左派系のデモでよく用いられるスローガンに、「すべての人が自由になるまで、私たち誰も自由ではない」や「一人でも自由でない人がいるなら、私も自由ではない」、また「一人の人への加害は、全員への加害だ」といったものがある。たとえばパレスチナ連帯のデモなら「パレスチナの人々が自由ではないのなら、私たちも自由ではない」などとアレンジされることもある。
この言葉には、自分自身が最後まで社会的弱者や権力なき者の側に立つことを宣言する意味合いがある。とても力強く、私自身もそうありたいと思わされる言葉だ。
さて、高橋和巳『邪宗門』に描かれる「ひのもと救霊会」には、「三行・四先師・五問・六終局・七戒・八誓願」といった教えがあり、このうち「八誓願」が以下である。
たとえ花ひらき、無量光輝く天国の眼前にあろうとも、此岸に一人の不幸に涙するものあり、一人の餓鬼畜生道の徒ある限り、我らは昇天せじ
たとえ黄金珊瑚あり、真珠瑪瑙の輝きあるとも、此岸に一人の盲者あり一人の貧者ありて、その光を眺め得ぬ限り、我らもまたその宝を見じ
たとえ目くりぬかれ耳ふさがれ、手足もぎとらるとも、此岸に一人の不義の徒あり、人を支配し、徭役し、その手の血に穢るる者ある限り、我らこの世を寛恕せじ
たとえ劫億の未来世においても、そこに一瞬のそねみの心あり、人の禍を楽しむ一点の邪心の残る限り、我ら安心立命することなからん
たとえこの世に安楽の花の満るとも、祖霊に供養されざる一人の無縁の霊あり、精霊に慈悲かけられざる一個の怨霊のある限り、我ら成仏せず
たとえ身は業病に朽ち果つるとも、たとえ金の鎔け、陽の東に没し、川の逆流するとも、我らの信心に一点の動揺あらば、神よ、我らを救いたもうことなかれ
たとえこの世栄え、積善余慶あり、万人の生活自在なるをうるも、応報の理に一点の障礙ある限り、この世はむしろ呪われてあれ
たとえこの世の破滅し、この世の永遠に呪われてあるとも、己一人にて救わるる心あらんよりは、むしろ世とともに呪われてあらん(高橋和巳全集第七巻、p.143-144)
「盲者」の語の使い方は健常者主義的で不適切だが、全体の主旨は、「世界に一人でも不幸な人がいるのなら、また一つでも慈悲のかけられない霊があるのなら、自分は救われることはないし、世界を許すこともない」と言っているわけで、先のスローガンとよく似ている。八誓願は、すべての人の解放のために闘うという意志を、究極のところまで徹底した誓いの言葉としてとらえられよう。
作中でこの八誓願が初めて登場するシーンは、かなり印象的だ。
神部の街にある「ひのもと救霊会」は、徐々に信者を増やす中で、治安維持法下の政府・警察に敵視され、弾圧されるようになる。そしてついに、教主・幹部が突然逮捕されてしまう。一旦仮釈放にはなったものの、当分は警察に目をつけられるような活動は控え、内部の立て直しに注力しようとする。
もともと神部の街には、近代化の波の中で絹糸工場が二つ作られていた。一つは、神部絹糸という民間企業の工場。もう一つは、ひのもと救霊会が経営する小規模な工場。かつて、神部絹糸では労働争議が起こるたびに、女工の間に救霊会の信者が増え、女工たちは救霊会の工場に流れていった。教団には立派な病院や教養施設があり、女工の人気は高かった。それに対応するため、神部絹糸の工場も、宿舎や福祉施設を整備し、給与を上げるようになる。販路も棲み分けがなされるようになり、両者には反発と共存の関係があった。
しかし、世界恐慌の影響を受けた絹糸輸出量の大幅減が起こり、神部絹糸を始めとする大資本の工場は、一体となって、経営の合理化、操業短縮、賃金引き下げの手段に打って出る。すると、神部絹糸の工場で、賃金不払いとリストラに反対する大規模なストライキが起こった。そしてこれが、教主・幹部が仮釈放になったタイミングと重なってしまったのだ。
神部絹糸の工場と教団には直接の関係はなく、今回のストライキも救霊会が主導したわけではなかった。しかし、絹糸工場の女工の多くはひのもと救霊会の信者であり、工場出身で教団の中心にいる人もいる。またストライキをしている労働者の側も、いつも通り、ひのもと救霊会の援助があることを前提にしており、争議救援の連絡はひっきりなしにやってくる。
教団としては、警察との折衝を考えると、あまり派手な行動はしたくない。しかし、現実に援助すべき(そして実際に直接的に援助可能な)人々が目の前にいる。ある幹部は、今回に限っては、教団の自衛のためにストとは無関係でいるべきと主張する。しかしある幹部は、救援を乞うている信者を見捨てることはできない、自分で自分の理想を殺してはならない、と主張する。
教団はなにもしていないわけではなかった。宣教部と組織部の幹事および補佐が中心になって、けんめいに対策を協議していた。だが従来の小作争議や水争いとはちがって、調停にのりだすにしても相手がすこし大きすぎた。神部絹糸だけではなく、本当は資本家の連合体がその相手だった。工場の一つや二つはつぶしても、今や資本家は全体としての自分の利益を守ろうとしている。それを敵にまわせばそのはね返りは教団の工場の全崩壊として返ってくるだろう。それに保釈幹部に対する警察の目が光っている。今うかつに動けば治安維持法違犯はもはや決定的となる。しかもここ数年来、全国各地の紡績争議で成功したのは数えるほどにすぎず、ほとんどの争議は職工側の敗北におわっている。引き際の計算もなしに泥沼に首までつかれば、教団そのものも巻きぞえをくってつぶれてしまう。
どうするべきか。
宣教・組織部の貝原七兵衛、前野宏、仁科直之、花井佳子らの幹部は、対策に精根をつかいはたし、薄暗い会議室で八誓願をとなえていた。彼らにはなすべきことはわかっていた。その誓願を実行することだけだった。だが、宣教・組織部が独断専行すれば、教団全体が破滅する。教主に指令を仰げば、教主はまた獄中のひととならねばならない。
八誓願をとなえる幹部たちの悲痛な声が庶務部の人の耳をうつ。社務所にいる人々も、もうほとんど事務はとっていなかった。(p.143-144)
そしてひのもと救霊会は、地元の祭りに乗じて、大量の信者を動員する。神部絹糸の女子寮を取り囲んでいた暴力団を人数で圧倒し、祭事の日だけ地元の特例で許されていた雪合戦を利用して追い込んだ。さらに企業の重役の家を取り囲み、威圧した。地元住人の暗黙の協力もあって、経営陣に未払い給料の支払いや、補償金の支払いを認めさせるなど、大幅な譲歩を引き出した。
しかし結果としては、間接的ながらストライキを支援することになり、警察を刺激することにはなった。また、なし崩し的に工場経営者を取りなして解決した結果、工場の中でより徹底した労働運動を目指して活動していたマルクス主義者やキリスト教徒からは、資本家との妥協であるとみなされ、教団が敵視される状況も招いた。これにより、追い詰められていた教団の敵がさらに増えることになった。しかし、何はともあれ、教団が仁義を貫くために踏み出したことは確かだ。
さて、ひのもと救霊会の祈りの言葉である「八誓願」は、ここでどういう役割を果たしたと言えるだろうか。作中では、八誓願の言葉を幹部で唱えるシーンの次が、いきなり祭りに紛れて労働者を救援するシーンにつながっていて、直接の連関は明らかではない。おそらく、祭りに乗じる作戦を練る会議が間にあったはずだが、それも描かれていない。教主の意向も、労働者に握り飯を差し入れるよう指示を出す描写はあったが、この作戦への関与は明らかではない。
つまり、この展開を見ると、「対立する幹部を理詰めで論破して意向を変えさせた」とか、「教主の鶴の一声で決まった」とかいった形ではなく、「八誓願」を唱える悲痛な祈りそのものが、教団の方向性を決めた、という描き方になっている。
幹部の中で意見が割れていた中で、それでも教団が危険を承知で手を差し伸べた根底にあったものは、やはり信仰であった。そして、その信仰心を呼び覚ますきっかけに、八誓願の言葉をみんなで唱えたこと、またその声が教団全体に響いていたことがあった。私としては、この一連の展開を、人の信仰と祈りの言葉が持つ力の提示として読み取った。こうして祈りの言葉を刻み付けることで、人を奮い立たせ、行動に向かわせるということが、確かにある。
『邪宗門』は全体を通して陰鬱な作品だが、こういう手に汗握る熱い展開が随所に盛り込まれている。アカデミックで理屈っぽい文章でありながらも、この一段に見て取れるように、理詰めの「解決」に対する批判精神も一貫としてある。それは当時の学生運動に対して高橋和巳が感じていた限界と重なるのかもしれない。
ひのもと救霊会の開祖のまさの教えには、「国には国の掟、我らには我らの道」とある。その教えは、国に疎外された人生を送ってきたまさにとっては当然のものであったが、総力戦体制に向けて突き進む時代にあって、強烈な意味合いを持つことになる。その一端がこの事件であり、他にもさまざまな苦難が訪れることになる。しかし同時に、その理念が、信者たちの人生の分岐点でさまざまな形で力になって現れてくる。
また来週、その一例を取り上げる。
《目次》
- 高橋和巳『邪宗門』(1)――左派と宗教 - 達而録
- 高橋和巳『邪宗門』(2)――祈りの言葉 - 達而録
- 高橋和巳『邪宗門』(3)――戦場の論理 - 達而録
- 高橋和巳『邪宗門』(4)――ウーマン・リブの視点から - 達而録
(棋客)