえば、1話を観たときにはウテナをめぐって若葉と姫宮が争う展開になるのかな、とか思っていたけど全然そんなことは無かった。若葉からウテナの感情は、このアニメに出てくる他の関係性とは違って、嫉妬はするが、あまり排他的・独占的ではない。ここに対照的な関係性が提示されていていいなと思う。

 

12. たぶん友情のために

 ウテナが男装せずに登校するシーンは、王子様としての心が折れたところを暗示していて、とてもつらい。

 若葉について、前話であんなことを書いたのだが、ここでがっつりウテナを引き寄せる役として出てきて、これまた唸らされた。若葉に「取り返せ」と檄を飛ばされ、ウテナは姫宮を取り返しに向かう。ここでは結局姫宮がモノ化しているのだが、姫宮を取り戻す前に、まず自分を取り戻すためにウテナは闘う、という位置づけになっている。

 また、この決闘には、かつての王子様という自らの理想・憧憬からのウテナの脱皮という側面もある。そこにとらわれていた自分と決別し、冬芽に決闘を挑んだ時点で、ウテナが勝つことは決定づけられていると言えよう。

 このように考えると、この話のタイトル「たぶん友情のために」は、この闘いが友情のためではなく、まずは自分のためであるということにウテナも気付いている、ということが示唆されているのだと思う。

 影絵芝居の「普通に勉強して普通に就職して普通に恋愛して普通に結婚して普通の家庭を作るなんて、あたしたちに関係ない普通よね」「そろそろ私たちの普通に戻るとしますか」とは爽快な言葉。

 

13. 描かれる軌跡

 ここまでの自分の読みを確認できる回になりそうだ…と思いつつ、分かったところもあえば分からないままのところもあった。七つの決闘は「友情・選択・理性・恋愛・崇拝・信念・自分」と総括されているのだけど、なんとなく分かったような気もするし、よく分からない気もする。

 

(棋客)