達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

高橋和巳『邪宗門』(4)――ウーマン・リブの視点から

 高橋和巳邪宗門』は1965~1966年に連載・出版された作品である。高橋和巳というと全共闘学生運動とのつながりが強調されるが、これは女性解放運動が本格化していく時代とも重なっている。第二派フェミニズムの契機の一つとされるベティ・フリーダン『新しい女性の創造』は1963年(日本語訳は1965年)に出版され、ボーヴォワール第二の性』の日本語訳は1966年に出版された。そして1970年頃、田中美津らに代表されるウーマン・リブの動きも活発化する。ウーマン・リブの問題意識には、1960年代の学生運動における男性中心主義への批判があった。高橋和巳は1971年に39歳で死去している。

 最初に書いたように、本作におけるジェンダーセクシュアリティの描写には様々な限界がある。ただ、家父長制と男性中心主義・女性差別の苛烈さと、その抑圧への抵抗は描かれているわけで、本作が女性差別を完全に透明化しているという批判は当たらない。ではどこが問題なのか。今回は『邪宗門』のうち、教団における性のあり方を描いている第二十章「宗教と性」を読みながら、この点について考えてみたい。ここから、当時の社会運動の限界も自ずから見えてくることだろう。

 これも最初の記事で紹介したが、本作の主軸となる「ひのもと救霊会」の開祖まさは、家父長制の苦しみを受け続けた人であり、これが世の人々を救う活動を始めるきっかけになっている。その経験は教団の教義の内容に活用されている。たとえば、まさが設定した教団で尊ぶべき「四先師」として、浄土教のある僧侶、樵夫、白痴の女性、娼婦の四人が挙げられる。これは、まさに読み書きを教えた僧侶、飢えに苦しむまさに水と握り飯を与えた樵夫、間引きされそうになったまさに乳を与えた白痴の女性、娼婦となったまさの子を助けた娼婦の四人であるが、後者二名は女性、それも被差別属性を持つ女性であり、これが教団として崇拝すべき対象とされている。実際、ひのもと救霊会に入信した人は待遇の悪い工場の女工が多かった。

 では、男性支配から逃れようとして教団に入った人々が多くいる中で、ひのもと救霊会はどのような共同体を作り上げたのだろうか。そこで高橋和巳が想像を膨らませて設定した独特の制度が〈教姉教弟(あねおとうと)〉制度であった。まず、その前提の説明から見ていこう。

 弾圧にさきがけて、ひのもと救霊会が商業新聞の槍玉にあげられた時、人々の好奇心をそそったのは不敬団体であるということよりも、むしろ淫祠邪教であり婦人信徒が催眠術によって姦淫されているといった無責任な風評だった。

 ……世人が浴びせた淫祠の罵りは事実無根のものにすぎなかった。しかし男女の道徳に関して、婦人のがわの姦通のみを刑法によって処罰し、二夫にまみえぬ婦徳を賞揚する世間の通念とは、やや違った考えかたを教団がもっていたことは事実だった。(高橋和巳全集第七巻、p.247)

 「男女の道徳」という表現からも察せられるように、本作では異性愛的な性愛のあり方しか想定されないのは残念なところだが、教団は圧倒的に男性有利な「世間の通念」とは異なる通念を持つという設定を高橋和巳は与えていた。まさの生涯を考えると、「教団の性の観念はまったく保守的であった」と設定する方がむしろリアリティがないだろう。まずそこを想像した上で、既存の社会とは異なる新たな設定を用意するところは、本作の誠実な点と言えると思う。それは以下の記述にも表れている。

 教団の根本要諦のうちの七戒には、汝姦淫する勿れという戒律が不殺生・不偸盗・不偽言などにならんで数えられていたが、教団の姦淫禁止は刑法の規定とはちがい、当然のことながら有夫の女子だけではなく有婦の男子にも課せられた。だがその反面、棄婦や未亡人、あるいは法律上は有夫の婦であっても実質上空閨のさびしさをかこたねばならぬ女性にたいしては、ある内規にもとづいてその性的飢渇を緩和する手段が講ぜられていた。(p.247)

 「子種の夫はあっても、魂(みたま)の夫などこの世にあると思うな」という開祖まさの痛切な認識は、嫁ぐ娘の意向を無視して家同士で婚姻関係が結ばれた時代の、女性のがわの悲哀を象徴するものだったが、開祖が女性であり教団形成期には婦人信徒が圧倒的に多かったことが、教団に人間の不幸は貧・老・病・死だけではないことを事実において教えることにもなっていた。地主の小作人にたいする、資本家の労働者にたいする支配よりも苛酷な、男性による女性支配、そしてそこから生れる人間の性(セックス)の歪みと女性がわにのみ皺寄せられる抑圧が生む不幸というものを、フロイト的な学説によってではなく、生活そのものを通じて教団幹部は知っていたのである。(pp.247-248)

 この部分に象徴的だが、本作で「男性支配」の実態として描かれているのは、「女性の性欲の抑圧」の面が大きく、女性差別を是正するための教団内の制度もこの点に関わるものだけである。一方で、当時の教団の女性が感じたであろう他の抑圧、たとえば会議の場での意見が通りにくい(そもそも発言できない)とか、最後の決め事は男性幹部に任されるとか、「思想の持ち主」として扱われるのが男性ばかりとか、弁論の場に立つのが男性ばかりとか、家事負担が女性に一任されるとか、そういう面での男性支配への抵抗が描かれることが少ないのは、やはり本作の限界として指摘しておきたい。

 こうした問題は、いわゆる「運動内差別」として指摘されるものと多くが重なっている。そして、運動内差別を鋭く告発したのがウーマン・リブの主張であり、『資料 日本ウーマン・リブ史Ⅰ~Ⅲ』(溝口明代・佐伯洋子・三木草子編、松香堂書店)でその膨大な数の実例を見ることができる。大量の資料があって一つだけ切り出すのは忍びないのだが、当時の学生組織内部の性差別の実例を告発した実例を掲げておく。

ex1 2名の女性同志を慣例として今大会冒頭に書記に任命。何故、女性同志のみが書記に、女性同志はただ書記だけに男性同志より任命されるのかとの抗議が女性同志より出される。これに答えて女性同志一、男性同志一が任命しなおされる。全くの形式主義でしかないこの中央執行委員会の決定に異議の声が強まり、時間切れのため大会は翌日に引き継がれる形で終了。

ex2 4・21東大安田講堂前にて開かれた「劉君支援・入管法粉砕行動」においてリブ代表の性の差別をもって敵対していった全学連を、その一員であるからこそ糾弾した一女性同志の提起を無視抹殺し、今大会直前の都自代(東京都自治会代議員会議)における彼女のビラ配布まで取り上げなかった。理由として「婦人問題」について組織的方針が出ていないからそれをふまえない女性同志の提起は、組織破壊行為であり敵的行為であるとして逆に彼女に「自己批判」を要求する。

ex3 佐藤訪米阻止、十一月決戦期に女性同志から「炊事を何故、女性同志だけにさせるのか。どうして女性同志を信頼しないのか。闘争主体として認めようとしないのか」という異議があったとき、これに対して「現在の状況でアレコレ言うのは人民に対する裏切りだ」として「階級的視点」にたった判断により取り上げられなかった。

ex4 71・5・13日大闘争の新たな爆発が法学部で胎動を開始した時、右翼関東軍による経済学部学友のリンチがおこりこれを糾弾し、学友奪還のデモをした一女性同志が機動隊のテロルで倒れた。彼女は頭部負傷で一か月入院したが、これについて「女がデモに入るのはむさいなと思った。でもそれを言うと差別だと言われるから黙っていた。とにかくよくやったよ」。

ex5 全学連入管闘争本部の一女性同志が闘争主体として自己を問い詰め女であることをこれまで直視してこなかった(=長いものにまかれてきた)結果として「長いものにはまかれない」劉君の闘争の意味が分からないのではないかという提起を一貫して本部のすべての人間が無視してきた。(「8・4革共政治集会の集結したすべての人たちに」性の差別と闘う全学連の女より、Ⅰ、p.125)

 言葉遣いに時代を感じるが、書かれている事例は、今でも問題提起として通用する(してしまう)。

 『邪宗門』には会議による意思決定の場面もよく描かれており、本来ならこうした問題を扱うチャンスが豊富にあったと言える。しかし、花井佳子や赤木かず子など、おあつらえ向きのキャラクターがいるにもかかわらず、こういう方向への深堀りはあまりない。後半で、女性の阿礼が組織の意識決定を担う場面は出てくるものの、その描き方はやや露悪的で、むしろ「女性指導者による意思決定」を軽んじて描いているようにも見えてしまう。

 時代的なリアリティを考えたとしても、後に紹介する〈教姉教弟〉制度を成立させる難易度に比べれば、この問題を扱う方がはるかに「簡単」だったはずだ。また、マルクス主義など時代を踏まえた思想の持ち主は色々と出てくるのに、『青鞜』や女性参政権運動などがあまり物語に登場しないのも明らかに非対称的だ。まさの生涯や教団の性格を考えると、同時代の女性運動との接続が薄いのは、むしろリアリティに欠くと言っても良い。

 自分の人生の苦しみを「なぜ」と男性指導者たちに問いかけるも、誰にも聞き入れられなかったという経験のある開祖まさなら、こうした場面での女性差別にも敏感になり得ただろうし、そういう物語を盛り込むこともできたはずだ。この点は本作の限界と言えるし、それは当時の学生運動が抱えていた問題点と重なっていると思う(そしてこの問題は今も解決されないまま残されている)。

 話を戻して、本文に戻る。

 〈七去〉の制は、その制度の愚かさは言うまでもなく、なによりもまず背後によこたわる人間認識自体が完全にハッタリである。……肉体的、精神的弱点を女性の特質と考えた考えかた自体が、そもそも間違っている。そして、ともかくも成年に達して社会の風波にいささかもまれたことのある男なら、誰もが知っていたはずのことだった。男同士の嫉妬のいかに凄惨でみじめなものか、大ウソをつくのは果して男か女か、いつの時代の男たちも痛いほど解っていたはずだ。人類最初の階級闘争である雌雄葛藤の末の、男性による女性の制覇、それに重なった財産私有制と地位世襲制、そしてそれを正当化するために動員されたイデオロギー。それが、三歳の児童にも見抜ける嘘を全世界に普遍させ、何千年かの真理となった。すこしずつ型こそ違え、インドでも中国でも、日本でもヨーロッパでも――。支配し服従すること以外に関係のありかたを見いだしえなかった人類の悲惨の、それは一つの象徴である。(p.248)

 「七去」とは、夫が妻を一方的に離縁できる七つの理由である「無子、淫乱、舅姑に仕えない、口うるさい、盗みをする、嫉妬深い、病気」を指す。この一段で、こうして女性の特質を肉体的・精神的弱点に求める言説への批判がなされ、この言説が男性支配の正当化のために作られた「嘘」であると明言される。ここには、女性/男性それぞれに「本質」があるという考え方(本質主義)を否定する方向に進みうる萌芽が見える。

 そして、宗教と性の問題を、以下のように要領よくまとめている。

 宗教が人を救おうとするものである以上、男による女の抑圧を、その秘密な性の面においても解消しようとしなければ、それは宗教の名に価しない。そしてそうした志向は当然、どの部分かで既成の法律や支配のための道徳と衝突する。ほとんどすべての新興宗教に投げつけられる〈淫祠〉なる貶辞は、むしろしばしばその宗教の名誉である。(pp.258-249)

 このように、価値転換を切れ味鋭く鮮やかに示すのは高橋和巳の十八番である。きっと高橋和巳アジビラを書くのも得意だっただろう。なお、私個人の感覚では、新興宗教を描く他のフィクションでは、むしろセックスの厳格な管理が特徴とされる場合が多いイメージがある(『ミッドサマー』の印象が強すぎるのかもしれないが……)。この点で、本作の宗教観はそうしたフィクションとは一線を画していると言えよう。

 さて、だいぶ回りくどくなったが、教団の共同体内部での性のあり方の実態を描くのが以下の部分である。

 ひのもと救霊会では、世なおしの実現するまでの過渡期には、ともかく、比較的に支配道徳に侵されることの少い、各地の農村風習の長所を折衷的に採用するのがよいという方針をとっていた。性の面だけの急進的な解放は、世なおし以前の時代ではかえって混乱をまねくと考えたからである。そして若者組や娘仲間での宿泊をともなう村の教育機関で、性教育の手ほどきをも兼ねる古来の農村風習が、まず研修課程にとりいれられた。次に、女にだけ要求される貞操観念や処女崇拝も、家柄を重んじ私有財産を守らねばならぬ支配者層の道義にすぎず、公娼制度がその裏返しの糊塗策であることが教えられ、独特の廃娼運動が展開された。祭りの夜の自由恋愛や夜ばいのほうが、妓館での男女の交渉よりもはるかに天下の人倫に合うとして、教団では四季の祭典の後に無礼講の日をもうけていた。さらにもう一つ、おそらくは教団独特の〈教姉教弟〉の制度というものを、不文の制度として教団はもっていた。(p.249)

 女性だけに貞操観念や処女崇拝が強制されることや、公娼制度がその裏返しの糊塗策であるという指摘は、今見ても妥当なものであろう。同様の言説が『日本ウーマン・リブ史』の資料を眺めていても散見される。たとえば売春防止法の反対については、メトロパリチェン「労働基準法 売春防止法の欺瞞性と女の存在」(1971年、Ⅰ、p.157)から「売春防止法と斗う女の会」(1978年、Ⅲ、p.119)まで、よく問題化されている。

 ただ、セックスワークそれ自体を積極的に一つの労働としてとらえる観点が乏しいことは限界として指摘おきたい*1。この教団内部において考える場合、その共同体の在り方がそもそも反資本主義的な形になっているので、この一段は「セックスワークは非道徳的」という主張の表出としてではなく、「そもそもワーク自体が搾取的」という文脈で読むこともできなくはない。ただ、だとしても、セックスワークが受ける特有の差別に言及されない限り、そのスティグマは強化されてしまいやすい。

 そして、教団にあったのが〈教姉教弟〉制度である。

 十五か十六で、この世のことも知らぬままに嫁にやられ、人格としてよりも労働力として家族に加えられてこき使われ、舅姑に仕え、夜は一家が雑魚寝をし、夫にしてやれることはただそれだけと慌しい夫の欲望に身体を開いて本来の女性の喜びも知らぬままに昏睡するのが、大部分の農婦の運命である。……男には公然の遊興の施設はあっても、女には解放の場はない。もし姦通すれば、男のがわからのみできる離婚か、さもなくば国家権力による二年以下の懲役の刑が待っている。(p.250)

 教団の本部では、救いをもとめてくる未亡人や棄婦、結婚の機会を逸した女工などに、婦人の側に優先的選択権のある、青年部独身者との法律外の男女関係を許していた。教団はこれを〈教姉(あね)さん〉と呼ぶ。何か月か何年かの教団生活の中で、心ひかれる若者を見いだせれば、ひそかに長老会に申しいで、〈教姉さん〉として、その青年の身のまわりの世話をすることを許されるのである。……開祖まさが教主仁二郎を警察の手から守った関係が一つのモデルと意識されていて、夫婦と親子の関係のほかに、孤独な年長の婦人が年下の青年を愛する〈教姉教弟〉関係を、人間関係の一つの単位として認めるのである。この〈世話〉が肌着の洗濯や毛糸のチョッキを編んでやったりする中年婦人の母性的愛情の満足だけにとどまってもよいし、それ以上の関係にすすんでもよく、それは当事者の自由にゆだねられる。(pp.250-251)

 高橋和巳は、男性支配の状況に対するアンチテーゼとして、教団では「婦人の側に優先的選択権のある」関係性を許容していた、という設定を持ち出した。「支配し服従すること以外に関係のありかたを見いだしえなかった人類」が戦前に可能だった形態として、また開祖まさの人生の経験の中から想像可能だった形態として、男女の支配関係を逆転した制度を高橋和巳は創案した、といったところだろうか。

 正直、むしろこの方がリアリティがないような気もするし、もっと考えようがあったのではないかとは思うところもある。どうせなら、祭典の後の無礼講の日での「自由恋愛や夜ばい」の方で起こる出来事を詳しく描き切ればよかったのでは、と思ったりもする。ただ、これは設定なので詰めても詮無いところではある。本作では、この設定の枠組みの中で、千葉潔の教姉となった人の物語が描かれる。

 この制度を利用しようとした女性に対して、教主は以下のように注意を与えている。

 よいかな。これだけのことは誓ってもらわねばならぬ。一つは、この制度のことは未信徒にはぜったいに口外せぬこと。それは、この制度に後ろめたいところがあるからではない。制度がこの現実よりもほんの僅かながら進みすぎており、この現世よりもほんの僅かながら神の国に近いからじゃ。本当は教団外にもこういう制度が拡まってもいいのだが、残念ながら今の世間はそうはいかんし、また信仰心で身を律するすべを知らなくては、あらたな悶着の種にもなる。とりわけ今は、あんたも知ってのとおり、人は鵜の目鷹の目でこの教団のあら探しをしておる。むやみに外にもらしては、またどんな誹謗が教団にかかるか知れぬからな。もう一つは、すべて形あるものはいずれは崩れるごとく、この教姉教弟の関係も、教弟が一家の主人たる資格を物心両面でそなえて若い女性と結婚し、通常の家庭をもつ時には、解消されねばならぬことを、最初から確認しておくことじゃ。別れというものはどんな場合もつらいものじゃが、女のがわの優先的選択権は、やがて女のがわからみずから身を引くことによって埋め合わされる。

 なんだかんだ言いながらも、こういう登場人物の話法にリアリティがあるところに、本作の魅力があると思う。この台詞で語られていることは、教団からすると到底理想的とは言えないし、妥協も妥協の産物なのだが、「こういう情勢の中で、この制度を守ろうとしたら、教主っていかにもこう言いそうだなあ……」と思わせてくる、(ちょっと嫌な)生々しさはちゃんと描かれている。

 ちなみに『日本ウーマン・リブ史』には、「『我が心は石にあらず』より」(集団くのいち『現代女庭訓』1972年、Ⅰ、p.138)という文章が収録されており、高橋和巳『我が心は石にあらず』に対する痛烈な批判が展開されている。この文章はとても面白く、高橋和巳の魅力と限界がよく言い当てられており、その後の時代に高橋和巳があまり読まれなかった理由も何となく分かるように思う。いつか紹介したいのだが、私がまだ『我が心は石にあらず』を読めていないので、また今度にしたい。


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(棋客)