達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

梅賾本『尚書』と『経典釈文』(5)

※前回の続きです。この一連の記事は、二年ほど前に執筆して、そのままブログの下書きとして眠り続けていたものです。一部が、以前の記事でお知らせした論文の下敷きになりました。

〔記事一覧〕

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 前回の続きです。

 一例、ここまでの解説では説明しきれない例があるので、取り上げておきます。

現行本『釈文』:、才枯反。

敦煌本『釈文』:迺殂、本又作「𣨐」、古文作「𣩋」(正確には死+乍)、皆古「俎」字、才楛反、死也。馬、鄭本同、方興本作「帝乃徂落」。

  現行本『尚書』は姚方興本に従っているはずで、すると『釈文』のいう「帝乃落」の字句に作っているはずです。しかし実際は、現行本『釈文』と同じく、「」の字に作っています。まとめるとこうなります。

・『釈文』(舜典は王肅本に依拠):「」に作る。馬融本、鄭玄本も同じと記録。姚方興本は「」と記録。
・現行『尚書』(舜典は姚方興本に依拠):

 これは少し気になる例ですが、現状では解決できません。ただ、姚方興本の間にも異同があったことは、前に十二字・二十八字の差異のところで述べた通りです。劉炫の見た姚方興本は「」に作っていたのかもしれません。もしくは、劉炫が何らかの事情で字句を校正したのかもしれません。

  

 ここまで、経文の相異ばかり取り上げて、主題である「依拠する注文が違うことから生じた相異」の例を挙げていませんでした。非常に分かりやすい例が下です。

尚書』舜典

 六宗
(偽孔伝)精意以享、謂之禋。宗、尊也。所尊祭者、其祀有六、謂四時也、寒暑也、日也、月也、星也、水旱也。祭亦以攝告。

  この部分、現行本と敦煌本の『釈文』を見比べてみましょう。

 現行本『釈文』:、音因。王云「絜祀也」。馬云「精意以享也」。六宗、王云「四時、寒暑、日、月、星、水旱也」。馬云「天地四時也」。

 敦煌本『釈文』:禋于、音因字、王云「絜祀也」、馬云「精意以享也」。六宗、王云「四時、寒暑、日、月、星、水旱也」、馬云「天地四時也」。、亡皆反。少牢、詩照反。大昭、音泰。相迎、並如字。与鄭注祭法不同。、本又作埳、苦■反。、徒丹反。幽宗、如字。下同。、音于。、本或作禜、音詠字。

 「埋」、「少牢」以下、現行本『尚書』並びに「偽孔伝」には見えない文字への釈文が附されています。

 繰り返し述べてきたように、舜典の『釈文』が依拠したのは、あくまで王肅注『尚書』です。ということは、上の部分は王肅注への『釈文』ではないか、と考えられるわけです。

 

 『尚書』王粛注は現在は失われてしまい、そのものを見ることはできません。ただ、他書に引用された王粛注が、部分的に確認できることはあります。こうした佚文を収集したのが「輯佚書」で、『尚書』王粛注の輯佚書は『玉函山房輯佚書』に入っています(輯佚書は二次資料ですからあくまで便利本であって、その情報源を自ら確認する必要があることは断っておきます)。これを確認すると、以下の佚文が収録されていました。

 禋于六宗

(王肅注)六宗者、所宗者六、皆潔祀之。埋少牢太昭、祭時也。相近坎壇、祭寒暑也。王宮、祭日也。夜明、祭月也。幽禜、祭星也。禜、祭水旱也。禋于六、此之謂矣。

 この文はもともと『初学記』『芸文類聚』『玉海』などに載せられているほか、『尚書正義』のこの部分でも少し言及があります。なお、「埋少牢於太昭、祭時也。相近於坎壇、祭寒暑也。王宮、祭日也。夜明、祭月也。幽禜、祭星也。禜、祭水旱也。」の部分は、『礼記』祭法の文です。

 少し字句の異同はありますが(下線部)、先の敦煌本『釈文』と合わせてみると、対応していることがよく分かりますね。

尚書』舜典

 禋于六宗

(王注)六宗者、所宗者六、皆祀之。埋少牢太昭、祭時也。坎壇、祭寒暑也。王宮、祭日也。夜明、祭月也。、祭星也。禜、祭水旱也。禋于六、此之謂矣。

(釈文)禋于、音因字、王云「祀也」、馬云「精意以享也」。六宗、王云「四時、寒暑、日、月、星、水旱也」、馬云「天地四時也」。、亡皆反。少牢、詩照反。大昭、音泰。、並如字。与鄭注祭法不同。、本又作埳、苦■反。、徒丹反。、如字。下同。、音于。、本或作禜、音詠字。

 「迎」と「近」の相異が気になりますが、王利器「經典釋文考」を見ると説明がなされてました。気になる方はぜひ見てみてください。

(棋客)