達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

2023年9~10月に観た映画

 すっかり映画鑑賞の記録ブログみたいになってきましたが、まあこういう時期があってもいいでしょう。

①「福田村事件」

 まずマイナスの評価から書いていくと、前半、このシーンいるか?というところが多いのが気になってしまいますね。村人たちの日常があって、それを断ち切るように突然の震災が起こる……というところを際立たせたかったのは分かるのですが、にしても、もうちょいストレスのかからない仕上がりにはできたのでは、と思います。ちなみに前半については、森監督のインタビューでも否定的に言及されています。*1

 一方で、関東大震災と福田村事件を描く上で必要な要素がおおむね踏まえられていたことは評価すべきだと思います。

 政府が推し進めるナショナリズム、その扇動に加担するメディア、民衆の強烈な軍国主義化。日本人による朝鮮人差別も苛烈になっていく。そこに震災が起こる。朝鮮半島を植民地化する際に日帝がした悪行と、そしてその行いに復讐されるのではないかという日本人の恐怖。震災時のデマの流布に警察と内務省が加担する。そして虐殺が起こる。社会主義者も殺される。などなど。

 また、福田村事件においては、朝鮮人差別は言うまでもなく、行商人に多かった被差別部落への差別も交差したと言われています。この映画では、この点もよく描いていました。特に、お守りの中に水平社宣言が忍ばせてあるというシーンは、もちろん作り物ですが、素直にとてもいいなあと思いました。*2

 もちろん、後半にも気になるところは色々あります。たとえば、最初に殺害の手を下すのがなぜこの人なのか。普通の市民がいきなり残虐な行為に走ってしまうということを描きたかったのは分かるのですが、にしても雑にキャラクターを消費している気がします。また作中では朝鮮人虐殺のシーンをほとんど描けていないことも問題視したいです(このことからは、結局、被害者が「日本人」である福田村事件だから映画にできたんだな、と思い知らされます)。

 この作品の立ち位置を考えると、今後関東大震災について学ぶ際の教材としても役割を負う可能性もあったかもしれません。その辺りを自覚していれば、もっとよい作品になりえたのではないでしょうか。とはいえ、もっとも注目を浴びるであろう記念の年のタイミングで、きっちりこの作品が仕上がって上映され、実際に注目を浴びていることは、喜ばしいことなのかな、と思います。


②「眠る虫」

 吉田寮文化祭で観ました。人々の生活、そしてそこに溢れる知覚(特に聴覚と視覚)へのこだわりを強烈に感じる作品でした。人々が送る何気ない日常に対するあたたかいまなざしがとても素敵だと思います。とにかく音と映像の組み合わせがよくて、まったり何時間でも観ていられそうです。

 音の響きがいい吉田寮食堂で観るにふさわしい映画でした。ちなみに金子監督の最新作の「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」は、もうすぐ配信が始まるそうです。楽しみに待っていようと思います。


③「辺野古抄」

 同じく吉田寮文化祭で観ました。監督が学生のとき、長期間休学しながら基地問題で揺れる辺野古の暮らしを追いかけた作品。個人的には、さまざまな運動に関わるにあっての当事者性をどのように見定めるか、

 また、そこに住む人々の手作りで行われるお祭りのシーンが多いのも印象的でした。一年の土日の半分は祭りと言われるほどとのこと(吉田寮と似ていますね)。日常と非日常、生活と労働……そういったものが分断されがちな現代、手作りで、身近なところに楽しい場所を作ることを大切にしたいと改めて感じました。


④「スティング」

 突然の古典的なアメリカ映画ですいません。勧められて観ました。

 無駄なシーンがなくて、上質なエンターテインメントとして楽しめました。今となってはよくある、仕掛けの効いた大逆転ものですが、この手の作品はこの映画を祖型に発展してきたのだなと思わされる出来栄えです。 軽やかなピアノの音楽も素敵です。

(棋客)

*1:日本人も日本人に殺された...映画『福田村事件』が描く「普通の村人」による虐殺【森達也監督に聞く】(ニューズウィーク日本版) - Yahoo!ニュース に、「――突然、ロマンポルノのようになる展開があるが......。」「そこは荒井晴彦さんに聞いてください。映画というとエロがなきゃいけないみたいなところに、僕は抵抗したんだけど。中盤までは要素がトゥーマッチだと僕は思っていて、父親と嫁の関係も中途半端だし説明的なセリフも多い。でもチームですから、我を通せなかった。そこはまあ、実は悔いが残るところ」とあります。ほか、このインタビューも面白かったです→【関東大震災から100年】誰もがこの惨劇の加害者になり得る怖さ。『福田村事件』から今、私たちが学べきこと。 森 達也監督インタビュー | LEE

*2:水平社については、以前紹介した『荊冠の神学―被差別部落解放とキリスト教』を参照してください。→栗林輝夫『荊冠の神学―被差別部落解放とキリスト教』(1) - 達而録