達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

『十三經注疏校勘記』についての研究概略

 最近、『十三經注疏校勘記』に関する過去の研究を整理する機会があったので、合わせてここに残しておきます。粗雑なものですので、あくまで参考程度に。

 阮元らによって作られた『十三經注疏校勘記』は、経書を読む際に必携の書とされています。長い伝来の間に異同の多く発生した経書類においては、校勘を行うことそのものが学問になっている(校勘学)ともいえ、その成果を利用しながら読まなければ、意味の通らないことがしばしばあります。

 近年、『十三經注疏校勘記』の整理本(全11冊、北京大学出版社、2015)が、劉玉才氏の主編で作られました。読みやすく整理されており中身も充実していますが、冒頭に附された解題が、『十三經注疏校勘記』全体について当時の時代背景などを踏まえつつ論じており、非常に有用です。また、各経の校勘記の冒頭にもそれぞれの校勘記への専論があり、校勘に用いた版本の詳しい解説や各校勘記の特徴がよくまとまっています。

 さて、この『十三經注疏校勘記』の整理本の「前言」には、「主要参考文献」として以下の五つが挙げられています。

  1. 汪紹楹「阮氏重刻十三経注疏考」(『文史』第三輯、中華書局、1963)
  2. 関口順撰、水上雅晴訳注「『十三経注疏校勘記』略説」 (『経典与校勘論叢』北京大学出版社、2015)
  3. 野間文史著、童嶺譯「近代以來日本的十三經注疏校勘記研究」(『中國經學』第11輯、2013年) ※後に童嶺編『秦漢魏晉南北朝經籍考』(中西書局、2017)に所収。
  4. 水上雅晴「十三經注疏校勘記的編纂以及段玉裁的參與」(『中國經學』第6輯、廣西師範大學出版社、2010)
  5. 劉玉才「阮元十三經注疏校勘記成書蠡測」(『國學研究』第37期、北京大学出版社、2015)

 『十三経注疏校勘記』に関する研究となると、凡そ二つの方向性があるようです。第一は版本研究、つまり校勘に用いた版本のそれぞれについて、残された資料から跡を辿っていく方向、そして更に完備した校勘記を作成しようとする方向。第二は校勘記の編集に関する研究、つまり阮元や段玉裁らの役割といった実際的な面から、校勘という学問の背景など、『校勘記』そのものに焦点を当てる方向。例えば汪紹楹氏の論文では、前半が第二の方向性、後半が第一の方向性、といったようになっています。

 とはいえ、上に挙げた論文をすぐに読むことのできる環境にいらっしゃる方は、日本にはあまりいないかもしれません。 *1

 少し補足すると、②の日本語版は関口順「『十三経注疏校勘記』略説」*2、③の日本語版は野間文史「近代以來日本的十三經注疏校勘記研究」*3。④の日本語版は水上雅晴「段玉裁と『十三經注疏校勘記』」*4です。水上先生は、他にも「阮元と『十三經注疏校勘記』--『儀禮』の校勘を中心に」*5「顧廣圻と《毛詩釋文校勘記》:《十三經注疏校勘記》と分校者の關係」*6などを発表されています。

 

 ざっと眺めた限りでは、まず汪紹楹「阮氏重刻十三経注疏考」が基本となる研究で、その後徐々に細かな編集時の手順や方針が明らかになりつつあるのが現状、といったところでしょうか。

 なお、『十三経注疏校勘記』をめぐる校勘学のありかたについては、喬秀岩『北京讀經説記』、喬秀岩・葉純芳『文献学読書記』『学術史読書記』などに詳しいです。そのうち、特に顧廣圻と段玉裁の関係については、「学退筆談」に全七回の記事があるほか、本ブログでも整理したことがあります

chutetsu.hateblo.jp

(棋客)

*1:『経典与校勘論叢』は水上先生のホームページに紹介があるので、参照のこと。また、『秦漢魏晉南北朝經籍考』の目次はこちらを参照。

*2:埼玉大学紀要』19、埼玉大学教養学部、1983。オンライン公開は無し。

*3:野間文史『五経正義研究論考』研文出版、2013。なお野間先生の単著に『十三経注疏の研究』(研文出版、2005)がありますが、『十三経注疏』に関する研究は第三篇だけで、その内容も標点本『十三経注疏』を論ずるものです。

*4:中国哲学』31(北海道中国哲学会、2003)に所収。オンライン公開は無し。

*5:中国哲学』32(北海道中国哲学会、2004)所収、オンライン公開無し。

*6:『東洋古典學研究』35(東洋古典学研究会、2013)所収、オンライン公開無し。