達而録

中国学を志す学生達の備忘録。毎週火曜日更新。

王応麟『困学紀聞』について(1)

 いま、大学の演習で『困学紀聞』を読み進めています。折角ですので、この本についての概要(今回)と、版本について(次回)まとめておきます。

 まず、「四庫提要」の『困学紀聞』の条を読んでおきましょう(一部省略してます)。なお「四庫提要」の全文は、人文研のデータベースに便利なものがあります。→全國漢籍データベース 四庫提要

 宋王應麟撰。應麟有『周易鄭康成註』,已著錄。是編乃其劄記考證之文。凡說經八卷、天道地理諸子二卷、考史六卷、評詩文三卷、雜識一卷。卷首有自敍云「幼承義方,晚遇艱屯,炳燭之明,用志不分」云云,蓋亦成於入元之後也。應麟博洽多聞,在宋代罕其倫比。雖淵源亦出朱子,然書中辨正朱子語誤數條。……蓋學問旣深,意氣自平,能知漢唐諸儒,本本原原,具有根柢,未可妄詆以空言。又能知洛閩諸儒,亦非全無心得,未可概視爲弇陋。故能兼收並取,絕無黨同伐異之私,所考率切實可據,良有由也。

 宋の王応麟の撰。応麟には『周易鄭康成註』という書物があり、既に著録している。『困学紀聞』は、応麟の劄記(読書メモ)・考証の文章である。「説経」八卷・「天道地理諸子」二卷・「考史」六卷・「評詩文」三卷・「雑識」一卷からなる。卷首に自叙があり「幼い頃に正しい道義の恩沢を受け(宋朝を指す)、晚年に艱難に遭遇した(元朝を指す)。ろうそくの明かりの下で、集中して勉学に励んだ」云々というから、おそらく元代に入ってから完成したのだ。応麟の博識ぶりは、宋代では匹敵する者は稀である。応麟の学の淵源は朱子にあるのだが、『困学紀聞』の中には朱子の語の誤りを正すものが数条ある。……その学問は深く、気概は公正で、漢唐のさまざまな儒者のことを分かっており、全てに詳細で、それぞれに根拠があり、虚言を弄して扱き下ろすことはない。また、二程・朱子らの儒者のことを分かっており、全く心得がないということはなく、大雑把に浅薄だとしたりもしない。よって、両者を兼ねて取ることができ、自分の同類に雷同し、反対の者を排除するということは全くなく、調べたものは事実に合い、根拠とするに足るもので、由来のあるものだ。

 以上が王応麟『困学紀聞』の内容について評価するところです。『困学紀聞』は、宋代の著作ながら、考証学の走りとされる書物です。「四庫提要」でも、非常に高い評価が与えられていることが分かりますね。

 元時嘗有刻本,牟應龍袁桷各爲之序。卷端題語,尚鉤摹應麟手書,藏弆之家,以爲珍笈。此本乃國朝閻若璩何焯所校。各有評註,多足與應麟之說相發明。今仍從刊本,附於各條之下,以相參證。

 元代には木版本があり、牟應龍・袁桷がそれぞれ序文を付けている。巻の最初には題語があり、これは応麟の筆致を摹刻(模倣して版木に刻むこと)したもので、家に蔵され、宝物とされていた*1。この本(四庫全書本)は清の閻若璩・何焯が校勘したもので、それぞれの注釈があり、多くは応麟の説と相互に意味を明らかにするものである。今は刊本に従い、(閻・何の説を)各条の下に附し、参照できるようにした。(以下略)

 少々ややこしいのですが、ここで言及されている牟應龍・袁桷の序がある元版本とは、実際には明版本のようですね。このあたりの版本の話については、次回に回すことにします。

 ちなみに『困学紀聞』は、このブログですでに登場しています。『困学紀聞』に引用された古い文献についての話です。

chutetsu.hateblo.jp

*1:読者の方からご指摘を受け、ここは「藏弆之家以爲珍笈」、つまり「蔵書家は貴重書としている」などと読んだ方が良さそうです(https://twitter.com/goushuouji/status/1542511082194870278)。ご指摘ありがとうございました。