達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

崔靈恩の「楽記」理解

 以前、『礼記』の楽記篇の句読について整理した際、崔靈恩という人の説を紹介しました。

chutetsu.hateblo.jp

 残念ながら、崔靈恩が書いた本は、いまはそのままの形では伝わっていません。しかし、『礼記』の経文と鄭玄注について注釈を附した礼記正義』という唐代の書物のなかに、彼の説がたくさん引用されています。

 『礼記正義』のうち、特に「楽記」篇には、崔靈恩の説が細かく何度も引かれています。今回は、この崔靈恩の説を概観し、「楽記」に対する六朝時代の学者の解釈を学ぶことにしましょう。

 今回読むのは、以下の部分です。

(経)宮為君,商為臣,角為民,徵為事,羽為物。五者不亂,則無怙懘之音矣①。宮亂則荒,其君驕。商亂則陂,其官壞。角亂則憂,其民怨。徵亂則哀,其事勤。羽亂則危,其財匱。五者皆亂,迭相陵,謂之慢。如此則國之滅亡無日矣②。

(訳)

 翻訳は、前と同様、福永光司『芸術論集』の解説を参考にしています。

 なお、①の鄭注には「五者,君臣民事物也。凡聲,濁者尊,清者卑。怗懘,敝敗不和貌」(「五者」とは、君・臣・民・事・物のこと。一般に音聲は、濁ったものが尊く、清らかなものは卑しい。「怗懘」とは、音が壊れて調和しない様子)とあります。

 また、②の鄭注には「君・臣・民・事・物,其道亂則其音應而亂。荒猶散也。陂,傾也。書曰:王耄荒。易曰:無平不陂」(君・臣・民・事・物は、その道が乱れれば、その音もこれに応じて乱れる。「荒」とは「散」のような意味。「陂」とは「傾」の意。『尚書』に「王耄荒」という。『易』に「無平不陂」という)とあります。

 この箇所に対して、『礼記正義』で長い疏が加えられており、そのなかに崔靈恩の説が出てきます。まず、冒頭の疏を見てみましょう。

(疏)宮為君者,宮則主君,所以然者,鄭注月令云:宮屬土,土居中央,摠四方,君之象也。又土爰稼穡,猶君能滋生萬民也。又五音以絲多聲重者為尊,宮絃最大用八十一絲,故宮為君。崔氏云:五音之次以宮最濁,自宮以下則稍清矣。君臣民事物,亦有尊卑,故以次配之。

(私訳)経文の「宮為君」とは、「宮」がつまり主君のことなのであり、そうなる理由は、「月令」鄭注に「宮は土に属す」とあり、土は中央にあって、四方を統べるから、君主の象徴なのだ*1。また(他の理由には)、土は農事を表し、これは君主が万民を生育させることのようである*2。また(他の理由には)、五音は絲を多く用いて聲の重いものを尊いものとし、「宮」の音の絃は最も多く八十一の絲を用いるから、「宮為君」とするのだ。崔氏は「五音の順次は、宮が最も濁った音で、宮から下は徐々に清らかになる。君・臣・民・事・物にもまた尊卑があるから、その順に配する」という。

 なお、前提として、『礼記』月令には、「春ー角、夏ー徵、土ー宮、秋ー商、冬ー羽」という対応が記されています。宮が中央(土)とするのはこれに拠ります。

 ここの崔説は、さきほどの鄭注「凡聲,濁者尊,清者卑」を敷衍して解説したものですね。あまり新しいことを言っているという感じはしません。

 とにかくこの調子で、まず地の文で疏の説が説明され、次に異説として「崔氏云…」と崔氏の説が引用されています。以下も同様なのですが、全て引くのは手間ですから、いったん崔説を引用した部分だけを抜き出して見てみることにしましょう。

 宮為君者,……崔氏云:五音之次以宮最濁,自宮以下則稍清矣。君臣民事物,亦有尊卑,故以次配之。

 商為臣者,……崔氏云:商是金,金以決斷,為臣事君,亦以義斷為賢矣。

 角為民,……崔氏云:角属春,春時物生,衆皆有區別,亦象萬民衆多而有區別也。

 徵為事,……崔氏云:徵属夏,夏時生長萬物,皆成形體事,亦有體,故以徵配事也。

 羽為物,……崔氏云:羽属冬,冬物聚則成財用,冬則物皆藏聚與財相類也。

 ここは、季節・五行と音、そして「君・臣・民・事・物」の対応関係を述べるところです。念のため、再度整理しておきましょう。

  • 宮ー土ー君
  • 商ー秋(金)ー臣
  • 角ー春(木)ー民
  • 徵ー夏(火)ー事
  • 羽ー冬(水)ー物

 それぞれ、なぜ「金→臣」「春→民」といった対応になるのか、崔氏が(なんとかこじつけながら)説明しています。それほど面白い内容ではないと思うので、訳は省略します。以下は続きです。

 宮亂則荒其君驕者,……崔氏云:宮聲所以散者,由君驕也。若君驕則萬物荒散也。

 商亂則陂其官壞者,……崔氏云:商聲所以傾邪者,由臣官壞也。官若壞則物皆傾邪也。

 角亂則憂其民怨者,……崔氏云:角聲所以亂者,由民不安業有憂愁之心也。民無自怨皆君上失政,故下民生怨也。

 徵亂則哀其事勤者,……崔氏云:徵所以亂者,由民勤於事,悲哀之所生。

 羽亂則危其財匱者,……崔氏云:危者,謂聲不安也。羽音所以不安者,由君亂於上,物散於下,故知財不能得安,故有匱乏也。

 五者皆亂迭相陵謂之慢者,……崔氏云:前是偏據一亂,以為義未足以為滅亡。今此以五者皆亂,故滅亡無日矣。滅者,絕也。亡,叛也。無日言無復一日也。若君臣互相陵慢如此,則國必叛滅,旦夕可俟,無復一日也。

 列伝や目録に残る崔氏の著作から考えると、これらの説は『三礼義宗』に載っていたと考えるのが自然です。『三礼義宗』は礼学について広く扱った本で、佚文も多く、研究し甲斐のある本です。他の佚文を見ると、礼に関する事柄の概要を述べたり、大きな区分を整理したり、祭祀の手順を説明したりしています。

 今回紹介した崔説は楽記の経文に即した逐語的な注釈ですから、『三礼義宗』の佚文なのか、それとも『礼記』の義疏経由で伝えられた崔説なのか、一考の余地があります。ただ、これ以上は明らかにしようがありませんから、とりあえずは『三礼義宗』の佚文として考えておきましょう。

 

 以上の疏の部分で少し気になるのは、冒頭と同様、省略した部分にも「解者云…」という表現が何度も見えることです。

 商為臣者,商所以為臣者何以。鄭注月令云:商屬金,以其濁次宮,臣之象也。解者云:宮八十一絲,商七十二絲,次宮,如臣之得次君之貴重也。崔氏云:商是金,金以決斷,為臣事君,亦以義斷為賢矣。

 角為民,所以為民者,鄭注月令云:角属木,以其清濁中,民之象也。解者云:宮濁而羽清,角六十四絲,聲居宮羽之中,半清半濁,故云,以其清濁中也。民比君臣為劣,比事物為優,故云,角清濁中,民之象矣。崔氏云:角属春,春時物生,衆皆有區別,亦象萬民衆多而有區別也。

 徵為事,所以為事者,鄭注月令云:徵属火,以其徵清事之象也。解者云:羽最清徵次之,故用五十四絲,是徵清,徵清所以為事之象也。夫事是造為造為由民,故先事,後乃有物也。是事勝於物而劣於民,故次民居物之前,所以徵為事之象也。崔氏云:徵属夏,夏時生長萬物,皆成形體事,亦有體,故以徵配事也。

 羽為物,羽所以為物者,鄭注月令云:羽属水者,以其最清物之象也。解者云:羽者最清,用四十八絲,而為物劣於事,故最處末,所以羽為物也。崔氏云:羽属冬,冬物聚則成財用,冬則物皆藏聚與財相類也。

 「解者云…」というのは、「ある人がこの条を解釈して言うには…」ぐらいの意味で、これによって先人の誰かの解釈を引用しているのでしょう。ただ、『五経正義』全体の中でこの表現が常見されるものというわけではありません。ここで崔氏の説と並んで引かれているのが偶然なのかどうか、気になるところです。

(棋客)

*1:礼記』月令「其音宮」の鄭注に「聲始於宮,宮數八十一,屬土者,以其最濁,君之象也。季夏之氣和則宮聲調。樂記曰,宮亂則荒,其君驕」とある。

*2:尚書』洪範に「水曰潤下,火曰炎上,木曰曲直,金曰從革,土爰稼穡」とある。