達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

考証学読書会(3)―『經義述聞』第一・周易上

 先日、中国に行って参りました。その訪問記を現在執筆中ですが、まだ完成していないので、とりあえず最近読書会で読み進めた文章をそのまま載せておきます。ちなみに、読書会は外部の方を交えて夏休みの間に開催しておりました。
 以下の記事に引き続き、王引之『經義述聞』を読み進めています。これまで阮元の序、王引之の自序と読んできたところです。(阮序に関しては既に記事にしました。)

chutetsu.hateblo.jp 頭から読むとなると必然的に次は『易』に関する章になるわけで、苦手分野の私としては困ってしまいますが、逆に良い勉強になるとも言えるところ。頑張って読んでみたいと思います。以下、細かく切って進めていきます。

「乾師頤坎既濟言勿用」
 乾初九「潛龍、勿用。」、惠氏定宇『周易述』曰「大衍之數、虚一不用、謂此爻也。」、引荀爽注「大衍之數五十」云「潛龍勿用、故用四十九。」。【原注:『正義』引荀曰「卦各有六爻、六八四十八、加乾坤二用、凡有五十、乾初九『潛龍勿用』、故用四十九也。」】

 今回のテーマは、「乾」の卦の初九の爻辞「潛龍、勿用。」について。恵棟『周易述』では、後漢の荀爽*1の解釈をもとに、「大衍之數、虚一不用、謂此爻也。」と説明されています。
 恵棟注「大衍之數、虚一不用。」は、繋辞上伝の「大衍之數五十、其用四十有九。」を踏まえています。『易』で占う際には、まず五十本の筮を揃え、そこから一本抜き取るのが最初の手順。この「一本抜き取る」のは何故なのかということを、荀爽・恵棟は「乾卦の初九に『勿用(用うる勿れ)』とあり、これはこの爻は用いないということであるから、一本抜き取るのだ」と理解しているようです。(一般的には、「太極を表す一本」などと説明されるところです。)

 恵棟注の原文は注釈に入れておきます*2。恵棟『周易述』は注の後に自身で「疏」を書いていますが、ここでは省略。
 荀爽注は既に亡んでいますが、『周易集解』や『周易正義』に佚文が残っています。上の注は『正義』に引かれるものです*3。荀爽説は「6×8+2-1=49」という計算式で表せます。「6」は爻の数、「8」は卦の数、「2」は乾と坤の卦にだけ記載がある「用九」と「用六」で二つ。「1」は乾の初九です。
 尚、これは余談ですが、馬國翰『玉函山房輯佚書』では、この荀爽注を収集し損ねています。荀爽注は『正義』に二例しか引かれていないようで、馬氏が気がつかなかったのでしょう。

 さて、前提が揃ったところで、次に「家大人曰」と父である王念孫の説が続きます。

 家大人曰、荀意謂乾之初爻言「勿用」、故不在所用之列。案、坎之六三、亦八純卦之一爻、其辭曰「來之坎坎、險且枕、入于坎窞、勿用。」、與乾之初爻言「勿用」同、何以不在不用之列。荀説殆不可通。【原注:引之謹案、荀以用九用六備四十九之數、亦不可通。用九用六、統乾坤六爻言之、昭二十九年『左傳』「周易有之、在乾之坤曰、見群龍無首、吉。」、杜注曰「乾六爻皆變。」、是也。何得以用九用六與每卦之六爻並數乎。】惠氏不能釐正而承用之、非也。

 一言で言ってしまえば、「勿用」という語は他の爻辞にも出てくるのだから、「大衍之數五十、其用四十有九。」の説明として取るのはおかしいのではないか、ということですね。他にも「用うる勿れ」の爻があるとなると、「一本」抜き取る話と噛み合わないのでは、と言っているわけです。

 ここで王念孫が挙げる例が、「坎」卦の六三「來之坎坎、險且枕、入于坎窞、勿用。」です。確かに、「勿用」という語が見えています。「坎」は、「乾」と同じく、八つの純卦(同じ卦の掛け合わせで作られる卦)の一つなので、「6×8」の48爻の中に含まれているはず、ということでしょうか。

 そして原注が王引之の追加部分です。王念孫は、荀爽の「-1」の部分を批判した訳ですが、王引之は加えて「+2」の部分もおかしいと言います。引之は、『左傳』昭二十九年の例を挙げ、「用九」は乾の初九から上九の六爻を統べて言うところであって、六爻に加えて「用九」という爻があるわけではないとします。坤の「用六」の方でも事情は同じはずで、となると6×8=48爻と用九・用六を同列で数えるのはおかしいのではないか、という話になるわけです。

 次回に続きます。

(棋客)

*1:後漢書』荀爽列傳
 爽字慈明、一名諝。幼而好學、年十二、能通春秋、論語。太尉杜喬見而稱之、曰「可為人師。」爽遂耽思經書、慶弔不行、徵命不應。潁川為之語曰「荀氏八龍、慈明無雙。」・・・著禮、易傳、詩傳、尚書正經、春秋條例、又集漢事成敗可為鑒戒者、謂之漢語。又作公羊問及辯讖、并它所論敍、題為新書。凡百餘篇、今多所亡缺。

*2:惠棟『周易述』
初九潛龍勿用。
【注】易逆數也。氣從下生、以下爻爲始、乾爲龍、陽藏在下。故曰「潛龍」。其初難知、故稱「勿用」。大衍之數、虚一不用、謂此爻也。

*3:周易』繫辭上
 荀爽云「卦各有六爻、六八四十八、加乾坤二用、凡有五十。乾初九潛龍勿用、故用四十九也。」大衍之數五十、其用四十有九。【疏】荀爽云「卦各有六爻、六八四十八、加乾坤二用、凡有五十。乾初九潛龍勿用、故用四十九也。」