達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

中国学と円城塔『文字渦』(下)

前回はこちら

 

はじめに

 『文字渦』について引き続き語ってみます。

 少し内容に踏み込んで書くとは言ったものの、短編集でありながらそれぞれが緩やかに関連を持ち大きな世界を作っているこの作品自体の枠組みの話は、私には手に余る代物です。今後の人生で何度も読み返す中で、ようやく「そうだったのか」と気が付く所も沢山あるでしょう。むしろナボコフが「読書とは再読である」といったように、それこそが読書の本質とも言えるものです。

 となれば、何を隠そう、私は全然分かってない読者なのです。あまり大きい話はせず、部分部分で面白いなと思った表現を厳選して抜き出してみます。一部を抜き出すことによって話がかなり小さく見えてしまうところがあり魅力を損なっている感じもしますが、これが私の限界です。また、事前情報を入れずに作品を読みたい方は、以下は見ない方が良いです。(どれもあまりネタバレが影響しない作品ですが。)

 

闘字

引用

 まずは「闘字」の一節。

 説文解字は、文字を部首によって分類したが、部首の順序は文字たち自身に任されており、部の内部でも独自の秩序を採用している。説文解字の内部では、文字たちの棲む世の道理によって、一つの宇宙が組み上げられる。・・・

 従って、文字による創世から循環までを描いた説文解字中に字を探すのは、世の成り立ちを追跡する作業となり、説文解字の支配する世に暮らすことと同義である。・・・説文解字に分け入るためには、ひたすらこの宇宙の仕組みに同化していくしかないのであって、最終的に一本化して宇宙内部に住み着くよりない。

解説

 『説文解字』の部首の並びが単純な画数順でなく、その序列に一つの思想が反映されていることは中国学に関わるものであれば知っていることです。ここから「『説文解字』は独自の秩序から成り立つ一つの世界である」ぐらいのことなら、レトリックとして私にもすぐ浮かぶかもしれません。が、「文字たちの棲む世の道理」やら、「宇宙内部に住み着くよりない」といった表現まで進み、更にそれがただの比喩でなく本書の大きなテーマを形成するとまで来ると、ああこれは新しいな、と感じるのです。本書においては、文字が「棲む」という表現はただの比喩ではなく、まさしく文字通りの意味で、文字自身が意思(?)を持ち、動き出し、変化し、「棲」んでいるのです。

 

緑字

引用

 続いて、「緑字」の一節。膨大な文字データを含むテキストファイルを探索すると、お経の文字列とその前後に謎のプログラムのコードが発見される話。

 最初の突破口となったのは、金光明最勝王経からなる諸島と、華厳経からなる諸島だった。この二つの経典は、ただの金光明最勝王経と華厳経ではなく、「紫紙金字最勝王経」と「紺紙銀字」なのだというのが森林の出した結論だった。というのは、機械の言葉による指定が、文字データとその配置だけではなくて、文字を印刷する素材や、紙の色や質にまで及んでいることがわかったからだ。・・・経典の島々は、国宝「紫紙金字最勝王経」を再現するデータであり、重要文化財「紺紙銀字華厳経」を再現するデータであり、その素材の作成方法を示すデータだった。

解説

 これは書誌学・版本学。二進法で記されるデータの世界の中に、そっくりそのまま旧本の姿が保存されいつでもアウトプットできる世界。但し、前後を読めば話がそう単純ではないことが判ります。他の短編には、文字は伝えられる媒体によって意味が変わり得るのではないか、という言葉も。本書全体を通して、紙や字体、データといった文字の伝えられ方へのこだわりが深く感じられます。尤もこれは、円城作品全般に言える話なのですが。

 ちなみに「紫紙金字最勝王経」は一度博物館で見たことがあります。本当に美しい本です。

 

 梅枝

引用

 次は「梅枝」から、本書で時おり登場してガイド的役割を果たしている境部さんの台詞。

 「将来、芭蕉の作品が滅んでしまって、そうだな、境部本『月の細道』だけが残されていたら、やっぱり芭蕉は月に行ったってことにされるんじゃないかな。その頃にはもう、俳句という形式も忘れられていて、人類は月に進出して、月の山を眺めている。人類が地球起源だということさえもう、専門家以外は知らないわけだ。『月の細道』はそうだな、一見ごくごくふつうの旅日記の形をとった句集なんだけど、読み進めるとどうもこれは月を進んでいるらしいとわかるようにできている」

解説

 直接的にはボルヘスの「ドン・キホーテの著者、ピエール・メナール」を思い出すでしょうか。果てしなく壮大ですが、根幹は中国古典の注釈史(中国古典に限る必要はないでしょうが)と同じ。果てしなく繰り返される解釈の営みの中で、本来の意味はもはや問題ではなくなり、新たな意味を持ち始める過程。

 なお、この短編は、特に文字とその表示形態の関わりを深く論じているものです。本書の短編の中で恐らく最も読みやすく、本書の導入として最適。まずはこの篇を読んでみるのも良いかもしれません。特に、

「昔、文字は本当に生きていたのじゃないかと思わないかい。」

という言葉は、この本の全編に共通するテーマと言えるでしょう。

 

新字

引用

 続いて、外交使節として訪中した一人の人物に焦点を当てる「新字」の一節。

 しかし境部には、あの楷書という字体は、文字というより新種の呪具のように見えるのである。およそ人間らしさというものを省き捨てて完全に秩序に従わせることで、書く者に不自然な手の動きを強い、刻する者に無茶な鑿の使い方を強いるあの字形こそ、天子が地上を統べる宣言として相応しいのではないかと思う。

解説

 呪詛としての文字。不自然で機械的、記号的な字であるほどに、却って呪詛的な力を感じさせるというのは、いわゆる文字学とは一味違う考え方なのではないでしょうか。文字を直接に呪詛的な力を持つものとして捉える考え方は、道教の「符」なんかを思い起こさせます(本書でも別の箇所で登場します)。

 

微字

引用

 最後は本書の巨大な枠組みを一つ提示している「微字」の冒頭。

 本は、表紙を下にして、順に重ねていくものだ。

 古い頁ほど下に積もるのが自然の道理というものであり、累重の法則として知られる。元来は水平をなすものだから、縦に並んだ本たちは地殻変動の産物である。歴史は褶曲により歪められ、撓曲により断絶が仄めかされることになる。

解説

 こういうちょっとしたところからも、縦向きでなく横向きに本を置くのが本来である線装本の在り方を思い出したりします。図書館に地層学を持ち出す奇抜な発想は、ちょっとついていけない世界です。

 

最後に

 敢えてコメントしませんでしたが、他に「文字渦」は秦朝の職人の話ですし、「天書」王羲之が主人公。どちらも中国の歴史上の一コマを直接に舞台としており、その読み替えと作り変えの超絶技巧には感服されられます。

 他に「種字」「誤字」「金字」「幻字」「かな」を合わせて、計12篇。篇名を見るだけでも何だか楽しげではないですか? 

(棋客)