達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

「禜祭」について(3)

 「禜祭」について、第三回です。前回はこちら。

 まず、『周禮』鬯人から。鬯人は、祭祀の際に用いる酒やその酒器を掌る官です。前回同様、孫詒譲『周禮正義』を見ていきます。

『周禮』春官・鬯人

〔經〕鬯人掌共秬鬯而飾之。凡祭祀、社壝用大罍、禜門用瓢齎、廟用脩、凡山川四方用蜃、凡祼事用概、凡疈事用散。

〔注〕禜、謂營酇所祭。門、國門也。春秋傳曰「日月星辰之神、則雪霜風雨之不時、於是乎禜之。山川之神、則水旱疫癘之不時、於是乎禜之。」魯莊二十五年秋、大水、鼓用牲于門。故書「瓢」作「剽」。鄭司農讀剽為瓢。杜子春讀齎為粢。瓢、謂瓠蠡也。粢、盛也。玄謂齎讀為齊、取甘瓠、割去柢、以齊為尊。

 「禜」は、國門で行われ(『周禮正義』は、『初學記』引『三禮義宗』に「禜、止雨之祭、每禜於城門。」とあることも指摘しています)、瓢齎(鄭玄によれば、瓜を割って祭器にしたもの?)を用いる、とあります。なお、鄭玄によれば、「飾之」は捧げられた酒と酒器を布で囲うことを示すようです。

 鄭玄は「禜、謂營酇所祭。」と言いますが、これがまたよく分からないので孫氏に訊いてみましょう。

孫詒讓『周禮正義』卷三十七・春官・鬯人

 詒讓案、鄭所謂「營酇」、卽賈服杜所謂「營攢」、酇攢字通。樂記云「其治民勞者、其舞行綴遠。其治民逸者、其舞行綴短。」鄭注云「民勞則德薄、酇相去遠、舞人少也。民逸則德盛、酇相去近、舞人多也。」又奔喪「喪位」注云「位、有酇列之處。」酇又通作「纂」。『史記』叔孫通傳「為緜蕞野外習之」、『集解』引如淳云「蕞謂以翦茅樹地為纂位。春秋傳曰『置茅蕝』也。」『索隠』引纂文云「蕝、今之纂字」。

 (※)是此注云營酇、又即許君所謂「設緜蕝為營」、謂立營兆酇表而祭之。黨正注謂祭禜亦為壇位如社稷、亦是也。『左傳疏』以為「立攢表」得之、其訓攢為「聚艸木」、則非。

 やはり『左傳』昭公元年の「禜」に関しては、鄭玄説と賈逵、服虔、杜預説は同じであったと見て良いようです。

 ここでは、最初に見た典拠が一周回ってまた幾つか出てきています。これも非常によくあることですが、意味を特定しようとするときには困りものです。しかし、ここまで見覚えのない『禮記』樂記の例が出てきているので、当たっておきましょう。

『禮記』樂記

〔經〕故天子之為樂也、以賞諸侯之有德者也。德盛而教尊、五穀時熟、然後賞之以樂。故其治民勞者、其舞行綴遠。其治民逸者、其舞行綴短。

〔鄭注〕民勞則德薄、酇相去遠、舞人少也。民逸則德盛、酇相去近、舞人多也。

〔疏〕「故其治民勞者其舞行綴遠」者、綴謂酇也。遠是舞者外營域行列之處、若諸侯治理於民使民勞苦者、由君德薄、賞之以樂、舞人既少。故其舞人相去行綴遠、謂由人少舞處寬也。(中略)「酇」謂酇聚舞人行位之處、立表酇、以識之。

 この「表酇」は、先に出てきた「攢表」と同じだと思います。この場合は、楽を響かせて舞を踊るときに、各人の位の場所を示す標識、といった意味でしょうか。確かに、分かりやすい例という気がします。

 結局、孫氏は様々な文獻を引用したのち、このように結論づけます。(「※」以下の試訳。)

 是此注云營酇、又即許君所謂「設緜蕝為營」、謂立營兆酇表而祭之。黨正注謂祭禜亦為壇位如社稷、亦是也。『左傳疏』以為「立攢表」得之、其訓攢為「聚艸木」、則非。

 「營酇」は『説文』の「設緜蕝為營(縄を引いて茅束を置き、囲いを作ること)」と同じであり、祭場の囲みと位の順次を示す印を立て、祭るのである。また、『周禮』黨正の鄭注に「禜祭では、“壇位”を作って社稷と同じようにする」と言うのも、このことである。『左傳疏』が「營酇」を「立攢表」とするのは是であるが、「攢」を「聚艸木」とするのは非である。

 肝心の「立營兆酇表而祭之」が訳しにくいのですが、「營兆」と「酇表」を立てる、と見て、「祭場を示す囲み」と「位の尊卑を示す印」を立てる、としておきました。結局は、「祭祀のための場所を整備する」ぐらいの意味なのかもしれません。

 なお、「壇位」については、前回も引用しました。下を参照。

孫詒讓『周禮正義』巻二十二・黨正

〔經〕春秋祭禜、亦如之。

〔注〕禜、謂雩禜水旱之神。蓋亦爲壇位、如祭社稷云。

〔疏〕云「蓋亦爲壇位如祭社稷云」者、鬯人注云「禜、謂營酇所祭。」營酇卽謂壇之營域也。禜與社稷同爲地示、故其壇位略同。社稷壇位、詳大司徒疏。

 ここから、「社稷の壇位」とは何ぞや?ということを調べたければ、今度は『周禮』大司徒を見ると参考になることが分かりますが、一旦ここで切り上げておきましょう。

 さて、先に引用した『周禮正義』黨正には、金鶚『求古録禮説』の説が長大に引用されています。孫説も多くこれに拠っているようで、全体のまとめといった趣がありますので、次回これを紹介します。

(棋客)