達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

鄭玄研究のまとめ

 後漢を代表する経学者である鄭玄の研究は、過去様々な方向から深められており、その内容は多種多様です。鄭玄の学問が該博で、また生きた時代が激動の時代であるがゆえに、学者によって研究の切り口が大きく異なり、内容の相違が生まれてくるのでしょう。

 今回は、自分の脳内の整理のため、鄭玄についての文献・論文をリストにして示します。専門の関係上、鄭玄の礼学に関する議論が多いです。

1.基本文献

 まず鄭玄本人について。伝記は『後漢書』に列伝が立てられているほか、『鄭玄別伝』という本がかつて存在したらしく、引用されて一部を確認できます。これらの記述を整理した年譜は色々と出されています。古典的なものは鄭珍のものですが、今は王利器『鄭康成年譜』(斉魯書社、1983)がよく用いられているかと思います。

 次に、本人の著作。

  • 『周禮』『儀禮』『禮記』の三禮注
  • 『毛詩』鄭箋

 他にも様々な著作があったのですが、散佚しました。その輯佚書も多数あり、以下を見れば基本的には事足ります。ただし引用元との対照は欠かせません。

  • 孔廣林『通徳遺書所見録』
  • 袁鈞『鄭氏佚書』

 但し、単独で編纂され考察が付されている以下の著作は、ぜひ参考にするべきです。(皮錫瑞以前にも色々あるのですが、私はあまり見てないです。)

  • 皮錫瑞『尚書大傳疏證』
  • 皮錫瑞『孝経鄭注疏』
  • 皮錫瑞『六藝論疏證』
  • 皮錫瑞『魯禮禘祫義疏證』
  • 皮錫瑞『駁五經異義疏證』
  • 皮錫瑞『箴膏肓発墨守釈廃疾疏證』
  • 皮錫瑞『鄭志疏證』

 ほか、以前紹介した任銘善『礼記目録後案』など、近人のものもあります。

 また、特に『論語』の鄭注は後に敦煌文献が出て増補されましたので、近代の整理を確認する必要があります。

  • 月洞譲『輯佚論語鄭氏注』(1963)
  • 金谷治『唐抄本鄭氏注論語集成』(平凡社、1978)
  • 王素『唐寫本論語鄭氏注及其研究』(文物出版社、1991)

 さて、鄭玄の学説を理解する際、鄭玄に比較的近い時期の鄭説に関する記述を参考にすることもよくあります。これは鄭玄の学説そのものとは区別しなければなりませんが、古典的な鄭説理解を示しており重要です。色々な材料が用いられますが、例は以下。

  • 正史(特に禮志、禮樂志など)
  • 経書の注疏(特に毛詩・三礼の疏)
  • 杜佑『通典』

2.考証学者の研究

 鄭玄注を読む際には、どうしても色々な人の手助けを得なければなりません。これは、鄭玄の注釈は、その一部分だけを見ていてもほとんどが解決しないからです。前後の文脈と状況の繋がりと、他の経書との参照関係を的確につかまなければなりません。このうちの特に後者、つまり他の経書の関連記述を見つける際に、考証学者の著作はやはり有用です。

 ただこれは、考証学者が示している理解が正しいかどうか、とは別問題です。鄭学と考証学が異なる原理で動いているということについては、近年色々と研究が進んでいます。特に、考証学者は鄭玄を重視する態度を取るので、考証学の著作だけを読んでいるとこのことを見落としがちです*1

 以下、比較的よく助けを借りている本を厳選しました。

  • 徐乾學『讀禮通考』
  • 金鶚『求古録禮説』
  • 孫詒譲『周禮正義』
  • 皮錫瑞『孝経鄭注疏』

 特に孫詒譲『周禮正義』は毎日お世話になっているといってもよいほどです。専門の関係上、礼学関係ばかりになってしまいましたが、鄭箋の手引きになるような本としてはなにがよいですかね。

 ほか、禮について調べる際によく江永『禮書綱目』を見ていますが、鄭注を読むためというものではないかもしれません。ほか、鄭注のよき理解者とされる顧千里『撫本禮記鄭注考異』については、以前記事にしました

2.近人の研究

 便宜的な分類なので、同じ研究があちこちの項目に登場していることがありますが、あまり気にしないでください。ここでは日本の研究を中心に整理しましたが、もちろん中国にはより多くの研究があります。

2-1.鄭玄の学問に関する研究

 藤堂氏のものが古典的で(ただし後篇第四章が闕文)、鄭玄の生涯を辿りながら、各著作の成立順を考察し、解釈の特徴を論じています。簡潔にまとまっていて読みやすいのは池田秀三氏の「鄭學の特質」で、この論文が収められている『兩漢における易と三禮』と一緒に眺めれば近年の議論の流れを掴むことができます。

2-2.鄭玄の生涯、交友に関する研究

  • 藤堂明保「鄭玄研究」(蜂屋邦夫編『儀礼士昏疏』汲古書院、1986)
  • 王利器『鄭康成年譜』斉魯書社、1983
  • 吉川忠夫「鄭玄の学塾」(川勝義雄・礪波護編『中国貴族制社会の研究』京都大学人文科学研究所、1987)

 吉川論文は、鄭玄の開いていた私塾とその弟子について分かる情報を網羅しているものでとても便利です。これに加えて、池田氏の以下の論考は、主役は後漢の他の儒学者ですが、いずれも鄭玄との対比を意識しながら書かれているので、鄭玄を理解するうえでも役に立ちます。

  • 池田秀三「馬融私論」(『東方學報』52、p.243-284、1980)
  • 池田秀三「『白虎通義』と後漢の學」(『中國古代禮制研究』京都大學人文科學研究所、1995)
  • 池田秀三「盧植とその「禮記解詁」-上-」(『京都大學文學部研究紀要』29、p1-36、1990)
  • 池田秀三「盧植とその「禮記解詁」-下-」(『京都大學文學部研究紀要』30、p1-39、1991)

2-3.鄭玄と王肅、その後の展開

 加賀氏の著作は、鄭玄から王肅、杜預、偽孔伝などを含めた後漢から魏晋の注釈の総合研究です。古橋氏や喬氏の鄭玄・王粛説の比較は明快に整理されており、鄭玄入門の文章としても推薦できるものです。

(棋客)

*1:池田秀三「訓詁の虚と実」(『中国思想史研究』四、一九八一)、葉純芳「孫詒譲《周礼正義》鄭非経旨、賈非鄭意辨」(『学術史読書記』)、喬秀岩「学《撫本考異》記」(『学術史読書記』)などを参照