達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

見える世界が変わる本

 最近は何かと忙しく、あまり専門の記事を書けておりません。そこで今回は、私の専門とは異なる分野から、おすすめの本を紹介していきます。

 どれも学部生、いや高校生からでも読める本ですが、読み応えがあり、その後の世界の見え方が変わるような体験ができる素晴らしいものばかりです。ぜひ、手に取って読んでみてください!

伊勢田哲治『疑似科学と科学の哲学』(名古屋大学出版会、2003)

 「科学」と「科学のようで科学でないもの(疑似科学)」はどのようにすれば見分けることが出来るのか?というテーマを題材に、科学の推論において用いられてきた方法を分かりやすく解説する本。疑似科学の問題を書いた本というより、科学哲学の入門書として優れたものであり、誰でも読むことができる本です。

 創造科学、進化論、大陸移動説、占星術超心理学代替医療などなど、身近なテーマから難解な議論まで、とにかく読みやすく説き起こす筆致は鮮やかの一言。少なくとも本書を読んでいれば、陰謀論にハマってしまうことはないでしょう。

 理系・文系を問わず、そして研究を志すか否かを問わず、あらゆる人に届いてほしい本の一つです。普段、他人の意見が何かおかしいと感じるけれどどこに問題があるのか分からないとき、本書で紹介されている方法を思い出すと、ヒントになることがあります。また、自分の考えを組み立てるときに何に注意すべきか、どこに弱点があるか、といったことを点検するときの道具にもなります。ものを考えるときの武器というのは、いくつ持っていても損することはありません。

 戸山田和久『論文の教室』、『論理学をつくるなどが好きな方には特におすすめ。また、本書と合わせて、以前紹介した術数学の思考――交叉する科学と占術 (京大人文研東方学叢書)を読むと、また新たな視界が開けてくるのではないでしょうか。

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杉山正明『ユーラシアの東西』(日本経済新聞出版社、2010)

 杉山氏の本として最初に紹介するなら、自身の専門分野について優れた歴史観を示したクビライの挑戦興亡の世界史、また遊牧民から見た世界史あたりを紹介するのが王道かもしれません。一言でいえば、「アジアvsヨーロッパ」「東洋vs西洋」といった旧来の枠組みから完全に決別し、中央ユーラシアで縦横無尽に動き回り、全世界の命運を変えた「遊牧民」を中心とした世界史を組み立てた研究者です。

 杉山氏の学問を見たければ上の本がおススメですが、歴史学者がいま目の前の現実世界に対してどのような役割を果たしうるか、ということを実践で示したこの本も魅力あふれる一冊です。

 本書は講演や対談の記録からなっており、非常に読みやすい内容になっています。記憶に新しいイラク戦争の勃発から説き起こし、その歴史的・社会的な背景を専門的見地から解きほぐしていきます。戦争という圧倒的な現実を、一流の学者はどのように解き明かすのか、ぜひご一読ください。

 そういった話とは全く関係ないのですが、私が印象に残っているのは以下の一段です。

 たとえば、「東アジアの漢字文化」とか「東アジアの考古世界」とかいっても、一見分かったような気分になるが、実はよくよく考えるとどこか奇妙である。ありていに言えば、東アジアというフワフワとしたパッケージか看板をあらかじめ用意し、実は都合のいいものだけをそこに押し込んで、それで何かを論じようとすること自体が、かなりおかしい。…なお、あえて附言すれば、よくもわるくも中国人はもともと「アジア」や「東アジア」といった語は好まない。「アジア」が好きなのは日本人である。(p.37)

 こうした学者・研究者批判、また政治批判が随所で切れ味鋭くなされており、読み応えのある本になっています。日本の学者と政治に反省を促すだけでなく、日本の学者が世界的な存在感を発揮しうるフィールドについての提言も行っており、研究者も読むべき一冊ではないでしょうか。

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北村紗衣『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(書肆侃侃房、2019)

 「嫌いな映画」って、誰にでもあるものだと思います。もしくは、「ネタバレを見てしまって、見る気が失せた」なんていう経験をしたことがある方も多いことでしょう。しかし、作品を「批評」的に見る技法を身につけてしまえば、嫌いな映画も、嫌いなりに「分析」して観ることができるようになります。また、結末を知っていても、「ではなぜ監督はこのように撮り方をしたのか」といった角度から、再び楽しく映画を見ることができるようになります。

 これは映画に限るものではなく、文学・舞台・ドラマ・CM、そして日常生活に適用できる方法です。「批評」という武器を手に入れることで、私たちは世界を見るときの解像度を少し高めることができるのです。もしくは、「批評」という新たなフィルムを通して世界を見ることができる、と表現してもいいかもしれません。

 そんな「批評」の仕方を、フェミニズム批評という方法を例にとって教えてくれるのが本書です。作品において男女に与えられた役割を魔法のように解き明かす手際は、もとの作品を知らなくても十分に楽しめます。最近、それほど本を読むわけではない私の家族にこの本を貸したのですが、評判は上々でした。

 個人的には、「ファイトクラブ」や「アナと雪の女王」についての筆者の批評は、私も似た印象を抱いていたこともあり(偉そうでごめんなさい)、深くうなずきながら読みました。

 本書を読んで知った作品としては、「バベットの晩餐会」が印象に残っています。読者のみなさまには、ぜひこの映画を事前に見た上で、本書を読み、同じような解釈に至るのかどうか試してほしいものです。

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(棋客)