達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

映画「ノー・オーディナリー・マン」(No Ordinary Man)の感想(1)

 今日から、関西クィア映画祭で観た映画「ノー・オーディナリー・マンについて紹介していきたいと思います。一応、アメリカ版Amazon primeでオンライン公開されているようですが、日本語の字幕はないと思います。

 今回は導入ということで、映画の内容・構成をざっと紹介します。

 

 「ノー・オーディナリー・マン」は、ビリー・ティプトンというジャズミュージシャンについてのドキュメンタリー映画です。

  ビリー・ティプトンは、1914年にアメリカのオクラホマで生まれ(オクラホマはさまざまな音楽が交差する街だったそうです)、ジャズミュージシャンとして生涯を送った人で、1989年に亡くなりました。

 ビリーは、生まれた時には女性として性を割り当てられましたが、19歳の頃から社会に男性とみなされる格好をし始め、その後は男性としての生き方を選択し、妻・子供を持ち、一生を終えました。

 生前、ビリーはそのことを隠しており、また他人にもほとんど知られていなかったようです。ビリーが死を迎えた時、その遺体からその状況が明らかになり、スキャンダルとして(「自分の性を偽り続けた」とか「家族までもを騙し続けた」とかいう言葉で)メディアに取り上げられ、人々の知るところとなりました。

 その後、ビリーの生涯は、ダイアンという人が「Suits Me: The Double Life of Billy Tipton」という伝記にまとめました。この著作では、ビリーは「女性」でありながらも、「男装」し周りを「騙す」ことで男性が支配していたジャズの世界で活躍した人という方向で描かれています。この著作は、トランスジェンダーへの偏見に溢れているものとして、映画の中では厳しく批判されています*1

 

 この映画は、ビリーをトランス男性としてとらえ*2、トランスへの理解が今よりはるかに厳しい当時にあって、自分の力で生き抜いてきたビリーをリスペクトしながら、現代社会においてトランスジェンダーが生きていく上で障害となる問題について考えていく作品です。

 ただ、そうした障害だけを取り上げ、トランスジェンダーの暗い未来だけを想像させる作品ではありません。大阪会場での観た人の感想として「ケア的」という言葉が挙げられていたように、現代社会を生き抜くマイノリティをエンパワーメントし、こういう社会の中でどう生きていくのか、どういう未来があるのかということについて、メッセージを託す作品です。ぜひ多くの方に見てほしい作品だと思います。

 

 さて、この映画は、単純に「誰かがビリーを演じてその生涯の再現を試みる」というようなものではありません。むしろ非常に入り組んだ構成が採られているのですが、映画を観ていると、それがビリーのドキュメンタリーを撮る上で考え抜かれたものであることが分かります。

 この映画は、以下のような構成要素からなっています。(★が主要な部分)

  • ビリーの紹介ナレーション
  • トランスジェンダー(十名ほど)へのインタビュー(現在)★
  • ビリー役のオーディション会場の様子(現在)★
  • ビリー・ジュニア(ビリーの子供)へのインタビュー(現在)★
  • ビリーの死後にビリーを報じたテレビ番組(過去)
  • ビリーの死後の妻・子供へのインタビュー(過去)
  • ビリーの伝記の著者ダイアンのインタビュー映像(過去)
  • ビリーの肉声(過去)

 数多くのトランスジェンダーへのインタビューから、トランスジェンダー現代社会の中で生きていくときに直面するテーマを取り上げ、それと関連させながらビリーの人生やオーディションの様子が描かれていきます。

 このインタビューの中で提示されるテーマについては、次回の記事で取り上げることにし、今回は全体の構成について考えてみましょう。

 

 まず、ビリー役のオーディション風景が描かれるのは、この映画最大の特徴と言えます。このオーディションに参加しているのは、みなトランス男性です*3。ビリーは白人ですが、黒人のトランスジェンダーもオーディションに参加しています。

 オーディション参加者は、制作陣の求めに応じて、ビリーの言葉を自分なりに演じていきます。制作陣と対話し、シチュエーションを確認しながら、自分がビリーの身になり切って演じることで、新たな発見や解釈が生まれていく様子は、それ自体が一つの人間ドラマとして非常に見ごたえがあるものです(大阪会場のトークショーで佐々木楓氏もそんな話をしていた記録があります)。

 たとえば、ビリーが自分と似た境遇の人に初めて出会うシーン。ここで自分が孤独ではないとビリーが気が付いたとされますが、オーディション参加者は、こうした場合の 現代のトランス男性の反応は想像できるけれども、1950年代の社会状況中でビリーがどのように反応するのかは想像を絶する、というコメントを残しています。さらに、このシーンでは、ビリーが出会う相手のことを(役者が)知らない状態と知った状態とで、二回演技をしてもらうことで、その対比を鮮やかに描き出しています。

 また、オーディション会場自体が、似た境遇の人が集まる交流の場所として、心地よい空間になっていることも見逃せません。本作で提示されるテーマについて、オーディション参加者が意見交換しているシーンや、オーディション参加者が制作陣の中にむかし影響を受けた人を発見して涙するシーンもあります。

 

 次に、ビリー・ジュニア(ビリーの子供)へのインタビューも、このドキュメンタリーの構成要素として大きなウェイトを占めています。この映画のもう一人の主人公はビリー・ジュニアであるとも言えるでしょう。

 先ほど、ビリーは死後にメディアに盛んに取り上げられたと書きましたが、その頃の実際のテレビの映像も何度も出てきます。これによって当時の無理解な人々の姿を描き出しているのですが、さらにビリーの妻やビリー・ジュニアへの当時のインタビューも映し出されています。そしてこれと、現在の時間軸でのビリー・ジュニアへのインタビューが重ねられて写し出されていくのです。

 当時から変わらないのは、ビリー・ジュニアが一貫して、父としてのビリーの愛に感謝を述べていることです。ビリー・ジュニアは、父のことを知った時には衝撃を受けたが、よくよく考えてみると、何も変わらないのだと思った、父は自分を愛してくれていた、といった言葉を(当時から)残しています。

 ビリー・ジュニアは、父のような人は他にはいないと思っていたらしく、当時から孤独のなかで父のことを語り続けてきた人です。そうした状況下で、父のことを知っている人、覚えている人がいることに、「ここ数年は驚きの連続だ」というようにも語っています。

 こうした背景があるビリー・ジュニアに対して、映画の制作陣やオーディション参加者は、「ビリー・ジュニアに、ビリーのことを誇りに思ってほしい」という希望を語っています。そこでビリー・ジュニアに伝えられた言葉は、ビリーはトランスジェンダーにとってヒーローであるということ、カウンセラーもホルモン治療も周囲の人の理解もない時代に、自分の力で人生を生き抜き、人生を謳歌した人だと思う*4、ということが伝えられます。

 

 大阪会場のトークショーで、佐々木楓氏は、この映画はビリーへの「静かなリスペクト」が込められた作品だと評しておられましたが、まさにその言葉通りの作品だと思います。

 「ノー・オーディナリー・マン」については、まだまだ語りたいことがあるので、来週・再来週とブログの記事として投稿予定です。みなさましばらくお待ちください。

 

記事一覧

(棋客)

 

*1:トランスジェンダーが嘘つき、ペテン師呼ばわりされること、そしてそれが典型的なトランス差別であるということは、この映画でもちろん取り上げられており、次回の記事に書きます。

*2:なお、ビリーは自分のアイデンティティについてはっきり言及しておらず、またビリーが生きた時代にはトランスという考え方が広まっていたわけでもないので、ビリー=トランス男性と決めつけられるわけではありません。この問題については、再来週の記事で述べます。

*3:これはもともとトランス男性に限定したオーディションです。参加者の中には、もともと演技が好きだったものの、トランス後は機会に恵まれなかったと言っている人もいます。

*4:トランスジェンダーへのインタビューで、このことを「ジャズの即興演奏」と重ねて理解している人もいました。つまり、自分の身体を、社会のその場その場でアドリブで乗りこなしたことと、ジャズの即興演奏を重ねて捉えるわけです。