授業
「山の学校」の『論語集注』を読むクラスの授業内容から。先週に続いて、辞書の話題です。 『論語』里仁 子曰:「我未見好仁者,惡不仁者。好仁者,無以尚之;惡不仁者,其為仁矣,不使不仁者加乎其身。有能一日用其力於仁矣乎?我未見力不足者。蓋有之矣,…
「山の学校」での授業の内容から、朱子の『論語集注』の一節を読んでみます。今回取り上げるのは『論語』里仁篇の以下の箇所です。 子曰:「參乎!吾道一以貫之。」曾子曰:「唯。」子出。門人問曰:「何謂也?」曾子曰:「夫子之道,忠恕而已矣。」 孔子が…
「山の学校」の漢文を読む授業から、今回は『世説新語』雅量篇の逸話を取り上げます。 劉慶孫在太傅府,于時人士,多為所構。唯庾子嵩縱心事外,無跡可閒。後以其性儉家富,說太傅令換千萬,冀其有吝,於此可乘。太傅於眾坐中問庾,庾時頹然已醉,幘墜几上,…
「山の学校」の漢文講読クラスで読んだ、印象に残る部分について書いていきます。今回は朱熹『大学或問』の一節を取り上げます。 『大学或問』とは、四書の一つである『大学』について、朱熹が仮想問答の形式を取って説明する本です。『大学』は朱子学のなか…
引き続き、秦鼎『世説箋本』を「山の学校」の授業で読んで印象に残っている箇所をメモしておきます。今回は、具体的な問題点というより、なんとなく感じたことを書き残しておくだけです。 『世説新語』言語篇を読んでいるとき、以下の難解な劉孝標注に出会い…
引き続き、秦鼎『世説箋本』を「山の学校」の授業で読んで印象に残っている箇所をメモしておきます。今回は、『世説新語』方正篇より、王済(王武子)が司馬炎(武帝)を鋭く諫めた話。 『世説新語』方正篇 武帝語和嶠曰:「我欲先痛罵王武子,然後爵之。」…
引き続き、秦鼎『世説箋本』を「山の学校」の授業で読んで印象に残っている箇所をメモしておきます。前回の『世説新語』文学篇の鄭玄が師匠の馬融に追われた話の続きです。 (1)鄭玄在馬融門下,三年不得相見,高足弟子傳授而已。嘗算渾天不合,諸弟子莫能…
これまで、「山の学校」の『世説新語』を読むクラスで得た知見を共有してきました。私は他に『論語集注』を読む授業、『大学章句』と『大学或問』を読む授業もしておりまして、今回はそちらを題材に、多音字の読み分けについて整理しておきます。 ○「見、賢…
引き続き、秦鼎『世説箋本』を「山の学校」の授業で読んで印象に残っている箇所をメモしておきます。『世説新語』文学篇の冒頭、鄭玄が師匠の馬融の学塾を去る時に、嫉妬されて追われて殺されかけたという話です。 (1)鄭玄在馬融門下,三年不得相見,高足…
前回に引き続き、秦鼎『世説箋本』を読んでいる「山の学校」の授業から、印象に残っている箇所を取り上げてみます。今回は、『世説新語』言語中の三十一章、王導の逸話から。 過江諸人,每至美日,輒相邀新亭,藉卉飲宴。周侯坐而歎曰:「風景不殊,正自有山…
2024年度から、学校法人北白川学園の「山の学校」にて、漢文の講座をいくつか担当しております。本来は私が漢文の読み方を一から教えていく講座なのですが、むしろ受講生の方から私が教わることも多く、私自身勉強させてもらいながら授業をしています。今日…