達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

中国思想

近刊のご案内

本ブログの筆者が一章分を担当した論集が出版されました。このブログでも一時期精力的に言及していた*1、「劉咸炘」という学者についての初歩的な整理をしています。比較的読みやすい本になっていると思いますので、ぜひお読みください。 ○古勝隆一・竹元規…

「川上の嘆」について―蜂屋邦夫『中国の水の思想』から

以前、『論語』の有名な一節「子在川上、曰、逝者如斯夫、不舍晝夜」(子川上に在り、曰く、逝く者は斯くの如きか、昼夜を舎かず)の解釈について、このブログでまとめたことがあります。 『論語』の「川上の嘆」の二つの解釈 - 達而録 要約すると、「川上の…

「時勢」という考え方(2)

前回、汪暉著・石井剛訳『近代中国思想の生成』(岩波書店、2011)に導かれて、「時勢」という考え方を紹介しました。今回は、渡邉大「章学誠の著述観(上)」(『文学部紀要』30(2)、2017、文教大学)を用いて、この「時勢」観念をよく用いていた章学誠の議…

「時勢」という考え方(1)

汪暉著・石井剛訳『近代中国思想の生成』(岩波書店、2011)の序論・第三節「天理/公理と歴史」に、「時勢」概念について要領よくまとまっており、分かりやすかったのでご紹介します。以下、p.119~125の内容を整理したものです。一部、私の言葉を加えて説…

小尾郊一「古典注釈の態度」

今日は、小尾郊一氏の「古典注釈の態度」を紹介します。以下のまっつんさんのツイートに教えていただきました。 国会図書館デジタルコレクションの恩恵にあずかり「古典注釈の態度」(小尾郊一 著 中国中世文学研究22)読了。「義疏」や「正義」を中心に、中国…

古勝隆一『中国注疏講義 経書の巻』

先日、古勝隆一『中国注疏講義 経書の巻』(法蔵館、2022)を著者よりご恵贈いただきました。 「中国古典を自分の力で読んでみたくはありませんか」 注釈を利用して古典を読む。その手法を基礎と実践で学ぶための一冊です。 【基本篇】で、注釈の基本知識と…

劉咸炘『中書』認経論

劉咸炘『中書』の「認經論」のうち、中篇の「論教」を取り上げます。 「認經論」は、劉咸炘が経書をどのようにとらえているか整理して述べる篇で、このうち中篇は、経書と教化・教育の関係を説明しています。孔子の教えはどのようなものだったか…というとこ…

劉咸炘『中書』三術篇(下)

前回の続きです。省略を加えながら、最後の二段を読むことにしましょう。このあたりから、「ああ、劉咸炘は確かに章学誠の読者だったのだな」と思わされる内容が出てきます。 章先生之書,至精者一言,曰:「為學莫大乎知類」。劉咸炘進以一言曰:「為學莫大…

劉咸炘『中書』三術篇(上)

前回紹介した劉咸炘が書き記した文章は、『推十書』という本にまとめられています。その冒頭に入っているのが『中書』という本で、その冒頭が「三述篇」です。 これも何かの縁ですから、少しだけ劉咸炘の言葉を読み進めてみましょう。訳は私の試訳ですが、直…

アンヌ・チャン『中国思想史』(2)―「幾」について

前回に引き続き、アンヌ・チャン『中国思想史』(志野好伸・中島隆博・廣瀬玲子訳、知泉書館、2010)の内容を紹介します。今回は、私の個人的な興味から、「幾」という概念について説明している部分を読んでみます。 以下、第11章「易」の「幾」節、p.275-27…

アンヌ・チャン『中国思想史』(1)―「思想か哲学か」

アンヌ・チャン『中国思想史』(志野好伸・中島隆博・廣瀬玲子訳、知泉書館、2010)を読みました。中国哲学・中国思想を学んだことのない方でも非常に読みやすい本ですので、二回に分けて内容を少しご紹介しようと思います。 今回は、序論p.10「思想か哲学か…

音楽に感情はあるのか?―嵆康「声無哀楽論」(2)

「声無哀楽論」は、当時の音楽論としてのみならず、当時の玄学や儒教批判の文脈、また文学としての評価など、さまざまな観点から読むことのできる文献ですから、研究も数多くあります。今回記事を書くに当たって読んでみた論文は以下です。 福永光司「嵆康に…

音楽に感情はあるのか?―嵆康「声無哀楽論」(1)

前回、以下の『礼記』楽記篇の一節を紹介しました。 凡音者,生人心者也。情動於中,故形於聲,聲成文謂之音。是故治世之音,安以樂,其政和。亂世之音,怨以怒,其政乖。亡國之音,哀以思,其民困。聲音之道與政通矣。 一般に音とは、人心から生じるもので…

『十三經注疏校勘記』についての研究概略

最近、『十三經注疏校勘記』に関する過去の研究を整理する機会があったので、合わせてここに残しておきます。粗雑なものですので、あくまで参考程度に。 阮元らによって作られた『十三經注疏校勘記』は、経書を読む際に必携の書とされています。長い伝来の間…

古勝隆一『中国中古の学術と社会』

最近、法蔵館より、古勝隆一先生の『中国中古の学術と社会』が上梓されました。 pub.hozokan.co.jp 3~8世紀、中国中古時期は治乱興亡の時代環境を背景に学術が展開した時代であった。儒仏道・目録学・注釈学・国家権力・地域性に着目して、中古時期の思想…

中哲参考書目・「経書の訳本」篇

概説書篇、オンライン篇の続篇です。 以前も書きましたが、訳を参照する際には、それがどのような方針で訳されているかということを頭に入れた上で利用する必要があります。例えば経書には、大きく古注(漢代~唐代)と新注(朱子学の解釈)の二種の注釈があり、…

入谷仙介「隠逸の境地―隠者の苦悩と喜び」

今回は、入谷仙介『詩人の視覚と聴覚ー王維と陸游』(研文出版、2011)に収められている「隠逸の境地―隠者の苦悩と喜び」を読んでいきます。 以前、『山月記』の最後の詩が、中国における「隠逸」の概念を踏まえて理解するべきものであることを述べました。 …

王国維「釈理」を読む(3)

前回に引き続き、喬志航「王国維と「哲学」」(『中国哲学研究』20、2004)に導かれながら、王国維「釈理」を読み進めていきます。 ここは、ショーペンハウアーの説に則って、カントの言う「理性」を批判しながら、「理」の狭義の概念を整理していくところで…

王国維「釈理」を読む(2)

前回に引き続き、喬志航「王国維と「哲学」」(『中国哲学研究』20、2004)に導かれながら、王国維「釈理」を読み進めていきましょう。 其在西洋各國語中,則英語之Reason,與我國今日「理」字之義大略相同、而與法國語之Raison,其語源同出於拉丁語之Ratio…

王国維「釈理」を読む(1)

以前、こんな記事を書きました。 chutetsu.hateblo.jp 喬志航「王国維と「哲学」」(『中国哲学研究』20、2004)を読んでいて、王国維「釈理」の冒頭で阮元「塔性説」の話が出てきていたことを思い出しました。「釈理」は、王国維がショーペンハウアーの影響…

アンリ・マスペロ『道教』(2)

次回に引き続き、アンリ・マスペロの名著『道教』(川勝義雄訳、平凡社東洋文庫329、1978)を読んでみます。 もし道教徒が仏教徒と同じくらい細心で、六世紀初頭以来、かれらのコレクションに関する一連の古い目録をすべて保存していたとすれば、われわれは…

アンリ・マスペロ『道教』(1)

今回は、アンリ・マスペロの名著『道教』(川勝義雄訳、平凡社東洋文庫329、1978)を読んでみます。アンリ・マスペロは、1883年生まれのフランス人の東洋学者です。道教・仏教・中国古代史のほか、ベトナム史やベトナム語など、幅広い分野において研究を進め…

「長嘯」とは?―中島敦『山月記』の漢詩の意味

今回は、齋藤希史『漢文スタイル』(羽鳥書店、2010)の第七章「花に嘯く」に導かれながら、「長嘯」という言葉と中島敦『山月記』の漢詩について考えてみます。 前回、「嘯」と「長嘯」の意味について、斎藤本と青木正兒「「嘯」の歴史と意義の変遷」(『中…

「嘯」について―齋藤希史『漢文スタイル』より

今回と次回は、齋藤希史『漢文スタイル』(羽鳥書店、2010)の第七章「花に嘯く」に導かれながら、「嘯」そして「長嘯」という言葉について考えてみます。以下は、斎藤氏の本のp.220~225の要約になっています。 まず、本章のタイトルになっている「花に嘯く…

『論語』の「川上の嘆」の二つの解釈

前回→ 井筒俊彦「儒教の形而上学におけるリアリティの時間的次元と非時間的次元」(3) - 達而録 これまで、井筒俊彦著(澤井義次監訳、金子奈央・古勝隆一・西村玲訳『東洋哲学の構造 : エラノス会議講演集』(慶應義塾大学出版会,、2019)の中から、第六…

井筒俊彦「儒教の形而上学におけるリアリティの時間的次元と非時間的次元」(3)

前回→井筒俊彦「儒教の形而上学におけるリアリティの時間的次元と非時間的次元」(2) - 達而録 井筒俊彦著(澤井義次監訳、金子奈央・古勝隆一・西村玲訳)『東洋哲学の構造 : エラノス会議講演集』(慶應義塾大学出版会,2019)の中から、第六章の「儒教の…

井筒俊彦「儒教の形而上学におけるリアリティの時間的次元と非時間的次元」(2)

前回→ 井筒俊彦「儒教の形而上学におけるリアリティの時間的次元と非時間的次元」(1) - 達而録 井筒俊彦著(澤井義次監訳、金子奈央・古勝隆一・西村玲訳)『東洋哲学の構造 : エラノス会議講演集』(慶應義塾大学出版会,2019)の中から、第六章の「儒教…

井筒俊彦「儒教の形而上学におけるリアリティの時間的次元と非時間的次元」(1)

井筒俊彦著(澤井義次監訳、金子奈央・古勝隆一・西村玲訳)『東洋哲学の構造 : エラノス会議講演集』(慶應義塾大学出版会,2019)を読んでいきます。 この文章は、1974年の第43回エラノス会議(テーマ:時代の変化における規範)における井筒俊彦の講演をも…

三国志にも登場する大学者、「鄭玄」を学ぼう!

…柄にもなく、ポップなタイトルをつけてしまいました。 ここ一か月の間、noteにて、後漢から三国時代を生きた大学者である「鄭玄」について、初学者の方でも分かりやすく読めるような記事を更新しておりました。 note.com ※目次は→『鄭玄から学ぶ中国古典』…

瞿同祖『中国法律与中国社会』の紹介(3)

瞿同祖『中国法律与中国社会』(中華書局、1981)、第四節「親族復讐」の翻訳の続きです。 初回は↓ chutetsu.hateblo.jp 今回はp.80~になります。 前回まで、中国における「復讐」行為に関する規定の実例を整理してきました。今回は、そのまとめの段落です…