達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

勝手気ままな「訳書」紹介―『孟子』

 こちらも『論語』ほどではないですが、多種に渡っています。『論語』に比べると長い本なので、抄訳もちらほら見受けられます。

 

①小林勝人訳、宇野精一

 有名な話ですが、最も一般に流布している小林勝人訳(岩波文庫、1968)は、批判の多い著作です。吾妻重二「岩波文庫『孟子』を疑う」(『宋代思想の研究 : 儒教・道教・仏教をめぐる考察』関西大学出版部、2009)に難点がまとめられています。これは、訓読が標準を逸しているという問題点もありますが、それ以上に宇野精一訳(宇野精一訳(『新釈孟子全講』學燈社、1959、のち『全釈漢文大系』集英社、1973、のち『宇野精一著作集』第3巻、明治書院、1998)剽窃しているとされる点が問題。

 もともと宇野訳は、日原氏に「注釈が精確」*1と称されている通り、既に十分な質を備えている良書です。特に語釈が丁寧で、渡辺卓『孟子』(明徳出版社、1971)においても「旧説を折衷して最も要領を得ている」と高く評価されています。もともとこちらを読んで、何の問題もありません。三つの版で改訂されたところもあるので、出来れば最新の著作集版を読むのが良いでしょう。どうしても、岩波文庫に比べると入手しにくい点は否めませんが。

2020/06/14追記

 宇野精一訳『孟子』が、講談社学術文庫より再版されました!!!

 これによりかなり入手しやすくなりましたが、原版から削られた部分があるようです。

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金谷治

 金谷治訳(『中国古典選』朝日新聞社、1955、のち1966に新版)は、古注(趙岐注)を主としながら、原義を探り基本的に穏当な解釈を施したもの。各段に丁寧な解説が施されています。索引付き。

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湯浅幸孫

 同じく湯浅幸孫訳(筑摩書房、1971)も古注を主としながら原義を取ることに努めたもの。末尾に解題が附されていますが、原文と訓読文はなし。

 やや疑問なのは、筑摩書房のこの本、四書の訳がセットになっている(『論語』が倉石、『大学』『中庸』が金谷)のですが、湯浅訳だけ朱子注準拠ではないんですよね。何か特殊な事情があったのかもしれませんが、版元がしっかり方針を立てていれば、もっと利用される本になったのではないかと感じます。どの訳も質が良いだけに残念です。

 

④大島晃訳

 朱子注準拠の『孟子』訳となると、大島晃訳(『中国の古典』学習研究社、1983)が挙げられます。付録として「孟子集説」の訳も末尾にあり、朱子注の全体像が把握できるでしょう。前回述べたように、このシリーズは藤堂氏監修で「お茶の間やオフィスでも」楽しめるように作られたものです。解説はやや手薄なところもありますが、その分読みやすく、幅広い層に推薦できる本と考えます。

 

渡辺卓訳(部分訳)

 先ほど挙げた渡辺卓『孟子』(明徳出版社、1971)も、よく名前の挙がる本です。特に冒頭の長い解説は、孟子の思想、その研究史、日本での受容、有益な研究書・論文・訳本の一覧まで載っており、簡潔ながら要を得たものとして評価されています。*2訳が全訳ではなく抄訳なのは惜しまれますが、『孟子』は結構長い本なので、入門としては抄訳も良いかもしれません。

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 その他、内野熊一郎訳(『新釈漢文大系』明治書院、1962)も全訳で語釈と解説付き。貝塚茂樹訳(中央公論社、1966)は『論語』とセットで抄訳です。貝塚訳は前回紹介した『論語』訳と同じ方針です。

*1:(『アジア歴史研究入門Ⅲ』(同朋社、1983)

*2:日原氏も「解説が抜群」と賞賛します。(『アジア歴史研究入門Ⅲ』同朋社、1983、