達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

歴史学

近刊のご案内

本ブログの筆者が一章分を担当した論集が出版されました。このブログでも一時期精力的に言及していた*1、「劉咸炘」という学者についての初歩的な整理をしています。比較的読みやすい本になっていると思いますので、ぜひお読みください。 ○古勝隆一・竹元規…

斎藤賢『『史記』はいかにして編まれたか:蘇秦・張儀・孟嘗君列伝の成立』

斎藤賢『『史記』はいかにして編まれたか:蘇秦・張儀・孟嘗君列伝の成立』(京都大学学術出版会、2025、プリミエ・コレクション)を、著者よりご恵贈いただきました。元となった博論も読んだことがあり、改めて書籍の形で手元に置いておくことができるよう…

山家悠平『生き延びるための女性史』(2)

前回に続いて、山家悠平『生き延びるための女性史』の内容を紹介していく。今回は第四章と第五章の感想を書く。 第四章「遊郭のなかの「新しい女」」 青鞜社の女性たちは、「新しい女」という揶揄を肯定的な意味で自ら積極的に名乗るようになったが、それと…

山家悠平『生き延びるための女性史―遊郭に響く〈声〉をたどって』(1)

山家悠平『生き延びるための女性史―遊郭に響く〈声〉をたどって』(青土社、2023)を読んだ。殺気迫る珠玉の論考の数々で、まさに「生き延びるため」に書かれた本、言い換えれば、言葉を綴らなければ社会に殺されると実感している人の叫びが、ひしひしと伝わ…

ジェームズ・C・スコット『ゾミア―― 脱国家の世界史』

最近、ジェームズ・C・スコット『ゾミア―― 脱国家の世界史』(みすず書房、2013)を少しずつ読んでいます。とても長い本で、まだ読み終えてはいないのですが、読みごたえがあって面白い本です。全体の枠組みと、過去の研究、そして筆者のフィールドワークが…

ベンヤミン著・鹿島徹訳『[新訳・評注]歴史の概念について』(2)

予告していた通り、ベンヤミン著・鹿島徹訳『[新訳・評注]歴史の概念について』(未来社、2015)の内容を少しだけ紹介します。 まず、ベンヤミン『歴史の概念について』のテーゼⅥ(p.49-50)を一部引用します。 過ぎ去ったものを史的探究によってこれとは…

ベンヤミン著・鹿島徹訳『[新訳・評注]歴史の概念について』(1)

知人から推薦されて、ベンヤミン著・鹿島徹訳『[新訳・評注]歴史の概念について』(未来社、2015)を読んでいます。まだ途中ですが、深い感銘を受けております。折角なので、このブログでも簡単に紹介していきます。 この本は、ベンヤミンに初めて触れる私…

劉咸炘の史学講義(3)

前回の記事、劉咸炘『治史緒論』中篇の四「史旨」の続きです。 まとめると、史に載せられたことは人事である。どうして人事の律を究めつくすことができようか。これを究めたいのなら、『易』こそ重要だ。道家は史に詳しく、道家の持論である循環の律は、本当…

劉咸炘の史学講義(2)

前回に引き続き、『治史緒論』を読んでいきます。中篇の四「史旨」を見ていきましょう。 「旨」とは、章先生がいうところの「史でありながら子の意があるもの」である。史は客観に基づくが、旨を言う時に主観が入ってきてしまうのは、史としての職分を失うも…

劉咸炘の史学講義(1)

年が明けましたが、相変わらず劉咸炘を読んでいきます。今回からは、劉咸炘が史学について概論を述べている『治史緒論』を見ていくことにします。 『治史緒論』のうち、中篇「史旨」というところを読んでみたいのですが、今回はその前提として、本書の序文を…

「大史書曰、崔杼弑其君」の逸話

中国古典のなかでも屈指で有名な逸話ですね。やはり何度読んでも含蓄があります。 『左伝』襄公二十五年 大史書曰、崔杼弑其君。崔子殺之。其弟嗣書、而死者二人。其弟又書、乃舍之。南史氏聞大史盡死、執簡以往、聞既書矣、乃還。 (訓読)大史 書して曰は…

章学誠と劉咸炘

最近よく取り上げている章学誠について、まだまだ読んでいきましょう。 章学誠(1738~1801)は、生前にはその学問は今一つ理解されず(というよりそもそも読者がおらず)、後になってから読者を獲得し、一躍脚光を浴びた学者です。その経緯は、井上進「六経…

章学誠と王應麟

前回まで、王應麟『困学紀聞』について紹介してきました。清朝考証学の先駆け的著作とされる本著ですから、逆に、考証学的な風気に一言物申したい学者からは、よくやり玉に挙げられる本でもあります。というわけで、今回は、章学誠の王應麟評を観ていくこと…

章炳麟と章学誠(4)

前々回取り上げた末岡宏「章炳麟の経学に関する思想史的考察 : 春秋学を中心として」(『日本中国学会報』43、1991)の注釈の文章のうち、残りの部分を読んでみましょう。 つまり、章学誠のことを、黄侃が「春秋左氏疑義答問叙」で指摘する、六経を単なる歴…

章炳麟と章学誠(3)

今回は、前回の記事の最後に触れた章炳麟の講演原稿である「歴史之重要」を、もう少し読んでみることにしましょう。 まず、前回紹介した部分を、私の方で日本語訳しました。 経書と史書の関係はとても深く、章学誠がいう「六経皆史」というこの言葉は正しい…

章炳麟と章学誠(2)

今回は、末岡宏「章炳麟の経学に関する思想史的考察 : 春秋学を中心として」(『日本中国学会報』43、1991)を読んでみましょう。 章炳麟の弟子である黄侃が、章炳麟『春秋左氏疑義答問』の後叙で、この書に見える章炳麟の説を整理しています。そのなかに、…

章炳麟と章学誠(1)

最近、章炳麟と章学誠の関係について調べていまして、章炳麟の全集の中から、章学誠に言及する部分を探しています。 それに関連して、島田虔次『中国革命の先駆者たち』(筑摩書房、1965)を読みました。以下、内容の紹介というより、それぞれの出典をメモし…

廬江何氏鈔本『文史通義』について

最近、機会に恵まれて、章学誠『文史通義』を「廬江何氏鈔本」という本を用いて校勘しながら読んでいました。今回は、この鈔本の面白いところを紹介します。 本題に入る前に、前提知識を整理しておきましょう。『藏園訂補邵亭知見傳本書目』によれば、章学誠…

E.H.カー『歴史とは何か』

今日は、不朽の名著E.H.カー『歴史とは何か』(岩波新書、1962)を紹介します。タイトルの通り、「歴史」とは何か、歴史研究はどのように進められるか、歴史を学ぶことの意義はどこにあるのか、といったことが平易に説明されています。清水幾太郎氏の訳文が…

宮崎市定訳『鹿洲公案―清朝地方裁判官の記録』

『鹿洲公案』とは、特に台湾の統治に力を発揮した、清朝の実務派官僚の代表格である藍鼎元(1680-1733)が、自分が任地で体験した統治・裁判の事例を記録した本です。 そしてこれを翻訳したのが宮崎市定で、平凡社東洋文庫に『鹿洲公案―清朝地方裁判官の記録…

李弘喆「世本探源―『世本』受容史研究序説」

『史林』第101巻、第5号(2018年9月)掲載の李弘喆「世本探源―『世本』受容史研究序説」を読みましたので、簡単に内容をご紹介します。 『世本』とは、上古から春秋時代にかけての王や諸侯の系譜、その周辺情報を記した本で、古くはよく資料として用いられた…

『後漢書』の来歴(2)

前回の続きです。『後漢書』に関して、余嘉錫『四庫提要辨證』の説を見ていきましょう。 『四庫提要辨證』史部一・後漢書一百二十卷 ①嘉錫案,『梁書』劉昭傳云「昭集後漢同異,注范曄書,世稱博悉。出爲剡令,卒官。集注後漢一百八十卷。」不言曾注司馬彪志…

『後漢書』の来歴(1)

今回は、余嘉錫『四庫提要辨證』史部一の『後漢書』の条を読んでみようと思います。余嘉錫に導かれながら、『後漢書』の複雑な来歴を整理してみようという算段です。 『四庫提要辨證』は、『四庫全書総目提要(四庫提要)』の各条に対して補訂を加えたもので…

小倉芳彦『古代中国を読む』

前回、小倉芳彦『古代中国を読む』(岩波新書、1974)・(論創社、2003)を話題に出すに当たって、数年ぶりに読み返してみました。やはり、何度読んでも面白いものです。 折角ですので、少し引用しながら紹介してみます。 前回、この本は「小倉氏の研究者と…

『左伝』の訳書と概説書の紹介

とある方にリクエストを受けて、『春秋左氏伝』の訳書や概説書の手引きを作ってみることにしました。(この方の学識には及ぶべくもないのですが、何故私が…。)週一回更新を守りたいのですが常にネタ切れ気味ですので、何か良いネタがありましたら教えてくだ…

松島隆真『漢帝国の成立』―論文読書会vol.3

※論文読書会については、「我々の活動について」を参照。今回は、「膨大な先行研究をどうまとめて文章にするか」という技法を学ぶ目的だったので、要約は手薄です。 【論文タイトル】 松島隆真『漢帝国の成立』松島隆真『漢帝国の成立』・序論(京都大学学術…