達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

考証学読書会(1)―阮元「王伯申經義述聞序」上

 暫く休止状態にあった漢文読書会を再開いたしました!(参加者募集中です)。
 今年は、考証学者の文章を中心に読み進めることにいたします。折角の機会ですので、時間が取れる限りは、復習を兼ねて読んだ部分を振り返ってみることにします。

 今回読んだのは、王引之『経義述聞』に附された阮元の序文である「王伯申經義述聞序」です。阮元は乾隆29年(1764)の生まれ王引之は乾隆31年(1766)の生まれですからほぼ同世代ということになります。とはいえ、王引之は阮元が試験官の時の科挙(嘉慶四年)で進士及第していますから、両者はむしろ師弟関係と言えるようです。
 前半と後半で、全二回となる予定です。では早速、本文を少しずつ読み進めてみましょう。

阮元「王伯申經義述聞序」
 昔郢人遺燕相書。夜書、曰「舉燭」、因而過書「舉燭」。燕相受書、説之曰「舉燭者、尚明也。尚明者、舉賢也。」國以治、治則治矣。非書意也。
 鄭人謂玉未理者璞、周人謂鼠未腊者璞。周人曰「欲買璞乎。」鄭賈曰「欲之。」出其璞乃鼠也。

 冒頭、二つのエピソードが並べられています。
 一つ目は、『韓非子』外儲説左上に見えるもので、「他国の大臣に手紙を書く際、夜に書いていたので手元が暗く、「火を灯せ」と使いに指示したが、誤って「火を灯せ」と手紙に書いてしまった。それを受け取った大臣は、「火を灯すとは、賢者を任用せよということだ」と誤読し、かえって国は治まった。」という話。
 二つ目は、『戰國策』秦策三に見えるもので、「鄭の人は、宝石の磨かれていないものを「璞」と呼び、周の人は鼠の干していないものを「璞」と読んだ。周の人が「璞はいらないか」と言うと、鄭の人は(宝石かと思い)「欲しい」と言った。しかし、出てきたものは鼠だった。」という話。*1

 以下、上の二つのエピソードから、古書の誤読へと話題を繋げます。

 夫誤會舉燭之義、幸而治。誤解鼠璞、則大謬。由是言之、凡誤解古書者、皆舉燭鼠璞之類也。古書之最重者、莫逾於經。經自漢晉以及唐宋、固全賴古儒解注之力。然其間未發明而沿舊誤者、尚多。皆由於聲音文字假借轉注、未能通徹之故。

 古書の誤読というものが先の二つのエピソードのようなものであると述べ、過去の経書読解に問題が多かったことを指摘し、その理由を「聲音、文字、假借、轉注」といった小学の知識に乏しかったことに求めます。このあたりは、聞き飽きるほど聞かされた、清朝考証学者お得意の言説とも言えましょうか。

 そして以下に、「その一方で、我々清朝の学者は・・・」と続くわけです。

 我朝小學訓詁、遠邁前代。至乾隆間、惠氏定宇、戴氏東原、大明之。高郵王文肅公、以清正立朝、以經義教子。故哲嗣懷祖、先生家學、特為精博。又過於惠戴二家、先生經義之外、兼覈諸古子史。

 「恵定宇」は恵棟、「戴東原」は戴震。ともに、王氏の師匠筋にあたる偉大な考証学者。
 そして、王氏三代の紹介に入ります。王引之の祖父が王文肅公、即ち王安國(康熙33年-乾隆22年、1694-1757)。そして父が王懷祖、即ち王念孫(乾隆9年-道光12年、1744-1832)。両者の輝かしい経歴は書き始めると長くなってしまいますので、ここでは省略。「哲嗣」は子の尊称です。

 哲嗣伯申、繼祖又居鼎甲、幼奉庭訓、引而申之、所解益多。著『經義述聞』一書。凡古儒所誤解者、無不旁徵曲喩而得其本義之所在。使古聖賢見之、必解頤曰、吾言固如是。數千年誤解之今得明矣。

 「伯申」は王引之の字。殿試に合格したもののうち、トップ3(状元、榜眼、探花)の第一甲を、別に「鼎甲」とも呼びます。先に述べた嘉慶四年(1799年)の科挙で、王引之は第一甲の第三人で合格しています。ちなみに、この時の首席合格は姚文田。他、合格者一覧の中には陳寿祺の名前も見えます。
 「無不旁徵曲喩而得其本義之所在」とは、「遍く証拠を挙げて詳しく理解し、その本義のありかを得ないということがない」ということ。「解頤」とは、にっこり笑うということ。本書によって、数千年来続いてきた古書の誤読が是正され、聖人もにっこり笑い満足するほどである、という感じでしょうか。

 以下、次回に続きます。(棋客)

 

*1:両者とも、よく引き合いに出される話のようです。少し面白い例として、『抱經堂文集』卷五・新校説苑序庚子(乾隆四十五年)に、「昔、郢人有遺燕相書者。誤書「舉燭」、燕相得之、以爲欲其舉賢。賢者所以為光明也。於是任用賢者、而燕國大治。以此觀之、雖其傳會淺陋者、誠善用之、安在不可以為治、而況其大經大法格言正論之比比而是哉。」を挙げておきます。こちらでは、「誤解によって伝わった文章でさえ治国に役立つ場合があるのだから、正しく権威ある文章が治国に役立つのは、言うまでもない。」という話の例として用いられていますね。